妹の恋、兄知らず。兄の心、妹知らず。

 ぐつぐつと湯が沸く音。牛乳の匂いに混ざった甘いストロベリーの香り。ケーキとクッキーを頬張った後でも食欲をそそる。テーブルに突っ伏していた園香はむくりと身体を起こし、我儘と言いつつも希望通り牛乳で茶葉を煮込んでいる良絡の背中に視線を向ける。一瞥することなく、良絡は「なあに。他に欲しいものがあった?」と。園香の視線に答える。図星をつかれた園香はうぐっと言葉をつまらせ、背中に目でもついているんじゃないのと唇を尖らせた。

「……さっきの写真」
「お兄ちゃんとしては幸せそうに眠る妹の写真を手放したくないんだけどなあ」
「悪趣味だよ」
「仲睦まじい彼氏なら写真くらいいくらでも撮ってくれるんじゃない?」
「柄じゃないの分かってるでしょ」
「え、そう? 園香が甘えたがりで思い出をとっても大事にするっていうのは周知の事実だと思うけど」

 とぽとぽ。ティーカップに新しい紅茶が注がれる。ふわりと鼻腔をくすぐる爽やかな甘みに良絡は頬を緩める。これなら膨れっ面の可愛い妹の機嫌も良くなることだろう。2つのティーカップを手にし、軽い足取りでテーブルに戻る。ご機嫌斜めですと言わんばかりの表情を浮かべている園香の前に置く。

「で、1年前から付き合っている彼氏はどういう男なの? まさか園香が写真を一緒に撮りたいと言ったらキャラじゃないと言ってがっかりするような奴なの?」
「アサヒくんはそんなこと言わないよ。柔らかく微笑んで喜んで受け入れてくれるよ」
「優しい子?」
「びっくりするくらいね」

 紅茶の水面が波打つようにティーカップを揺らす。目を瞑り、香りを堪能する。料理はいまいちなのに紅茶を淹れる腕だけは一人前だと不満の色で染めた表情を柔らかくする。
 今日はいつもよりも表情がよく変わる園香。やっぱり園香は見ていて飽きないし、本当に可愛い妹だなあ。良絡は頬を緩め、鼻の下を伸ばす。それに気付いた園香は呆れた顔で「シスコン」と。隠すことなく溜め息を吐く。

「優しいってだけじゃないんだろ?」
「ん−、そうだなあ。私と違って表情豊かな人かな。よく笑っているんだけど、分かりやすいというか。顔が良くて、なんでもスマートにこなすと思いきや結構おっちょこちょいというか」
「ふうん」
「あと……」

 ティーカップを置き、口ごもる。向日葵の瞳が右上に動く。何を思い出しているのだろうか。きっと2人が連れ添うことになったできごとなのだろう。その馴れ初めも詳しく聞きたいのだが、どうやって口を割らせようか。頬杖をつき、良絡は微笑む。
 兄の心、妹知らず。メイアと伝依を巻き込んで園香の口から馴れ初めを語らせようと計画を練っているなど気付かず。

「ずっと一緒にいたいって思う人かなあ」

 園香が思い出すのはアサヒと別れたときのこと。今でこそ仲睦まじい恋人の2人だが、実は過去に1度別れている。
 あのときの自分を振り返り、よく耐えられたなと感心する。今別れるなんてことしたらきっと寂しくて押し潰されるような思いになるだろう。うーん、我ながら意外である。背負うものが多いほど強くなる質だと思っていたが、まさかここまで弱くなるとは。

「去る者追わずの園香がそんなこと言うようになるなんてなあ」
「私も想定外だけど……悪い気分ではないよ」

 ほんのりと頬を染め、愛おし気に微笑む。その表情だけで園香がどれだけアサヒのことを好いているのかが分かる。一目瞭然とはまさにこのことか。本日何度目かの感動に良絡は目を熱くする。大袈裟すぎる反応だが、振り返ると久しぶりにあった良絡はだいたいこんなものかと触れないでおく。
 あれこれ聞きたそうな良絡から逃れるように目を伏せる。背もたれに体重をかけ、今日はよく喋ったと一息ついたところで思い出す。

「そういえばお兄ちゃん」
「ん?」
「1つ訂正し損なったんだけどさ。私、アサヒくんと付き合って1年ばかりじゃないよ」
「え」

 メイアが写真を送ったというのは1年前とのことだから、おそらくその頃を付き合い始めと思っているのだろう。あの時点でそれなりに経過している。じゃなければ伝依も入稿のために何日も徹夜した園香の姿をアサヒに見せるということはしない。
 園香は今年で何年目だっけと指折り数える。曲げられる指の数を見て、良絡は手にしていたティーカップを傾ける。丁寧に茶葉を牛乳で煮込むところから作られた紅茶はテーブルと床に広がった。慌てる園香だが、良絡はそれどころではなかった。

「大丈夫? 火傷してない?」
「そ、園香」
「何?」
「そんなにお付き合いが長い彼氏を肉親である俺に一度も紹介されていません! 今すぐ呼びなさい!」
「やだよ。妹の交際歴に動揺して紅茶を零す兄とか紹介したくない」

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