「はしゃい疲れて眠気が完全に飛んだ」
「え、俺は眠い」
「早々と寝落ちしてたもんな」
「ハーブティがとどめだった」
「そりゃ羨ましい」
ごろりと寝返りを打って風音の上から退く。もぞもぞと身をよじり、落ち着く態勢をとる。狭いベッドの中で背筋から足をぐっと伸ばせば必然的に風音の足とあたる。当たったことに気付き、風音もちょんっと当て返してみる。すっかり冷えている風音の足に薺は文句を口にし、唇を尖らせる。これじゃあ眠気も逃げるからと少しだけ2匹の間に隙間を作ろうとしてはベッドから落ちかけそうになるので、風音は慌てて薺の腰に腕を回して引き寄せる。
成人した男が寝るベッドならもう少し余裕をもって大きめのものを買えばよかったのにと言いかけたのだが、動いた際に軋むスプリングの具合から大分古いものだと察する。購入当時は風音も風月も小さく、きっと2匹の兄妹には十分だったのであろうと思ってしまえば何も言えず。けれども狭さと冷たさに対しての不満は消せないので薺は風音の肩に頭をぐりぐりと押し付けた。
「マリルリってうたう覚えないの」
「親からの遺伝で覚えたような覚えなかったような。というかそれ、安眠じゃなくて状態異常」
「状態異常にでも縋りたい気分なんですー」
家庭事情から不眠まで知られてしまったのならもう言い繕う必要はないとでも思ったのか、それができないほど眠れないことがしんどいのか。足を小さくばたつかせてうだつく。いつもお兄ちゃん風を吹かせている風音が珍しいと横目でチラ見しながら、自分の技構成を思い出す。途中から風音がばたつく度、布団に隙間ができて冷たい風が入り込むので薺の足を風音の足の上に乗せて止める。
これが恋人の関係であればお互い腰に腕を回し足を絡め、密着して甘ったるくいやらしい雰囲気ともなったのだろうが……あくまでもこの2匹は同世代の友達関係。2匹揃えば無邪気な男子高校生のようにじゃれるようなもの。沈黙と目線で語り合う甘い空気はなく、ぼそぼそと会話を続ける。
「ライブとかでホテルに宿泊するときはどうしてんの?」
「メンバーは事情を知ってるから基本的には山音と同室にしてもらって寝てるかな」
「寝れるの?」
「いやあ、山音は凄いぞ。一度寝たら全然起きないくせに、攻撃されると目を覚ましてすかさず反撃するの。超強いから安心できる」
山音は心の壁を作って冷たいように見えて、実は身内に甘いだの。本人はそんなことないと言い張るけれど一度気を許すとどこまでも無防備になるだの。皇帝アイドルとして売っている山音から想像がつかない話を風音はする。イメージ商売のアイドルだからあまり言わない方がいいぞと軽く注意すると、風音はすんっと真顔になる。そして一言。「世の中、ギャップという言葉があるらしいぞ」と。唇を尖らせて呟く。その言葉を聞いて薺は想像する。あの山音が無防備になり、寄りかかってくることを。そして納得する。誰にでもというわけではなく、限定的であれば特別感あって心をくすぐるだろうと。
美形ってずるいよなあ。実力もそれに伴う実力も確かなんだけど、何しても許したくなる整った顔は最早才能だよなあ。なんて、どちらかといえば可愛さや元気さを売りにしている2匹のアイドルは語り合う。そして、ふと薺は気付く。
「あのさ」
「ん?」
「風音より風月の方が強いイメージあるんだけど。バトルと喧嘩慣れの意味で」
「あー。昔は泣き虫だったから逃げ回ってたし弱かったけど……最近はなあ。風月の師匠がやられたら過剰防衛でやり返すと教え込んでいたし、つるんでる友人もなかなか破天荒で巻き込まれてるしな」
妹の成長は喜ばしいけど、お兄ちゃんは寂しいぞ。
もぞりと身体の向きを変え、最初のようにうつ伏せになって枕に顔を埋める。その声色は喜びよりも寂しさから拗ねているようなもので、さすがシスコンと呆れたくなる。薺がぽんぽんと適当に頭を撫でまわせば、目を細めてもう少しとぐりぐり頭を押し付ける。
「……だったら、風月が起きてる今も安心して眠れる環境じゃないのか? 俺もいるし」
「薺、バトれるの?」
「…………頭数にカウントされるくらいには!」
「うん、気持ちだけ有難く受け取っておくよ」
顔だけ薺に向けて苦笑いを1つ。どういう意味だよそれと頬を膨らます仕草が小動物のように愛らしく見える。「可愛い顔に傷でも作ったら大変だろう」と。さっきのお返しにと薺の頭を撫で返す。商売道具にもしている顔を可愛いと褒められれば満更でもない顔を浮かべる。
それからも実のない話を続ける。前の収録で出されたお弁当が美味しかった。あの番組のスタッフはとても丁寧な気遣いをしてくれる。そういえば風音たちには幼馴染がいるんだな。賑やかで個性の殴り合いをするような幼馴染だよ。などなど。しばらくすると薺はこくりこっくりと舟をこぎ始める。風音が「薺?」と。声をかければ頭をふるふる振って目を擦る。どうらや堪えていた眠気も限界らしい。
「俺に付き合って起きてなくていいよ」
「だけど眠りたいから薬飲んだんだろ?」
「んー、まあ。あ、薺が気持ち良さそうに寝てたらつられて眠くなるかも」
「適当なこと言ってる」
「7割冗談」
「残り3割は?」
「希望的観測?」
希望的観測ってと小さく笑っていた薺はあくびを1つ、大きな口を開けてした。笑いながらあくびに切り替えるなんて器用だなと眺めていた風音もつられてあくびをする。「薬飲んでも眠気はイマイチだったのに、あくびは移るって本当だったんだな」と。笑って言えば、薺は「人肌感じて落ち着いたんじゃね?」と。にまーとしたり顔を浮かべて風音の腰に腕を回してひっついてみせる。
「どう、寝れそう?」
「んー、どうだろ。薺の手腕に期待する」
「そんなこと期待されても困るんだけど」
「じょーだんだよ、冗談」
「ったく。俺はもう寝るからな!」
このやろうと言わんばかりの力で風音に抱き着いてから、ふんっと鼻を鳴らして力強くおやすみを言う薺。なんとなく、その仕草が反抗期に入りかけた頃の風月と似ていてほんのり胸が温かくなる。
目を瞑った薺の顔をしばらくの間観察する。睫毛長いなとか。肌綺麗だなとか。やっぱり可愛い顔してるなとか。思うことは様々。そのうち規則正しい呼吸に寝息が混ざり始め、薺が寝入ったことが分かった。
「おやすみ、薺」
薺にされているように腰に腕を回して密着する。程よい温もりと身長差的にフィットするサイズ感。ああ、なんとなく今日は良い感じに眠れそうだと口元を緩め、風音も目を瞑った。
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