痛いくらい冷たい潮風が赤らんだ頬を撫でる。もっこりと首に巻いたマフラーに埋め、小さく息を吐き出す呼気は白く染まっている。かじかんだ手を自分の服のポケットの中に入れてもあまり温まらないもので、不満げな顔をする。そして恋石に歩幅を合わせて並び歩く大海原をチラ見し、そそっと後ろに回った。何しているのだろうと恋石の行動を見守っていると、恋石は大海原の両脇に腕を通し、背中に引っ付く。恋石ちゃんの手が生えてきたと笑っていると、んっと小さな唸り声をあげて小柄なわりに大きめ両手をぐっぱっと開いたり閉じたりと繰り返す。その要求に答えるよう手を握れば、望み通りの行動だったようで上機嫌に笑う。そして握られたままその手を大海原の服のポケットに潜り込ませた。
「ふぃー……。あったかあったかー」
「恋石ちゃん、さすがにこれは歩きにくいかなあ」
「ん、頑張って」
恋石は額で大海原の背中を押して前進する。されるがままの大海原は困ったように笑い、転ばないように気を付けて歩く。動くたび、大海原の腕にかけられたコンビニのロゴマークがプリントされた白いビニール袋がシャカシャカと音を鳴らす。
よた。よた。ゆったりとした足取りは進みも遅く、そう遠くない海に辿り着くのにも時間を要した。道中、2人は会話を続ける。鳥ポケモンが1羽も飛んでいない静けさの中では小さな声もよく響く。
「空が明るくなってきたねぇ」
「わたし、冬の朝空って好きー。冷たい空気って澄んでいるようで心地良いの」
「寒いの苦手じゃないの?」
「苦手というか慣れていないんだよ。アローラってあったかいじゃん」
「そうだけど……冬はさすがに冷えたでしょ?」
「んー、そうだけど。……こう、寒さっていい口実じゃん。だから夏の方がちょっぴり困るよね」
「そっかあ……ん?」
相槌を打ち、聞き流しかける。その寸前で恋石の言葉の意味に気付いて立ち止まる。頭1つ分下にある恋石の表情を見ようと視線を向けるが、背中にぴっとりと額をくっつけて密着しているせいでよく見えない。
確認するために恋石の名前を呼べば上機嫌な笑い声が聞こえてくる。顔を見ずとも分かる。今の恋石は大変満足気かつ幸せそうに頬を緩めているのだろう。つまり、そういうことなのだと理解する。
「じゃあ夏場は冷房をつけて部屋を冷やさないとね」
「冷房で寒くなって、毛布にくるまるの?」
「贅沢だねー」
「ふふ。それはそれでいいかも」
先程足を止めてから大海原が歩みを再開する様子がなく、恋石は顔をあげて首を傾げる。そこで気付く。潮風の香りが強くなっていることに。そして遠くから薄らと聞こえてきた心地の良い波の音がはっきりと鼓膜を震わせることにも。
ひょこりと大海原の背から顔を出せば、青紫と橙に染められた空と重たい波を浜辺に寄せる海がめいいっぱい広がっていた。家を出たときは薄い雲が膜を張るように白んでいた空だったのに少し時間が経っただけでこの変わりよう。恋石は目を輝かせ、両手をぱたつかせてはしゃぐ。大海原の服のポケットの中に手をいれたままぱたつかせれば当然大海原の服はバサバサと揺れる。煽られる服の中に冷えた潮風が入り込み、さすがの大海原も身震いをして寒さを訴え、恋石の手を止めた。
「せっかく買った肉まんが冷めちゃうよ」
「それはだめ。ほかほかなのが美味しいんだから」
「あったかいものが冷めてから食べるのってなんだか切ないよね」
「楽しみにしていたからというのあるんだろうねー」
肉まんを食べるためにポケットから手を出す。指先がほどよく温まっているため、空気がよりいっそう冷たく感じる。騒ぐわりに寒さに弱いわけではないとは言っても、これは身に染みた。恋石は白く染まる呼気で手の平を温めながら、砂浜の手前にある階段に腰をおろす。それから早く隣座ってとタシタシと地面を叩き、大海原を急かす。
「はい」
「ありがと。んー、あったかい」
「恋石ちゃんってこうもの好きだよね」
「うん。肉まんが1番好きだけど、変わり種も結構好き。冬場だとチョコまんとかも出て幸せ」
「チョコまん……食べたことないかも?」
「大海原さんってあまりコンビニご飯とかジャンクフードとか、そういうの食べてるイメージあまりないかも」
「んー」
普段の食生活を思い浮かべる。恋石の言う通り、頻繁に利用しているわけでは……というより。恋石がそういうものを利用しすぎなところがあるような。肉まんを半分に割って中身がぎっしりと詰まったところから大口開けて頬張る姿を眺め、改めて恋石の食生活を心配する。
そんな大海原の心配事など知らず、視線に気付いた恋石は肉まんの方も食べたいのだと捉え、「半分こする?」と。口をつけていない方を大海原に差し出す。そんな恋石の視線は大海原が手にしているピザまんに釘付けである。どうやら恋人同士で半分こという可愛らしい定番ネタをやりたいのではなくただ単にピザまんの方も食べたいらしい。
「はい、恋石ちゃんの分」
「んっ!」
同じようにピザまんを半分に割り、少し大きくなった方を恋石に渡す。ほかほかと湯気をくゆらせる姿にきゅうと可愛らしく腹の虫を鳴かせた恋石はそのままかぶりついた。手で受け取るわけでなく、しかも二口でピザまんを平らげる。行儀が悪い姿が可愛らしく見えてくるのは恋は盲目、いわゆるフィルターというものがかかって見えるからだろう。
肉まんとピザまん、それぞれ半分を食べ終えて深く息を吐きだし満足そうな顔をする。そこでようやく大海原に観察されていることに気付いた恋石は少し恥ずかしそうにし、唇を尖らせた。
prev next
TOP