ちょこれぇと味のわがまま

「ふん、ふふふんふーん」

 初春の軽い体重をかければもっふりと沈んでいくほど柔らかなベッド。そこに寝転がり、足をぱたつかせながらショコラフェアのカタログを眺める。ぺらり。ぺらり。どのページを開いても美味しそうなチョコが載っている。
 試食をしたものが目に入ればとっても美味しかったなあと頬が緩む。すうっと大きく空気を吸えば、鮮明に残る甘いチョコの香りの記憶が胸いっぱいに広がる。そして何より、と。両手足を伸ばし、枕にぽふりと顔を埋める。

「オビとのお買い物、楽しかったなあ」

 えへへ。にひひ。気の緩んだ笑みを浮かべ、小さな笑い声をあげる。ぱたぱた。両足を羽ばたかせる。ごろごろ。小柄な初春には大きすぎるベッドの端から端へと転がる。ここに初陽がいたら初春の感情と思考を把握し、初春と同じような気の緩んだ笑みを浮かべて茶化していたことだろう。

「初春様」
「んぅ? はぁい、どーぞー」
「失礼致します」

 扉の前で名を呼ばれる。時計に目を向けて、時刻を確認。短針は9をさしている。夕飯を食べ終え、お風呂にも入った。あとは寝るだけなのにどうしたのだろう。ベルを鳴らしたわけでもないし。カタログを枕の下に隠し、身体を起こす。
 初春の返事を聞いたオビはゆっくりと扉を開く。それとともに漂う柔らかな甘い香り。初春はすんっと鼻を鳴らし、ベッドから降りる。オビが両手で持つ装飾が施されたシルバーのオーバルトレー。それに乗るのは2つのマグカップ。ぺたぺたと足音をたててオビに近寄り、マグカップの中身を確認するためにぴょこっと背伸びをし、覗き込む。

「ホットチョコレートだー。……寝る前に甘いものは虫歯になるから駄目っていつも言ってるのに、どうしたの?」
「初春様があそこまでチョコレートを好まれるのであればと作れるようになるべきかと考えたのですが」
「おねーちゃんにお菓子作りは一朝一夕にならず! って言われた?」
「さすがです」

 初陽が言うには、料理とお菓子作りは別物とのこと。この場合の料理とはご飯もののことを示す。そのうえでお菓子作りが上手だなんておねーちゃんすごいよね! などと、以前言われたことを加えて鼻高々に語る。手に腰を当て、えっへんとどやる姿は可愛らしく、思わず頭に手が伸ばしたくなる。思うだけで、オビがむやみに主に触れることをしないが。

「それで余程のことをしない限り失敗しないものと言って教えていただいたのですが」
「うん」

 ティータイム用に使われるテーブルにホットチョコレートを注いだマグカップを2つ置く。準備をするオビの後ろをぺたぺたとついて回る初春に座ってもらうため、椅子を引く。ぴょこりと跳ねるように腰をかけ、素足をぷらぷらとさせている姿は少々行儀悪いので注意しようかと口を開きかけるが、両手で頬杖をついてにこにこと満面の笑みを浮かべて上機嫌な様子にやめる。そして、代わりに膝をついて冷えた素足にスリッパを履かせた。そして、先程した初陽との会話を思い出す。

「私は好きなものを1人で味わうのは寂しくて苦手だわ。ういは私よりも甘えん坊だからなおそう感じてると思うのよね」
「では、初陽様も」
「ましてや大好きな人が自分の好きなものをひと手間かけて作ってくれたというのに、従者の立場であるからと言って傍らで立っているだけなんて寂しくて寂しくてたまらないの」
「ですから初は」
「ということで。これは私からオビさんへのご褒美です。もちろん、ため息が出るほど素敵なオビさんは雇い主からの厚意を断るなんてことしないわよね」

 回想したところでひっそりと思う。果たしてあれは会話と言って良いものだろうか、と。
 ……そもそも、オビは今晩ホットチョコレートを初春に届けるつもりはなかった。ショコラフェスタから帰宅し、終始ご機嫌の初春が身振り手振りをつけながら語る夕飯。咀嚼しながら話すのは行儀が悪いとオビが窘めていたが、やまぬ興奮にめいいっぱい話し続けていた。その後、初春があそこまで喜ぶのであれば自分が作れるようになった方がよいのではないかと初陽に相談をした。そして、先に伝えた通りの言葉を受け、ホットチョコレートの作り方を手厚く指導してもらうこととなった。そして、試作品ができたころには21時を回ろうとしていた。そろそろ初春に就寝を促さなければならないと私室に向かおうとしたところで初陽が突然あのようなことを言い出したのだ。
 そして、2つのマグカップを乗せたシルバーのオーバルトレーを手渡された。拒否権などそこにはなかった。初陽についていた臣は突然のことに僅かながら固まるオビを見て、諦めを促すような目をしていた。

「………………初陽様からのご褒美だそうです」
「今、いっぱい話を飛ばしたでしょ」
「なんと申し上げればよいか分からず」
「ふうん。そっかあ。オビもおねーちゃんには勝てないかあ。ふふ、そーだよね。おねーちゃんは何でもお見通しで、人を転がすのがじょーずだからね」

 オビが履かせてくれたのはもこもこと肌触りが気持ちよく、そして温かいスリッパ。身体も温かいし、オビが自分のためにホットチョコレートを作ってくれたという事実に心も温まる。そして何より、初春の向かいの席に置かれたマグカップ。中身は初春に渡されたものよりも濃い色をしたホットチョコレートが注がれていた。恐らくビターチョコレートで作られたものなのだろう。それが誰用のものなのか察するのは容易い。

「せっかくだからオビも座って飲もーよ」
「……」
「おねーちゃんはそういうつもりで渡したんだと思うよ」

 初春は考える。
 恐らく、今日は練習のつもりだったのだろう。香りからしてかなり甘めのものなので、試作品は臣あたりに飲ませる魂胆で。しかし、それを初陽が許さなかった。わざわざオビ用のホットチョコレート、しかも好みそうな味に寄せて作った。そして、初春と一緒に飲むように言ったのだろう。あのノーとは言わせない笑顔で。
 向かいの椅子に座るように促され、しばし考える素振りを見せるオビ。どうするのだろうとじっと観察していると、眉間に皺を寄せて難しい顔をしながらも腰をかけた。初春はにこにこと上機嫌な笑みを崩すことはないが、内心は拍手喝采、初陽に対して親指を立ててそのファインプレーを称えていた。

「これを機会に寝る前のお茶会を一緒にするの名案じゃない?」
「いけません。今日だけです」
「いいじゃん! この時間なら勤務時間外だから主だとか従者だとか気にしなくてもいいでしょう?」
「時間に関係なく初春様はお仕えすべき人に変わりないからです。あと、初春様は虫歯になりやすいから甘やかしすぎは厳禁だと初陽様より仰せつかっているので」
「飴と鞭を同時に打ち付けるのはよくなーい!!」

prev next
TOP

ALICE+