「お前の墓場になってやる」
そう言われたのは自分の居場所を作られることに関して違和感が膨らみ、わたしが逃げるように彼のもとから離れて数年。そろそろ心に落ち着きを取り戻したこともあり主への言伝をするために再び鳥居家にお邪魔することになって数ヶ月。違和感に対する不快感から逃げるため、とった術をガキだと言いながら怒られてからしばらく。むず痒さは残るけれど、ようやく居場所を与えられることを受け入れることができてからのこと。
彼のことをとても優しい人だと思った。根無し草のわたしに眠る場所まで用意をしてくれると言うのだから。とても嬉しかった。だから遊びに行く度についついとお墓できた?と聞いていたわけで。すると、なぜか彼は頭を抱えて悩ましげな声をあげ、主の夫はお腹を抱えて笑っていた。そのやりとりを何度か繰り返した頃、主に真剣な顔で「夫が笑いすぎて亡くなったなんて、涙を流すこともできなさそうなこと起きてほしくないのでそろそろその冗談やめてください」と。懇願された。冗談なんてここしばらく言った覚えがないと素直に伝えたところ、主は言葉を失い、彼は珍しく声をあげていた。変わらず笑っていた主の夫はというとここまでくるとさすがに哀れみを抱くと彼のことを慰めていた。
みんなして何を言っているのだろう。さすがにこうもわたしだけに伝わらない言い回しで話を共有してるところを見てると寂しくなる。唇を尖らせて拗ねていた。その意味を理解したのはそれから更なる月日が経ってからのこと。
「……」
「……」
「…………さすがにこれでも伝わらないなんてこと、ないよね?」
「…………?!」
「あ、こら逃げるな!」
差し出されたのはベルベットの生地を纏った箱の中で輝く指輪。主も薬指に身につけていらような指輪。さすがにこれを見て理解できないほど世間知らずではなかった。そして思い出した。どこかの酒場で一緒に飲み明かした飲んだくれのおじさんが結婚は人生の墓場だと語っていたことを。なるほど、墓場になってやるというのはプロポーズの言い回しの1つなんだ。なかなか上手い言い回しを人の子は考える。心からの賞賛と拍手をするような気持ちになった。
と、同時に。恋やら愛やらと無縁に生きてきたわたしにプロポーズ、つまり結婚の申し出をされてるという状況に混乱した。ポケモンの混乱といえば自分に攻撃をすることだけど、そんな自傷行為にわたしが走るわけもなく。逃走の選択肢を即決した。この頃には彼に限った話、何かしらの刺激を与えられるなり逃げるようになっていたので見越していたのだろう。簡単に捕まってしまった。……そのときの話は思い出すとかなり恥ずかしいので割愛する。
かくして、恋人いない歴いこーる年齢のまま結婚することになったわたしの話。これで一件落着。何も持たず、居場所もない空っぽな女の子は心優しき青年によって満たされ幸せに暮らすようになりました。なんて素敵なハッピーエンド!
「それで終わったらどれだけ綺麗な締めくくりだったことか!」
「……で。この惚気はいつまで続くの?」
「聞いてた? ねえ、本当にちゃんと聞いてた?どうしてそうなったの!」
「私と貴方の繋がりって同じ四式家の者を主にもった従者同士ということだから勤務の一環よね。これって時間外労働として手当つくのかしら」
「聞いてないのに手当は貰うつもりなの?!」
「だってこれ、貴方と鳥居家のご子息の馴れ初めよね。惚気じゃない」
「だから違うってばあ!」
だんだんとテーブルを叩き、事の重大さを必死に訴える。が、相対している夏式家のメイドはくるくると髪を指に巻き付けては解き、面倒臭そうにため息を吐く。助けを求めるように隣の冬式家の従者に目を向けると、白い肌をほんのりと染めてうっとりとしていた。開かれる唇に嫌な予感がしてやっぱり何も言わなくていいと言おうとするが時既に遅し。
「つまり、あきちゃまもフォイユちゃんも大恋愛を繰り広げて鳥居家のご子息に嫁いだということだよね。ロマンチックだなあ」
「確かにあきちゃまは若様はそうかもしれないけど!わたしたちに関しては違うと思うの!」
「結婚に関しては否定しないと」
「ふふ。わたしたちの中でフォイユちゃんが一番乗りだね! おめでとう!」
「お祝いムードにならないで!」
拍手と共に心からの祝福を受ける。だから冬式家の従者は呼ばずに夏式家のメイドだけに声をかけたのに!とテーブルに突っ伏して唸った。悪びれもなく「恋バナの適任者を連れてきてあげたのに」と。いよいよ憎たらしくなり、熱くなってきた目でじとりと睨む。
「……はあ。で、何が不満なの」
「…………結婚は貴方の為の場所を作ります。その場所には貴方以外入ってきてはいけません。そう思ったからするんだって」
「一時、逃げられたことが余程嫌だったんじゃない?」
「でもそれは既に解決した話であって」
これがプロポーズであると理解したとき、混乱した。仮面夫婦から始まり、本当の夫婦となった主を見て結婚とはとても幸せなものなんだと思ったからこそ自分とは一生無縁なのだと考えていたから。そして、冷静になって一番に思ったのは嬉しいとか幸せとかそういうものではなかった。
ああ、この人はなんて優しいのだろう。その優しさでいつか身を滅ぼすのではないか。そう、悲しくなった。別に、わたしにそこまでしてくれなくていいのに。空っぽのわたしに、最期に眠る場を与えてくれただけで十分だったのに。
「わたしだって一応あきちゃまの従者だから、結婚は必ずしも恋愛によって結ばれるものだとは思ってない。でも、大多数はこの人と幸せになりたいって。好きって気持ちがある前提でするものでしょ。……鳥居家は秋式家と繋がりを持ったことでより地盤を強固なものとしたわけだし、彼は何も考えず好きな人と結婚して幸せな家庭を築けばいいんだよ。……少なくとも、わたし相手に一生分の居場所を作らなくてもいいんだよ」
湿った声が出る。腕とテーブルが濡れてる気がするけど、気付かないふりをして目を瞑る。ああ、本当にらしくない。解決しないことは投げ出すのがわたしなのに、どうして同じことを繰り返しているのだろう。心底嫌になる。ぐるりぐるりと巡り続ける思考に喉が熱くなり、胃が気持ち悪くなってくる。こんなにもしんどい状態だというのに、真剣に話を聞き入れてくれない2匹はというと小さく笑っていた。
「やっぱり惚気話じゃない」
「フォイユちゃんってばこんなに可愛い乙女だったんだねー」
「もーいいよ。相談する相手間違えた」
「だってそうでしょ。要約するとーー」
夏式家のメイドから告げられた言葉は耳を疑うものだった。何を言ってるの。そんなわけ。否定しようとした言葉は喉元につっかえて出てこない。顔をあげれば片や呆れた様子、片や目を輝かした様子。困惑しているわたしを見て、冬式家の従者はにこにこと無邪気な笑顔を浮かべて言う。
「フォイユちゃんの不安、簡単に解決する方法あるよ!」
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