冬空の下、熱帯びる

「お腹空いてたんだから仕方がないじゃん」
「夜にいっぱい動いたもんねー」
「そ、そういう意味で言ったんじゃない!」

 昨晩の情事を思い出し、頬を真っ赤に染める。無邪気なわりに冷めていて、気が強い恋石だがこういうときの反応は相変わらず初々しい。ふくふくと柔らかく笑いながら赤く染まった頬を撫でると、恋石はくすぐったそうに目を細める。おや、と。その反応を見た大海原はふと気付き、頬を撫でる手をするりと耳へ、そして首筋へと滑らせてみる。

「っ、ん」
「……恋石ちゃん」
「手が冷たいからだって……ひゃ、そこ触っちゃやだぁ」

 恋石は嘘をついていない。情事の名残で身体が敏感のままだからとかそういうわけではなく、大海原の指先が冷えていることと触れられる場所がくすぐったくて反応しているだけである。が、ラーメン1つ食べるだけで隣に座る男性の下腹部を刺激する嬌艶な仕草をとると言われている恋石である。敏感なところを触れられたときの反応がやたらい色っぽくなってしまうのは仕方がないことだろう。
 相手が大海原でなければその声にあてられて衝動のままに手を出されかねない反応である。恋石が何をしても余裕は崩れず、やり返すような男であるため耳や首を触れてからかう程度で済んでいる。頭では理解している。だが、それでも恋石は咄嗟に言ってしまう。

「さ、寒いから外ではやだ!」
「寒くなきゃ外でもいいの?」
「そっ、そういうわけでは……! 〜〜っ、大海原さんの意地悪!」

 肉まんの包み紙をくしゃくしゃに丸め、袋に入れてから立ち上がる。そして、にこにこと楽し気な大海原の視線から逃げるように階段を降り、砂浜を駆けた。途中、砂に埋もれるナマコブシを見つけ、干からびたら大変だと思って海へ投げ入れる。抑制剤の効果もあって弱体化しているとはいえグソクムシャ。軽く投げたつもりであったが、ナマコブシはかなりの距離を飛んで海へと落下する。
 そうやって忙しなく冬の海を楽しむ恋石の後ろ姿を眺めながら、大海原は残っているピザまんと肉まんを頬張る。意地悪と怒って砂浜へ逃げた恋石だが、数匹のナマコブシを海へ投げている間に楽しくなってすっかりと機嫌を直したらしい。気難しく見えて意外と単純な恋石に頬を緩め、食べ終えたピザまんの包み紙を丸める。

「ひゃっ、つめた」
「冬の海だよ!?」
「海の中に入るナマコブシたち見たら意外と大丈夫なのかなって。ほら、わたしもみずタイプだし」
「でもグソクムシャは陸地に住むポケモンでしょ」

 さすがに海開きをしている時期でもないし、ゴミ捨て場はないかと辺りを見渡しているうちに砂浜で遊んでいたはずの恋石が裸足になって海に入る姿を見てぎょっとする。朝空を映す海を見に来ただけだからタオルも何も持ってきていないのにと少し慌てた。
 珍しく慌てた様子を見せる大海原に恋石は楽し気に笑って「でも、すっごく気持ちいいよ」と。いつも黒髪のウィッグの中に隠されているふわふわとした薄緑の髪を揺らしながら手招きをする。

「僕まで濡れたら帰れなくなっちゃうよ」
「あ、確かに。どうしよう。拭くものないから靴下履けない」

 濡れた足と乾いた靴下を見比べ、はたと気付く。しょんぼりとした顔で大海原を見つめ、助けを求める。海で濡れるのはいいけれど、このまま砂浜を歩いて砂まみれになるのは嫌だという顔だ。
 突発的にとった行動で困った状態に陥る恋石に少しだけ呆れつつ、砂浜に並べられた靴と靴下を拾う。それから海から出れずにいる恋石に近寄る。波で揺られる砂がよく見える浅い場所だから海水が靴の中に染み込むこともない。ちゃぷちゃぷと海水を蹴りながら大海原に近寄る恋石をお姫様抱っこする。

「……本格的に寒くなってきた」
「わっ、本当に冷たい! そろそろ帰ろうか」
「うー……ひくちゅっ」
「帰ったらまずお風呂入って身体あっためようね」
「一緒に?」

 濡れた足が冷えた冬の空気に触れ、全身の体温が一気に下がる。ぶるりと身体を震わせ、足を擦り合わせるが熱を発生させることもなく、無意味となる。恋石の身を温めるように身体を密着させた。暖を求めるためか、それともこれも都合の良い口実としているのか。恋石は大海原に擦り寄る。
 足が乾いてきた頃、先程の階段に恋石を降ろす。乾いたとはいえ冷え切ったままの足に靴下を履かせていると、恋石が思わぬ言葉を口にする。ぱちくりと瞬きを繰り返し、恋しいの顔を見上げる。じいっと見つめ合うこと数秒。大海原はふと浮かんだ疑問を口にする。

「もしかしてだけど、昨日の足らなかった?」
「そうじゃないけど。……そもそも、足りる足りないの話じゃないじゃん」

 もにょもにょと口篭る。それを肯定してしまったらはしたない子だと思われそうで嫌だという気持ちがあるが、こんなところでしょうもない嘘をつくのも嫌なので言葉に悩む。もっとも、この流れで足りてるけどなんて誤魔化しても照れ隠しなのが丸分かりでかえって恥ずかしいだけなのだが。
 あー。うー。と、悩ましげな声をあげて恋石はにこにこと穏やかな笑みを浮かべる大海原をチラ見する。それから小さな声で好きな相手には触れたいし触れられたいじゃん。と、正直に言う。ここで空気を読まず大波が寄せてきてかき消してくれたらいいのにと思うが、そんな都合よくはいかず。小さな声をしっかりと聞き取った大海原は柔らかな笑い声をあげる。

「ふふっ。恋石ちゃんは大人びてるけど若いなあ」
「それ、おじさんくさいよ」
「えっ?!」
「別にいいよ。そう思ってるのがわたしだけならそれで」

 恥ずかしい思いしながら素直に答えたというのに笑われるし子ども扱いされるなんて不服だと、頬を膨らませて離れる。もう、このまま置いて帰ってやると背を向けて歩き出す。
こうした我儘で少し子どもっぽい態度をとるのも大海原相手だからなのだと分かっているだけに、そんな振る舞いが微笑ましくなる。だが、拗ねた顔よりも幸せそうに笑った顔の方が見たいもの。大海原は恋石の隣に並んでするりと指を絡めて手を繋ぐ。恋石も本気でそう思われてると捉えて拗ねているわけでもないため、繋がれた手をチラ見してからむすっとした顔をやめて大海原にひっつく。
 行きに比べてポケモンたちの鳴き声が聞こえてくる。朝早くから開く店もあり、途中で寄って朝兼昼ご飯を買う。そうして行きよりも早い足取りで帰路につく。

「入浴剤何入れる?」
「甘い香りするやつがいいなあ」
「お花のやつ?」
「それ!」

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