衣服が土に汚れることを気にせず塩谷はあぐらをかいて座る。その隣に座ろうとする白恋だが、そうはさせまいと塩谷は白恋を抱えて片膝に座らせる。きょとりとまばたきを繰り返した白恋は別にそこまで気にしなくてもいいのにと言いたげな顔をして塩谷を見上げる。
野山を駆けて育った塩谷はともかく白恋が衣服の汚れを気にせず地べたに座るというのは意外なことに見える。しかし、以前までは廃墟とその中にある廃車されていたバスの中に秘密基地を構えていたことを考えるとそう驚くべきことではないのかもしれない。が、今日の白恋の格好もいつもと変わらず可愛らしい装いであった。それが汚すのは憚られた。
「この姿勢、しんどくない?」
「ん? 大丈夫」
「でも食べにくいでしょ」
「そうでもないぞ」
ホットサンドを片手で持ち、大口を開けてかぶりつく。ぽろりとパン屑が落ちるがそれが白恋にかかることはない。デリカシーがなかったあの塩谷がこういうことをするようになるなんて成長を感じる。ホットサンドの中身を見て目を輝かす塩谷にくすくすと笑いながら白恋も両手で持ったホットサンドを小さく食む。
「白、白これ……!」
「ホットサンドって半分に切って出されるからさ、丸かじりするの憧れていたんだ」
「そうなのかあ、じゃなくて!」
「読んでいた作品の食べ物が出てくると感動するよね」
じゅわりと溢れてくる肉汁。みょーんと伸びるチーズ。それらを全て挟み込んだふわふわの食パン。先程読んでいた絵本に出てきていたホットサンドそのものであった。塩谷はにこにこと嬉しそうに頬張る。
こんなに喜んでくれるならば作ったかいがあった。もっとも、1番重要な肉の味付けはリリカによるものだが。ここまで気に入るのであれば今度味付けの仕方から教えてもらおうと心に決めて、白恋ももきゅもきゅと咀嚼する。
「秘密基地の引っ越しするときも思ったけど、結構道具揃えてるよな」
「ん? あー、リリカが旅していた頃のものをカルアが使っていたんだけどね。カルアもしばらくは旅する予定がないからってくれたの」
「カルアって……えーっと、あの似てない妹?」
「そうそう、意外と似ていないあの妹。山とか森とかで活用したって言ってたし、ここでも使えるなって。まあ、前の廃墟と比べると火を扱うときは場所を考えないといけないけど」
「ここ、見事なまでに森だもんなあ。見上げても空が狭い」
「だからこそいいんだよ。人来ないし……まあ、前の廃墟と違ってポケモンは寄ってくるけど」
最後の一口を飲み込んで一息ついた塩谷は伸びた枝と葉によって隠された空を見上げる。夜の空は僅かの隙間から見えるが星は全く見えない。こんなにも空気の澄んでいる場所だからさぞかし綺麗に見えるだろうに残念だと肩を落とす。もう少し見晴らしの良いところに秘密基地を作れば星空も見れたのではと思わなくもないが、白恋を元気づけるために始めた新たな秘密基地探しだ。森の中を散策していたら以前まで秘密基地にしていた廃墟に廃棄されていたようなバスを見つけ、喜ぶ白恋の顔を見たらそこに構えるしかなくなる。随分と放置されていたようで苔が生えていたり、蔓が巻きついていたりと自然と一体化しているバスを見てからゆっくりとホットサンドを咀嚼している白恋に視線を落とす。
一口が小さいうえに咀嚼回数も多く、なかなか食べ進まないらしい。ホットサンドを口の中に入れる度に小さく膨らむ頬は小動物のように愛くるしく、思わずつつきたくなる。食べている最中にそのようなことをしたら怒られるのでぐっと堪える。最後の一口を口の中に放り込んだとき、タレが白恋の口の端につく。ごっくん。白恋の喉が上下する。飲み込んだことを確認した塩谷はひょこりと白恋の顔を覗き込み、口の端についたタレを舐めとる。
「言ってくれたら自分で拭いたのに」
「美味しそうだったからつい」
「やっぱりこれだけじゃ足らなかった?」
「ん−、それは否定しないけど」
「そういうだろうなと思って、じゃーん」
舐められた白恋はぱちくりとまばたきを繰り返す。タレがついていたのだと気付き、照れる素振りはみせず塩谷の顎の下を撫でる。男として意識していないから動揺しないわけではなく、ルガルガンとしてじゃれてきたという認識なのだろう。拒絶されないことをいいことに塩谷は目元をふにゃりと和らげて頬に擦り寄る。髪の毛がくすぐったくてくすくすと笑う白恋は全体重をかけるようにぐいーっと塩谷にもたれる。じゃれながら白恋は塩谷の腹の満たされ具合を確認する。まだ食べられそうな様子に予想通りだと頬を緩めながら熱を逃がさないように蓋をしていたミニココット鍋の中身を見せる。
とろりと蕩けたマシュマロとチョコレートの甘い香りが2匹の鼻腔をくすぐる。先程まで読んでいた絵本で登場したスモアフォンデュ。塩谷は白恋とミニココット鍋を見てそわそわとし始める。まるで飼い主からよしと言われるのを待っている大型犬のようで可愛らしい。白恋は「食べていいよ」と。ビスケットを渡す。
「んまーっ」
「本当に美味しそうに食べるね」
「白は食べないのか?」
「食べたくて作ったんだけど、ホットサンドでお腹いっぱいになって、少しだけつまもうかな」
肉とチーズがみっちりと入った贅沢なホットサンドを1つまるまる食べれば少食の白恋の腹は満たされる。そうなると分かりきっていたので塩谷がいる今、デザートを作ることにしたのだ。そうでなければきっと白恋は小説を読み終えて糖分を欲する脳を優先し、甘いデザートだけを食べることになっていただろう。
ビスケットにマシュマロとチョコをたっぷりとつけてもっきゅもきゅと頬張り始める塩谷。この顔を見ていたらつられて食べたくなるものだが、少量のマシュマロを乗せたビスケットを一口、二口食べたあたりで胃の限界に到達する。残りは塩谷に任せることにし、ぽてりともたれながら気持ち良いくらい綺麗に平らげる様子を眺める。
「はー、食った食った。腹いっぱい。ごちそーさまでした」
「お粗末様でした。……ところでしお、家に帰らなくていいの? 那須、心配するでしょう」
「白はどうすんの?」
「これ片付けたら寝ようかなって思ってるけど。ちょっと行ったところに川あったし、軽く水浴びしようかな」
「…………」
「しお?」
むすっとした表情で白恋の肩に顔を埋める。急にどうしたのだろう、お腹いっぱいになって眠たくなったのだろうか。呼びかけても返事をしない塩谷を不思議に思い、頭を撫でながら考える。
眠たいわけでないのであれば怒っている、というより拗ねている? となれば原因は……。先の会話を思い返し、心当たりを見つける。恐らく、いや絶対これだろうなと苦笑いを浮かべる。ゆったりとした手つきで頭を撫でながらぽつりと問いかける。
「一緒にお泊りする?」
「ん」
「別にしおと寝るのが嫌で帰ることを勧めたわけじゃないよ。リリカはトレーナーとしてポケモンを放任するけれど、那須はトレーナーというより飼い主って感じだからしおが帰ってこないと心配すると思っただけ」
「白と遊んでくるって言ってある」
「そっか。じゃあ余計な心配だったね」
読書をしていたときのように腰に回った手を撫でる。性別が違うだけでこんなにも手の形や大きさを確かめるように指先でなぞっているとくすぐったかったのか塩谷は指を絡めるように白恋の小さな手をぎゅっと握る。両手が捕まり身動きがとれなくなった白恋はふむと少し考えてからぐぐーっと塩谷の方に倒れる。白恋の意図は読めなかったので、なんとなく合わせて塩谷も倒れてみる。それは白恋の希望通りの行動だったのだろう。ごろりと横になるとふふんと機嫌良く鼻を鳴らし、もぞもぞと動く。離れようとしているわけではないので塩谷は白恋が動きやすいように一度手を離して様子を窺う。両手が自由になった白恋は姿勢を塩谷の胸に頭が乗る形でうつ伏せになる。
「あの絵本、どこまで読んだの?」
「主人公が離れ離れになったポケモンたちとやり直そうと旅立つところで読むのやめた。前半のほのぼの旅との差がありすぎて」
「読者の心が折れるところまでは頑張って読んだんだ」
「……というか絵本ってあんなんだっけ? 俺が知ってる絵本と違う」
「あれ、絵本という名の小説だから。作者の最高傑作って形で描かれた物語でね……他の作品はちゃんと絵本だよ。だから文字数多いわりには読みやすかったでしょう、言葉選びに絵本作家らしさがでてるから」
「好きな作家?」
「うん。大好きな作家」
きらきらとした目。にこにことした表情。塩谷に限定した話でいうと白恋の表情筋はだいぶ柔らかくなっていた。しかし、ここまで嬉しそうな表情は塩谷も見たことがない。ぎゅっとしたい衝動に駆られるがまま、白恋を抱き締めながら記憶を辿る。そのときの白恋の表情がよりいっそう輝くのでぽつりぽつりと感想を述べれば楽し気に相槌を打つ。
よっぽどあの絵本が好きなんだなと思って微笑ましく思っていた塩谷は話に花を咲かせる白恋の様子を見て気付く。あれだけ自分の内側に踏み込まれることを嫌っていた白恋が活き活きと感想を述べるとはすごく貴重なのでは? と。でもここまでずっと喋っているということは本当は好きな本を共有したかったのだろう。そしてその相手に自分を選んでくれたという事実にふにゃりと頬が緩んで幸せな気持ちに胸が満たされる。それと同時に頑張って絵本を読み進めよう決意する。そんな塩谷の決意など白恋は露ほど知らず、ふにゃりとはにかみながらお気に入りの作品を読んだ塩谷としたいこれからのことに夢を膨らませる。
「あの絵本、他にも美味しそうな食べ物出てくるからさ。また作ったら一緒に食べてくれる?」
「おう!」
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