蜂に溺れる

 魂の所在についてを研究テーマにする学者はごまんといる。心臓が停止したときが命が終えるときなのだから心臓に宿ると主張するも者もいれば、魂に記憶が定着しているのだから脳に宿っているのだと主張する者もいる。この論争は夢の泉や管理者が魂の存在証明をしたことで激化した。個人の信仰の自由として好き勝手すればいいじゃないかと思う者もいるだろうが、魔術師にとって魂の所在を明らかにすることは急務であった。なぜなら魔術師は亡骸になっても魔術の素材や研究材料などと使い道は多く、時として魔力管を抽出するためだけに解剖されることがあるからだ。死者への冒涜と批難されていた行為だが、魔術師とは研究者気質な者が多いのだ。死後も自分の身体が役に立ち、未知を解き明かす踏み台となれるならば喜んでその身を差し出す方が多数派である。そのため死者との冒涜とされる行為を正当化するため亡骸には魂が宿っておらず、蛋白質と脂肪の塊である。機能停止したものからは離れていくので亡骸に手を加えることは魂への冒涜ではない。その主張に裏付けるように魂の所在に関する論文は激増した。

「はあ。年寄りほど自分の研究成果をひけらかしたがるものよね」
「それを笑って聞き流せるのだからつくづく社交界向きですね」
「自分でもそう思うわ。貴族の令嬢以上の天職はないと思っているの」

 毎月のように開かれるパーティー。豪勢に飾られた屋敷。渦巻く野心を隠せずにいる参加者。せっかく並べられた料理は目も向けられず冷めて固くなっていく。ここにあるうちどれだけが人々の胃を満たし、どれだけが廃棄されるのだろうか。実にもったいない。一流の料理人を取り揃えているだろうことを考えると更に残念である。できれば温かなうちに口にしたかったありかだが、名高い公爵家の令嬢であり最高峰の魔術師として自身の名を広げているせいで注目の的であった。公爵家と繋がろうと挨拶してくる当主たち。あわよくば富と名声も魔術師としての才も美貌もと全てを揃えているありかと関係を持とうと集う独身男性たち。研究の後ろ盾になってもらおうと自身の研究成果を披露する学者たち。様々な思惑を孕ませて近寄る者たちのせいでありかは満足に食事をすることができなかった。
 学者たちが己の研究を評価されないように。歴史ある家柄を過去の栄光に縋っている没落貴族の烙印を押されるように。努力が成果に繋がらない努力家のように。才能を認めてもらえない貧乏人のように。並べた料理を口にしてもらえず廃棄することになるというのは料理人にとってどれだけ屈辱的なものだろうか。そんなことも想像できない者たちをありかが相手にするわけもなく、笑顔で聞き流していた。

「魂の所在について熱弁する人が多かったですね」
「魔術師にとって大事なことなんですよ。魔術師とは信仰深いものなのよ」
「へえ。……ちなみに貴方はどこにあると思っているですか?」
「思考と心」

 既に自分の中で答えを見つけていたのだろう。コンマ1秒の間すら空けない即答であった。だからこそその手の話には興味ないのだろう。ありかは退屈そうに来賓室のソファーに沈む。履きなれない下駄に足趾の間が擦れて痛むのだろう。下駄を脱ぎ、足をふらふらさせる。屋敷の外で気を弛めすぎである。もしこの場に朝夜がいたら窘められていたことだろう。しかし、その朝夜は人が近寄らぬようにと来賓室の外で待機させているのでありかのこの姿を発見しようがなかった。

「理性ある者は思考をする。感情ある者は心を揺らす。それらがその者の魂を染めていく」
「それは魂の所在というより魂の在り方では」
「魂の存在は証明できたとしても所在は証明できない。どれだけ言葉を並べても悪魔の証明なのよ。だからどこにあるかなんて興味ないのよね」

 ありかは酷く退屈していた。興味のない研究内容を語られ続けたら当然のことだろう。ああ、でも今日は珍しく暇を持て余すことなかったなと鹿原に目を向ける。突き刺さるようなありかの視線に気付いた鹿原はにこりと微笑む。執事だと紹介されたら誰もがそうなのかと納得するだろう、燕尾服を着こなしている。外で待機している朝夜よりもよっぽどそれらしい。
 貴方が死んだらその身体をください。いつも涼やかな顔をして感情を露わにしない男が。蕩けるくらいの熱い一時を過ごしたあとに冷水を浴びさせるような冷えた男が。ありかにそう言った。執着心どころか他人への関心すら欠落しているのではないかと思うときがあるくらい淡白だという印象を抱いていたありかとしては何の冗談か、もしくは何を企んでいるのかと疑った。だから愛してくれるなら自分の亡骸を渡してもいいという条件をつけた。愛だの恋だのと浮かれた甘い感情とは縁遠い男、幾度となく身体を重ねて抱いた感想。だからこんな条件をつければ面倒臭がって撤回でもするだろうと思ったのだ。だが、予想通りに動かないのが鹿原である。一生分の熱量を孕んだ過激的な愛の言葉を口にしやがったのだ。いつ途切れるか分からない曖昧な関係をどうしたら繋ぎ止められるのか。喉元まで出かかった言葉を度々呑み込んでいたありかとしてはその綺麗な顔を一発叩いてやりたかった。実際はどろどろに煮込んだジャムのような言葉に動揺して何もできなかったのだが。

「だから私の亡骸を手にしてもそれは魂も魔力も何も残っていない使い切った器よ」
「問題ないですね。確かに貴女の顔と身体もとても気に入っているので」
「よくもまあそこまでクズを極めたような言葉を吐けるわよね」
「けれど、それを理解した上で受け入れたのは貴女でしょう?」

 恒例行事のように魂の所在について語られている間、ずっと鹿原に自身の亡骸を与えたときのことを考えていた。ありかは生命機能が停止すると同時に身体に宿る全ての魔力を使用して結界魔法が発動するように仕込んでいる。となれば、自分の亡骸は研究材料にすらならない。腐敗を待つだけの肉塊である。
 造形が美しい鹿原の顔をじっと見つめながらそう言えば、鹿原は表情を崩すことなく笑顔のまま答える。これがまたお世辞とか上辺だけの言葉とかではなく本心で言っているのだから質が悪い。溜め息を吐いて、更にソファーに身を沈める。

「着物で社交界に参加するとは意外でした」
「今日の参加者に女癖がとっても悪い男が来るって聞いてたからよ。ほら、ドレスって露出が多いでしょう」
「なるほど、それで……」

 じろじろと無遠慮に着物姿のありかに視線を突き刺す。綺麗に作られていたおはしょりは姿勢を崩したことで緩まり、衣紋から覗く項が目立つ。ここまで的確に男心を掻き乱す美しい女性というのもなかなかいないだろう。ギシリ。ソファーのスプリングが軋む音が鳴る。鹿原に覆いかぶさられたありかは黒曜石をそのまま埋め込んだような瞳をじっと向ける。
 こういう状況になっても意志の強い瞳が揺らぐことはなく、毅然とした態度は変わらない。ああ、こういうところがたまらない。にんまりと口元に弧を描く。長い指でするりとありかの唇を撫で、顎から喉へと綺麗なラインをなぞる。そして緩んだ襟に指をひっかける。

「その鉄壁を崩したくなるのが男心だと覚えておいた方がいいですよ」
「アンタに男心を説かれる日がくるとは想像すらしてなかったわ」
「言ったでしょう。貴女の顔と身体も気に入っていると」
「それで? 好みの身体が着物を纏っているから欲情したとでも言うつもりかしら」
「疑っている目をしている」
「信じてほしいのならその涼やかな笑顔に熱でも帯びさせることね」

 軽く頬を抓り、呆れたように溜め息を吐く。どうやらこんな姿勢だというのに油断する余裕があるらしい。自分がどういう男だと知っているくせになんて無防備だろう。指に引っかけた襟を下げ、一筋の谷間を露わにする。ありかはほんの少しだけ目を丸め、鹿原の手首を掴む。きっと睨みつけてみせるが、それは加虐心を更に煽るだけだと理解していないのだろう。賢いのにこういうところは抜けている。
 鹿原を制止すべく掴んだありかの手を気にすることなく、露わになった豊かな胸に顔を埋める。白い柔肌に舌を這わせればありかの肩は揺れ、吐息が漏れる。このような場でも意図も簡単に乱れてしまうのだから相当なものだ。

「っ、ちょっと。いくら人払いを済ませているからとはいえ、んっ」
「貴女が声を我慢すればいい」
「ふざけたこと言わないで」
「女癖の悪い男を避けるためには他の男のマーキングが1番効果的なんですよ。もっとも貴女の場合は煽る要因になりそうですが」
「だったらなおさらやめてって、ひあ……っ、んん」

 柔肌を撫でる舌が胸の先端を捕らえる。嬲るように舌先で転がし、その度に漏れてくる声を堪能する。少し痛みを与えるように噛めば一際甘い声が室内に響く。ありかは抑えられない声を隠そうと手で口を覆おうとするが、そうはさせないと鹿原は今まで自身の手を拘束しようとしていたありかの手が緩むなり押さえ返す。信じられないものを見るような目を向けてくるあたりまだ余裕があるのだろう。空いている手を肌蹴た着物に滑り込ませ、太腿を撫でる。少しづつ上ってくる手を止めようとありかは太腿を擦り合わせるようにして鹿原の手を挟む。この程度で止められるはずないのに。鹿原はくすくすと笑い、からかうように「これでは抜けませんね。これは貴女なりのおねだりですか?」と。指先で秘部を引っ掻く。

「この、へんたい……っ」
「俺が変態だとしたらこの状況でここを濡らしている貴女は何になるのでしょうか」
「────っ!」
「この下着も使い物にならなさそうですね。履いているだけ気持ち悪いでしょう」
「はあ?!」
「大丈夫ですよ。 ラインが浮かぶから着物を着ているときは下着を身につけないという話もあることですし」
「それは裾よけを身につけている場合で」

 割れ目に食い込むTバックに指を滑らせる。それを引っ張ってはぱちんっと放す。その刺激は電流のように全身に駆け巡り、爪先に力が入る。腰が浮いたその隙を見逃さず、鹿原はするりと下着を脱がした。さすがにやりすぎと抗議の声をあげようとするが、水分を吸って重くなった下着を目の前に出されて言葉を失う。
 もう何度も身体を重ねている鹿原は知っている。社交の場であっても、理性的でいなければならない状況であっても。快楽を与えられればありかはそれに逆らうことができず淫らな姿を曝してしまうことを。色を濃くした下着をソファーの下に投げ、露わになった秘部を撫でる。ほんの少し力をこめるだけで指先は秘部の中に入っていく。ぬるり、ぬるり。滑りの良い膣の中を掻き回す。いやらしい水音が室内に響く。その音に紛れるよう小さな喘ぎ声が漏れてくる。

「ひぁ……っ、ん」
「随分と派手にイきましたね」
「はぁ、はぁ……っも、さいあく」
「身体の方は満更でもなさそうですが」

 鋭い快楽が全身を駆け巡る。一瞬目の前が真っ白になり、はくはくと唇を動かすが呼吸が上手くできない。酸素が足らず、頭がくらくらする。それを察した鹿原は唇を重ねて酸素を流し込む。胸を荒く上下させ、蕩けた瞳で弱々しく鹿原を睨みつける。だが、身体にこびりついた快楽は薄れることがなく、鹿原が少し撫でるだけで再び絶頂を迎えそうになる。必死に堪え、ようやく口にした言葉はやはり極めて理性的なものであった。

「この後も挨拶回りとかあるのにどうしてくれるのよ」
「おや、お得意のポーカーフェイスに自信がないと。この程度のことで?」
「お遊びにもならないこの程度で崩れるわけないじゃない。私が言いたいのは着物のことよ、着物のこと!」

 解けた帯。肌蹴た襟。露わになった白肌の胸腹部は血液が巡ったせいでほんのり赤く染まっている。女癖の悪い男を避けるために露出の高いドレスではなく着物にしたと言ったが、これではかえって扇情的だ。このまま犯してしまうのも一興だろうと薄い腹部を撫でる。しかし、これ以上進めればありかは本気で反撃してくるであろうことが周囲の家具が浮き始めたことから察せる。
 鹿原は降参と言うように両手を挙げ、ありかの上から退く。ほっと一息ついたありかはすぐに起き上がり、乱れた着物を整えようとするが左右のどちらが上か分からなくなり困惑していた。さすがお嬢様。身支度は侍女が行って当然なのだから慣れない衣装を着直すのは困難なのだろう。帯締めが解けることで床に落ちた帯留めを拾いながら苦戦する姿を観察する。

「……見ていないで朝夜呼んできてくれない?」
「その姿を他の男に見せると」
「乱れた姿を社交界に曝して家名に傷をつけるよりずっと良いわ」

 色の濃いピンクダイヤモンドが埋められた帯留め。意味はなんだったか、完全無欠の愛だとか大層なものだったはずだ。なるほど、よく似合うものを身につけている。などということを考えていたらありかの口から呆れたくなる言葉が出てきた。確かにその通りだが、恋人を前にしてそのような発言はいかがなものか。なんて言った日には「アンタがそんなこと気にするとは思ってもいなかったわ。……はっ、もしかして千代が化けているのかしら!」と。嫉妬や束縛とも捉えられる鹿原の珍しい発言に喜ぶのではなく、愛しい親友が化けている可能性に両手を叩いて目を輝かすことだろう。
 一字一句。一挙一動。試しに声にしてみれば寸分狂わず予想通りのことをしたありかは実に愉快であった。違うのかと落胆するのだから笑うしかない。満足した鹿原は着付けをし直すからとありかを立ち上がらせ、長襦袢から整える。

「自分で乱したものを自分で整えるというのも存外悪くないものですね」
「それは意外な性癖ね。壊すだけ壊して放置するような男でしょう」
「酷い言いようだ」
「でも否定しないのでしょう。アンタが弄んでいた子たちから私が受けた仕打ちも知らずに飄々としやがって」
「……何かされましたか?」

 手際良く着付けていく鹿原を器用に思いながら身を委ねる。少し気を弛めればすぐにそういうことを口にするので溜め息を吐く。何気なく言った言葉に煽情的なありかの姿を見ても動かなかった鹿原の眉がぴくりと上がる。不穏な空気を察したありかは意外と過激的なのよねと頬を引き攣らせる。このままにしておくと何をしでかすか分からないので帯を固定しようと腹部に回ってきた帯締めを持つ手を引っ張る。ありかを抱き締める形になり、鹿原はきょとりと目を丸める。

「絶対手放さないでほしいと泣いて懇願されたわ」
「…………」
「モテる男も大変ね。夜道で刺されないように気をつけなさい」
「それは怖い」
「女というのは怖い生き物よ。調教したと思ったら突然牙を剥くのだから」
「貴女が言うと説得力がありますね」

 きょとりとした鹿原の珍しい表情に気分を良くしたありかは背伸びをして鹿原の唇を奪う。それから鹿原が想像しているものと違うことを指摘する。この話の流れで説得力があると言われるのは褒められた気がしないが、否定もできないのでいいだろう。ありかは帯締めが結ばれたことを確認すると鹿原に向き直り、大輪の花のような笑顔を浮かべる。

「そうね。他の子に構いながら私を愛するなんてながら作業、許されるなんて思わないでほしいわ。私が満足できる愛じゃなければ、対価が不足していると感じたら。空っぽになった亡骸、あげないわよ」

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