風月に従って風音を寝室へ運ぶ。思っていたよりも重くて苦戦していると、風月が薺も鍛えたら? と哀れまれる。女装をしてアイドルをしているのに筋肉ムキムキな身体にできるわけないだろと唇を尖らせる。アイドルうんぬん抜きに鍛えたとしても筋肉は付きにくそうな身体をしてるよね、なんて言ったら拗ねそうなので黙っておく。
ベッドに転がして一息つく。大した距離ではなかったのにどっと疲れた気がする。風音の隣に倒れ込む薺を見て、風月は1人用のベッドだけれど意外と収まるものだと感心する。
「私、リビングに戻るから」
「んー……あれ、どこで寝るの?」
「今日は兄さんが寝る日だからね」
私たち、どちらかが起きてる状態じゃないと安眠できないのよ。
眉を下げ、困ったような表情を浮かべる。なるほど、だからこの家にベッドが1台だけしかないのかと納得をする。代わりに俺が起きてようかと言いかけるが、察した風月は頭を横に振り、ひらっと手を振って部屋を出ていこうとする。
「あ、そうだ」
ドアノブに手をかけたところでぴたっと足を止める。深いふかぁい溜め息を吐いてから、キィと錆びついた音を立ててドアノブを回し、扉を開く。一歩足を前に出し、寝室に出る直前に顔だけ風音に向ける。
「兄さん。眠剤の効きが悪くなってるなら新しいもの処方してもらった方がいいと思うよ」
じゃあ、おやすみ。
最後に一言残し、静かに扉が閉められる。
一拍二拍と沈黙が続く。風月が落としていた発言に固まっていた薺は頬を引きつらせて風音の方に視線を落とす。仰向けに転がしていたはずの風音は身を丸め、ぷるぷると肩を震わしていた。おろされた黒髪の隙間から覗く項は赤く染まっている。ふとよぎった可能性にまさかと思いながら、そろーっと手を伸ばす。頸骨に沿わせて指先をつつーっと撫で下ろす。
「ひいっ!」
「……起きてたのか」
「や、やあ。まあ、その、眠り浅いものだから」
「…………」
「…………」
「いつから?」
「………………ホットミルク飲み始めた頃から」
それって話の最初からなのでは。風音の頬をつつき、呆れたような声色でなんでそのとき起きなかったのか聞けば風音は困ったように唸り声をあげ、ごろりと寝返りをうつ。枕に顔を埋めてくぐもった声でもそもそと話し始める。
「風月ってば、俺が起きてるの気付いて堂々話を始めるものだから……起きるタイミングを逃した」
「あー……」
「ごめんな、あんな反応に困るような話をして」
「したのは風音じゃないだろー」
いつもワックスをつけて跳ねている白黒の髪は風呂上りでしっとりとしている。撫でるついでに指を通してみる。触り心地がよく、さらさらとしている。くるくると指に巻いて遊んでいると、枕に埋めていた顔が薺の方に向く。
眼帯付けたまま寝るのは肌に悪いぞと言って空いている手を伸ばせば風音は唸り声をあげて頭を振る。アイドルとしてそれはどうなのだと思うところはあるが、そんな反応をされてしまえば薺は苦笑を浮かべるしかない。医療用眼帯にクレヨンされた落書きをなぞる。
「いつも何かしら落書きしてるよな」
「新しいの買うたびに風月がするの。結構悪戯っ子だよ、あの子」
「へえ。しっかり者だけじゃないんだ」
「まあ、うん。そのうち分かる」
話題を変えるようにいつまでも立ってないで寝転がればと手招きする。シングルベッドに男2人ってどう考えても狭いだろと笑えば、風音はぷくりと頬を膨らませて薺の手首を掴んで引っ張る。さすがパフォーマンスを売りにしているアイドル。身体をそれなりに鍛えている分、力が強い。不意打ちを受けた薺は踏ん張ることできず、風音の上に倒れ込む。
「ぐうっ……重い……」
「ひ、引っ張ったなら受け止めろよ! 失礼だな!」
「いやいや。いくら薺がそこらの女の子より可愛いとはいえ、男だからな。重くて当たり前だろ」
「そうだけど改めて言われると腹立つ」
風音の上に倒れ込んだまま、風音の顔をべちべちと叩く。さっきアイドルなんだから肌に気を遣えと言っていたのに顔を攻撃するのはどうなんだと笑い、おかえしと言うように薺の脇腹をくすぐった。
くすぐられた薺は身を縮めてケラケラ笑い、やめろやめろと手を伸ばして風音の髪を掻き混ぜる。見事なまでにぐしゃぐしゃとなった髪はこのまま寝付いたら明日の朝、寝癖が大変なことになりそうだ。やりすぎたと薺が手を引っ込めたのを見てそれを察した風音は「明日風月に直してもらおーっと」と。くすぐるのをやめて大の字になる。
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