やらかした。そう思ったときには既に行動を移し、言葉を口から出していた。
彼の腕に絡みつくように引っ付く彼女を突き飛ばし、代わりに自分が抱きつくとか子どもの行動にも限度がある。何をしているんだ自分と後悔が頭の中を駆け巡り、せめて表情を隠すために彼の背に顔を埋めるようにしていたから2人がどういうやりとりをし、女の人がどういう顔をしてその場を去っていったか分からない。というかそこはもうどうでもいい。そんなことよりも今、この場をどう切り抜けるかの方が重要だ。
「あの」
「……これ」
「え、どれ……あっ!」
いったい何に注目しているのかと首を傾げていると、彼のお腹に回した手を握られる。正確には左手。するりと指を撫でるように絡められる。じんわりと彼の体温が移ってくるのを感じ、握り返す。とろりと思考が微睡み、心地良くなる。が、薬指に視線が向いていることに気付く。顔を中心に身体全身に熱が帯びる。
「こ、れは。その、あの」
「つけているの、初めて見た」
「や、み、見ないでってば! 離して!」
「え、やだ」
先程つけた指輪を外し忘れていた。どうしよう、見られちゃった。先程の発言に引き続きなんたる失態。きゅっと握られた薬指が身体全身よりも、顔よりも、いっそう熱い。逃げたい気持ちが強まるが、がっちりと手を握られているせいで離れることすらできない。
本当に、これ以上の辱めは無理。耐えられないから離してほしい。必死に訴えるために顔をあげる。そして気付く。
「……鈴音、耳真っ赤だよ」
「ん、そりゃね」
真っ赤に染まった耳。薄らと項も赤い気がする。少し前までは普通だったのにどうしたんだろう。確かにこの状況、密着しているけれど今更これくらいで照れると思わないし。赤い部分をじいっと見つめ、どんな顔をしているのだろうと覗こうとする。が、わたしの動きに合わせて彼の身体も動く。明らかに顔を見せないようにしている。
「鈴音?」
「俺がだんな様だよ」
「っ!」
手を離される。彼のお腹に回っていた腕は動揺のせいで力が抜け、だらんとなる。一歩前に出て、振り返った彼は締まりのない顔をしていた。ほんのりと染まっていた頬はじわじわと赤みが濃くなっていく。
あ、言い慣れないこと口にして後から来ているのかな、とか。こういうところは兄弟似ていないな、とか。よく考えたら出会ったときから今日までの間に女の子と遊んでいるところを見ていなかったし、機会がなかったのかな、とか。いろいろ思い浮かぶ。そう、現実逃避。
「〜〜っ、んにゃあ!!」
「わぷっ」
「うううううう」
「あ、また逃げようとする!」
「何度も捕まらないもん!」
手にしていた小さな紙袋を顔に叩きつける。伸ばされた手から逃れるようにしゃがみこみ、脇をすり抜ける。距離さえとれたらポケモンとして身体能力の高いわたしの方が有利だ。じりじりと距離を置く。直線距離だと油断したときに捕まってしまいかねないので、とんっと跳んで塀に乗る。すぐには捕まえられないことを察した彼は投げつけられた紙袋の方に関心を向ける。
「フォイユ、これ何?」
「そ、それは!」
「うん」
「いつも貰ってばかりだから、その……深い意味はないからね!」
こんな形で言い逃げしたら深い意味があると言ってる気もするけれど、もうどうにでもなってほしい。塀を飛び降りて、最近の逃げ場としている部屋へ向かう。この間布団に潜り込もうとしたら「結婚してる女が他の男の布団に潜り込むのは有罪!」と。怒られたので机の下にでも潜り込もうと思う。……今推してるアイドルのグッズとかがなかったら。
「……チョーカー?」
紙袋の中身を見た彼がどういう反応していたか。見ることをせず逃げ出したわたしが知る由もない。代わりに、あの2匹が言っていたことを思い出す。
「要するに、愛されていることを実感したいんでしょ」
もし、夏式家のメイドの言う通りだったとしたら。わたしは彼に好かれたいと思っていることになる。居場所だけでなく心ごとほしいと思ってるなんて、どれだけ身勝手で我儘なんだろう。
「真心込めたプレゼントと一緒に愛の告白しちゃえばいいんだよ!女の子から好きって言うのもありだって!」
冬式家の従者の言葉は、まるでわたしが彼に恋しているように聞こえた。その上で、心が欲しいなら自分から言えばいいじゃないと言われた気がする。
「そんなの……そんなの……わたしの頭と心が追い付くわけないでしょうがあ!」
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