絵本を食べる、幸せで膨れる。

 最後の1ページを読み終えた白恋は余韻に浸るように息を吐き、本を閉じる。顔を上げた先に見える窓から外を見る。雲1つなかった青空に夜の帳が下りている。夢中になって読んでいたから気付かなかった。ぐーっと身体を伸ばして脱力する。

「しお、そろそろ」
「…………」
「……あら、意外」

 那須のところに帰った方がいいんじゃない? そう声をかけようとしたが、想像以上に真剣な表情で絵本を読んでいた。内容は塩谷が好みそうなものを選んだつもりだが分厚いだけでなく文字数も多いのだ。絵を背景にした小説。白恋のイチオシであるが途中で読むのをやめるか、読もうとしたけれど寝落ちをするか。そのどちらかかと思っていたので嬉しい予想外である。声が聞こえぬほど集中しているのなら離れても気付かないだろうと、そっと塩谷の腕の中から抜け出す。暗い中での読書は視力を落とす原因になるのでオイルランプを灯して、つり革に吊り下げる。
 ほんのりと灯ったランプが車内を照らす。ゆらり、ゆらり。白恋と塩谷の影が揺れる。このランプを見ていると眠気が誘われるが、それよりも今は読書後に空いたお腹を満たしたいので食事を作ることを優先する。

「簡単なのはパスタだけど……しおはお肉食べたがるかな」

 100円ショップで購入したプラスチックのケースとここに来るときに持ち込んだクーラーボックスを持って外に出る。火を扱うので植物の生えていない場所。以前塩谷がルガルガンの姿で穴掘りをし、ならした地面にプラスチックのケースを置く。最初に出したい小さな折りたたみ式テーブルがよりにもよって底にあるため、1度他の器材を出す必要があり、若干面倒臭さを覚えて溜め息を吐きながら組み立ての作業を始める。テーブルの上にバーナーを置いたところでクーラーボックスの中身を確認する。
 もともと、今日はリリカのところに帰らずに秘密基地で過ごす予定だったので白恋の腹を満たす量を作っても材料は余るくらいである。塩谷の分を作ってもちょうどいいくらいだろう。いつもこんなに持たせなくてもいいとリリカには言うのだが、その度に「少食なのは分かるけど、いつ帰ってくるか分かったものじゃないんだから」と。有無を言わせず持たされた材料がここで役に立つとは思わなかった。放任主義に見えて意外とトレーナーの務めは果たしているのだと認識を改めることにした。

「あ、そうだ。せっかくだからあの絵本で出てくるものにしよう」

 1人の少年が卵から孵化したモクローとアシマリを連れてアローラ地方の伝統島めぐりを始める。途中でポケモンが増えていき、旅は順調に進んで行った……かと思いきや、不慮の事故により少年が負傷。旅ができなくなり、その挫折から家族同然であったポケモンたちと仲違いをする。数年経ち、青年に育った少年が離れていったポケモンたちのもとを訪ねて仲直りをしようとする。家族であり友であるトレーナーとポケモンの絆を描いた物語。作中、いくつかのキャンプ飯がイラストにて表現されている。レシピが細かく描写されることはなかったが、材料さえあれば見様見真似でできるだろう。
 ガスバーナーを点火し、スキレットを乗せる。温まるまでの間にクーラーボックスからジップロックの中でタレに漬けられているごろごろのお肉を取り出す。スキレットが温まったらごま油を薄く引く。全体に広がったのを確認したらたれが染みこんだ肉を炒め始める。じゅわりと音をたて、空腹を刺激する良い香りが広がる。きゅるきゅると鳴り始めたお腹を擦りながら木べらのしゃもじで混ぜる。

「パンにスライスチーズを乗せて、炒めたお肉を挟んで……ホットサンドメーカーでぎゅっと挟む」

 肉を炒め終えたらスキレットをガスバーナーから下ろし、代わりにホットサンドメーカーを置く。温まったら冷えた食パン、その上にスライスチーズと炒めた肉を置く。そして食パンに染みこませるように肉汁を絡めたタレを垂らす。食材を全部詰め込んだのを確認したらホットサンドメーカーでぎゅっと挟む。

「あとは……」

 2つ目のホットサンドを作り終え、皿を並べる。これだけだと塩谷には足らないかもしれない。腕を組んでしばし悩んだ後、ミニココット鍋を取り出す。スキレット、ホットサンドメーカー、ミニココット鍋。近くに水辺がない森の中だというのにどんどん洗い物を増やしていくところ、白恋がキャンプに不慣れなのが分かる。だが、白恋は後ほどする苦労に気付かず板チョコを砕いてミニココット鍋の底に敷き、マシュマロを上に乗せていく。どれくらいしたらマシュマロは溶けるのだろうか。ガスバーナーの音に耳を傾けながら体操座りでミニココット鍋の中を眺める。
 そうしていると白恋の周囲に森のポケモンたちが集まっていることに気付く。食事の匂いに誘われたのだろう。白恋はえーっと小さな声を漏らして嫌そうな顔を浮かべる。しばし悩んだ末、マシュマロに絡める予定だったクッキーを一口サイズに割ってビッパやミネズミなどの小さなポケモンたちに分ける。オドシシやリングマといった中型以上のポケモンには自分の食べ物くらい森から取ってこいと言うようにしっしっと手で払う。

「白、どこだー?」
「こっちにいるよ」
「俺もう腹と背中がくっつきそうだあ」
「そういうと思ってご飯作ったよ」

 バスから降りてきた塩谷に手招きをする。呼び声に反応して白恋のいる方に進む。夜の森は暗く、木の根に足をとられないように気を付けながら白恋の傍に寄るなりだらーっと力なく抱き着く。よろめきながらも塩谷を支え、そう言うと思っていたと笑いながらできあがった食事を指差す。すんすんと鼻を鳴らし、食欲を煽る匂いにぴんっと身体を伸ばす。人間の姿なのにルガルガンの耳と尻尾が見える。

「ご飯食べよう?」
「おう!」

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