蜂に溺れる

 着付けを終えて一息吐いたところで2匹は来品室から出てくる。外で待機していた朝夜は一休みすると言っておいてたっぷりと休憩してきたありかを物言いたげな目で見てから鹿原を一瞥し、深い溜め息を吐き出す。

「ありか。これは友人として指摘したいんだけど」
「何かしら」
「来賓室の休憩とラブホの休憩は意味が違うからね」
「私も友人として注意しておくわ。どれだけ親しい間柄でもからかうときは内容をよく考えてから口にした方がいいわよ」

 朝夜の唇から放たれた言葉にありかは頬を引き攣らせる。それは一瞬のことですぐにいつもの華やかな笑顔を浮かべる。そしてすかさず切り返す。からかったのではなく心配しての指摘だったのだが、触れるなと命じられたら口を閉ざすしかない。ありかの隣を並んで歩く鹿原に目を向ける。朝夜の視線を感じた鹿原はにこりと笑顔を張り付け、わざとらしく肩を竦めてみせる。2匹揃って笑顔のポーカーフェイス。これは何を言っても駄目だと朝夜は再度溜め息を吐き出して話を切り上げる。

「はい、これ」
「なあに?」
「挨拶だけでもと来たお貴族様リスト」
「……一休みしに行った公爵家の娘に押しかけてきたってこと?」
「人気者は大変だね」

 朝夜に手渡されたリストに目を通して眉を顰める。数秒後、はっと顔をあげて朝夜に物言いたげな顔をする。何を言いたいのか察した朝夜は「この屋敷、立派だよね。防音がしっかりされているせいで外で待機してたら中で何が起きても助けに行けそうにない」と。困ったような顔をわざとらしくしてみる。
 ではなぜわざわざ下世話な指摘をしたのか。上から下まで完全防備な着物なのだから肌で確認したわけないだろうし、音漏れがない言うのだから声は一切聞こえなかったのだろう。完全無欠の令嬢と言われているありかだが、齢にすればまだ未成年の女の子。友人に気付かれるということに関して恥ずかしさが拭いきれず、ぐるぐると悩む。華やかな笑顔の下で百面相をしているのだろうと察した朝夜は視線を少し下にやってから、余計なことを考える前に公爵家の責務を果たしに行くように背中を押す。

「……さて、鹿原」
「なんですか?」
「ありかの友人として忠告しておく。あいつは自分の好きなようにしているようで意外と家名を重んじている。2人の関係に口を挟むつもりはないけど、スリルを楽しんでありかの立場を危うくするなんてことはしないでよ」
「友人にしては結構な干渉では?」
「そのための友人だからね」

 ありかが会場に戻っていくのを確認した朝夜は千代にありかを託されている友人として一仕事することにする。可能な限り極力鹿原と関わりたくないというのが朝夜の本心なのだが、今日ばかりは見逃せない。基本的にありかは意思が強く、揺るがない。しかし、どうにもこの鹿原という男には流される傾向にある気がする。男女の仲として色事に耽るだけでなく、こうして社交界にまで連れ歩くようになったら見逃せない。
 もともと、ありかは公爵家のポケモンらしく公平かつ公正であった。誰かを特別扱いすることなく、家のためひいては国のためになることをする。ならば自分の感情の優先順位は低い位置にあり、恋愛も結婚も利益のためにする。と、思われがちであるがそれは違う。朝夜はありかほど好いた相手に傾倒し、盲目的になる女を知らない。それでも相手は千代だけに限られていたので特に支障をきたすこともなく何も言わずにいたのだが、それ以外となると。しかも男となれば変わってくるのだ。

「連れ歩いている奴の頭がおかしいとか、殺人鬼だとか二重人格だとか。そんな話なら別にいいんだ」
「随分と偏りのある例えですね」
「まあ、おれ自身のことを例えにしたからね。でも、側仕えがどんな奴だろうとそれはありかの評価に影響を及ぼすことはない。側仕えがかの有名な殺人鬼だろうとありかは揺るがないって誰もが知っている」

 例えば、今日この場に庶民が潜り込んでありかの首を狙うということをしたとしよう。目撃者は大多数、しかも権力者ばかりである。その中でも上位のありかの首を狙ったとなればその庶民は確実に死刑となるだろう。だが、ありかは「このような場に潜り込んできてまで私の命を狙うなんて素晴らしいわ。その気概を死刑にするなんてもったいないわ」と。手を引っ張り、自分の懐に入れようとするだろう。そんなありえない行動をとったところで周囲はありか様がそう言うのであれば問題はないと受け入れる。
 ありかへ対する信頼はそれくらい厚い。これは朝夜自身を側仕えにしている現状が何よりの証拠である。だから鹿原を招き入れたことそのものには誰も何も言わないだろう。朝夜が危惧しているところはそんなことではない。

「問題はありか自身が揺らぐ姿を曝したときだ。おれは友人だからそんなありかを見てもまたかで話を済ませられるけど、ありかを公爵家のポケモンとして見ている奴らにとっては違う。ありかは不変で不動じゃないと許さないんだ」
「率直に言っていただいても?」

 回りくどい朝夜の言い方に鹿原は本題を促す。大方、来賓室でのことを注意したいのだろう。煩わしい。顔には出さないがそう思うのも仕方がないことだろう。あまり口煩い印象を抱いていなかったので朝夜に対してはありかの友人程度の認識しかなかったが、今後もこのようなことを言われるのであるのならどうにかしたいものだ。腕を組み、形のよい顎に長い指をあてて考える。
 鹿原が若干不穏なことを企んでいることに気付いていない朝夜は深い、ふかぁい溜め息を腹から吐き出す。それから鹿原の想定を少し斜め上をいく忠告を口にする。

「遊ぶのは結構だけど絶対人にみつからないこと。それと、これ以上惚れさせないでよね。あいつ、好きな奴には盲目的で正常な判断できなくなるんだから」

 爆弾を投下するような発言を朝夜がしている一方、ありかは貴族の務めに戻っていた。このとき2匹の会話を、朝夜の最後の言葉をありかが聞いていたら少女らしい悲鳴をあげて慌てていたことだろう。幸いその場にいなかったので友人の手による公開処刑で取り乱すことはなかったが 、面倒な貴族の交流に辟易とすることに変わりはなかった。

「皆様はとても研究熱心なのね」

 大輪の花を咲かせたような華やかな笑顔を絶えず浮かべ、もはや口癖になろうとしている言葉をその都度吐く。休憩中に押しかけようとした無礼者にはやんわりと断りを入れて話を聞かず、それ以外の者からの研究成果やお家自慢などなどに耳を傾ける。
 よほど私に支援をしてほしいのかしら?興味無いものを支援するほど心優しいお嬢様になったつもりはないのだけれど。と、心の内でひっそり溜め息を吐く。

「今日は見慣れない側仕えを連れているのですね」
「ええ。1人だけでは何かと苦労をかけてしまうから増やそうと思いまして」
「そうなのですか。長らく朝夜様以外を連れ歩かれなかったのでてっきりそういうものかと」

 鮮やかな色をした扇子に隠された口元から放たれる言葉。わいのわいのと話に花を咲かせようとあれだけ騒がしくしていた者たちが水を打ったように静まり返る。ありかはというと変わらず笑顔を浮かべている。動揺するわけでも硬直するわけでもなく。

「あら、そういうものとはどういうものかしら?」
「え、それは」
「贔屓をしている魔術師を囲っていると思われているのならば心外だわ。私、自己評価が高い方なのでお気に入りの魔術師を特別扱いすることなんてしませんわ。ただ、朝夜と上手にやっていける方は数少ないので重宝しているだけですわ」

 嘘を並べ立ててすっとぼけた。そういうものが男女の仲を表しているのはありかも理解している。そして、ありかと鹿原の関係は間違いなくそういうものであった。馬鹿正直に肯定してネタを与える義理はない。悪意への有効打は純真さである。ありかには遠く無縁なものだと思われるが、お国に献身的な魔術師という一面を考えればありえる捉え方だと周囲は認識する。
 男女の仲を疑って発言した令嬢は狼狽える。あわよくばスキャンダルを引きずり出そうとしていただけに恥をかいた気分だ。顔をカッと赤くしているのを見たありかはやんわりと「ご令嬢、酔いが回ったのでは?」と。退室を促す。その言葉に今ならその失言を酔った勢いで見逃してやるなら去れという意味が含まれていることは察せたのだろう。動揺を隠せないまま慌ただしく会釈をして輪から抜け出す。

「そ、そうですよね。ありか様は実力主義でいらっしゃるのだから贔屓なんて当然」
「ええ。生産的で意義のあるものならば支援するのは当然するわ。それこそ私の好みを抜きにしてね。当然でしょう? もとを正せば民の税だもの。民に貢献するものなら興味なくとも支援するし、民に不利益をもたらすのならば潰すこともする。それが貴族の務めではなくて?」

 それを踏まえた上で私に話してくれるかしら? などという直接的な言葉を口にすることはしない。しかし、ありかの笑顔がそう語っていた。周囲は口を閉ざす。これ以上、ありかの気を損ねるわけにはいかない。そう慌てた貴族たちは口々にありかをもてはやす。
 そういうつもりじゃなかったのに。案外伝わらないものね。ぱさりと扇子を開いて口元を隠す。そしてひっそりと溜め息を1つ。これ以上実る話もなさそうだし、早々と撤退させていただこうかと考え始めた頃。1人の男が無遠慮に口を開いた。

「どうやら彼は蜂だという噂が流れているようですが。真相はどうなのですか?」
「その噂が本当であれば、公衆の面前であることを忘れ、両手を叩いてはしゃぐことでしょう。私、蜂を好ましく思っているもの」
「えっ」
「蜂は繁栄の象徴。歴史ある公爵家を継ぐ者として、国を思う魔術師として。素晴らしい存在と思うのは当然でしょう?」
「そ……っ、そうですね」

 ありかは間髪入れずに返す。いずれはそう言われることを想定していたかのように、朝夜を迎え入れたときにも散々言われたので慣れているとでも言うように。すらすらと、ぐうの音も出ない言葉を並べる。並べ終えたちょうどそのとき、朝夜と鹿原が会場に戻ってくる姿が視界の端に映った。男2人で何を密談していたのやら。ちらりと一瞥してから無遠慮に口を開いたにも関わらず、ありかの淀みのない返しに狼狽えている男に向き直る。
 あ、この男だ。と、喉元まで上がってきた言葉を呑み込む。代わりに笑みを濃くする。この男こそが、今回ありかが着物を着ていくことになった原因である。なるほど。女癖が悪いとは聞いていたが品もなさそうだ。

「そろそろお暇させていただきますね」

 豪華なシャンデリアの光にありかの帯留めが反射する。それを目に留めた者は足早にとその場を離れようとするありかを止めることはできなかった。もしかしたらかなりの地雷を踏み抜いたかもしれないと肝を冷やす者もいた。それを気にすることなくありかはこの流れなら帰っても誰もが納得するのではないか。壁の花を決め込もうとしてもどうせ話しかけられるし。
 と、帰宅を決意して朝夜と鹿原のもとへ行こうとしたそのとき。ひょっこりと、ありかのご機嫌を窺うように顔を覗かれる。突然のことに目を丸めて思考を止めるありかであったが、それが初陽であることを理解してすぐに表情を和らげる。

「あら。貴女が公の場に顔を出すなんて珍しい」
「一応、まだ私が春式家の後継者ですからね」
「まだもなにも、四式の後継者は他三家の主からの承認が必要でしょう。春式家の環境が激変したところで貴女以外がなれるとは思えないわ」
「ふふ。ありがとうございます」

 春式家の長女、初陽。どこまでも真っ白で、この汚れた貴族社会で純粋でいられることを羨ましいとめったに思わないありかでさえも、その眩しさを羨んでしまう少女。初陽はありかの表情を観察するようにじっと見つめからありかの手を取り「お疲れのようですし壁の花となって休みましょう」と。壁際へと誘うように手を引く。途中で飲み物を2匹分とるあたりちゃっかりしている。
 初陽に引かれるまま歩くありかはちらりと鹿原に目を向ける。どこぞの令嬢に声をかけられていた。いつもと変わらぬ笑顔で対応している様子に、さすが顔がいいだけあるとほんの少しだけ唇を尖らせた。目的地に到達してありかと向き直るように振り返った初陽は珍しいと目を丸める。そして視線の先を辿り、ふむと察する。

「ところで、いつからありか様は蜂に傾倒するようになったのですか?」
「随分と熱烈な表現をされるのね。そういうつもりはなかったのだけれど」
「蜂の呪い、でしたっけ。そういうのはあきちゃんの専門なので詳しくはないのですが、彼がそうなのですよね」

 はて、と首を傾げた初陽の質問にありかはなんのことやらと真似るように首を傾げる。惚けているのではなく、本当にぴんっときていないのだろう。表情から察した初陽はもう一度鹿原に目を向ける。
 蜂の呪い。ありかがそれについて知ったのは鹿原と出会ってからしばらく経ってからのこと。何度も何度も身体を重ね合わせ、避妊をせずに最後まで致しているのにも関わらずいっこうに妊娠する様子もなく。鹿原を種なしと疑い始めてようやく知った事実。それをなぜ、とほんの少し目を丸める。そしてすぐに察する。そういえば秋式家は呪術のプロフェッショナルである。一目見て理解しても不思議ではないだろう。
 漆黒のドレスを身に纏い、ワイングラスを片手に壁の花を決め込む穐継の姿を見つけて納得する。本当に末恐ろしいお方。そう思うと同時に、その恐ろしさは周知のことだから堂々と壁の花を決め込んでいられることを羨ましく思う。最近だと、正式に結ばれた婚約者がこれまた立派な御仁で穐継の高嶺の花具体が上がったとか。社交界の噂を思い出しながらありかは軽い拍手を送る。

「さすが秋式家の当主様。お見通しなのね」
「実物は初めて見るからぜひとも観察させてほしい、あわよくば血液でも採取して研究したいって珍しくはしゃいでいました」
「彼が合意したらお好きにどうぞ」
「それ、あきちゃんの前で言ったら搾り取れるだけ搾り取っちゃいますよ」

 きっと合意をしないだろうけれどと思いながら頷くと初陽は困ったように笑う。穐継とはそこまで親しい間柄というわけではないが想像に容易い。なぜならありかも同じ部類だから。もし、自分が関心を抱いている分野で物珍しいものを見つけたら。そして自由に研究していいと言われたら。無遠慮に無配慮に調べ尽くそうとするだろう。
 くすくすと笑っていると、初陽は逸れかけた話題を戻そうと「それでですね」と。両手を軽く合わせて、可愛らしい笑顔を浮かべる。ありかはこの笑顔に見覚えがあった。そう、ありかと鹿原の関係に進展があったと聞いた千代が浮かべた笑顔と同じものである。

「あの切り返しは彼をネタに貶められることを避けるためだと思ったのですが……それだけとは思えないような」
「そこまで感情的になったつもりはないのですが」
「いえ、そこはさすがありか様でしたよ。朝夜様風に言いますとさすあり!ってやつですね」
「あの子の言葉を真似なくていいのよ。途端にアホな男子高校生みたいな雰囲気になるだけだから」
「一度言ってみたくて」

 つまり、恋バナとかそういう類の話にテンションをあげる可愛らしい女の子の顔をしていた。きゃっきゃふふふと表情をくるくる変えながら喋る姿は見ているだけで楽しくなり、ありかも口を軽くしたくなる。しかし、初陽が何を見て蜂に……鹿原に傾倒していると捉えたかが分からないので軽くすることもできない。
 しばし考えた後、初陽と腹の探り合いをする意味もないからと直球で聞くことにした。これが他の令嬢であれば弱みのひとつふたつを探ろうとしているのだろうと疑ってかかったが、初陽はそのよいなことをする子ではないと確信していたからだ。なので「どうしてそのような感想を抱いたの?」と。首を傾げて問いかける。そんなこと聞かれるとは思っていなかった、とでも言うように目を丸めた初陽はほんの少し視線を落とす。それを辿り、目についたものにありかは思わず「は?」と。小さく、驚きの声を零す。

「蜂の羽を象った帯留めって珍しいですよね」
「…………」
「だから蜂に、蜂の呪いを抱える彼に傾倒していると思ったのですが……?」
「な、は……えっ!?」

 困惑。そして動揺。当然だ。ありかがしていた帯留めは自身の魔力を込めたピンクダイヤモンドであったのだから。それがどうして蜂の羽を象ったものになっているのか。何をどうしたら帯留めが入れ替わるの、というかたっぷりと魔力を込めている宝石を落としたとなると冗談抜きで笑えなくなる。顔をさっと青ざめ、冷や汗をかく。必死になって記憶を遡り、帯留めが入れ替わるとしたらと僅かの可能性を探る。そして、ピシリと硬直する。
 青ざめていた顔を途端に赤くし始めるありかを見て、不思議に思った初陽は「ありか様?」と。ぽんぽんと肩を叩いて声をかける。その刺激に我に返ったありかは慌てて鹿原を見る。変わらず朝夜と話していた鹿原はありかの視線に気付き、首を傾げる。そして耳まで赤くしたありかの顔になるほどと察し、胸ポケットに入れていたピンクダイヤモンドの帯留めをひらりと見せる。

「あうううう」
「なるほど。彼からの贈り物でしたか!」
「や、その。そのような可愛らしいものではなく、どちらかというとっと、あの」
「ふふ。ありか様って意外と乙女ですよね」
「ううう、からかわないでちょうだい」

 贈り物というよりマーキングである。赤らんだ頬を押さえ、俯く。ここがプライベート空間であれば蹲っていたことだろう。さすがにそれは我慢したが、火照った顔を冷ますことはしばらくできなさそうだ。きゅうっと目を瞑り、冷静になろうと必死になるが初陽が隣で声を弾ませて指摘するものだから難しい。

「想い人からの贈り物の感想は?」
「…………」
「私しか聞いていませんし。素直に、さんはい」
「…………嬉しくない、わけでもない」
「もうっ! 意地を張りますね」

 毅然とした態度で公爵家の務めを果たし、魔術師として国に貢献する大人びたありか。しかし、意外と少女のように初心で乙女心を抱いている一面がある。夢見ているわけではなく現実的だが、こういう不意打ちにはどきどきと鼓動を弾ませ、浮かれたくなる。
 気まぐれの可能性は大いにある。もしくは言い寄られることにうんざりとしているありかに気遣ったというパターンも。しかし、そうだとしても自身を象徴するようなものを身につけさせるなんて独占欲を見せてくれているようだと自惚れたくなった。

「ありか様も恋する女の子の顔するときもあるんですね。ふふ、とっても可愛らしいです!」
「……あの男、上辺を取り繕うことが上手すぎでいっそ清々しいくらい心を込めてないことが分かるのよ。そのうえ使えるものは使い切るようなクズなんだけど」
「いくら否定するためとはいえ言いすぎますね」
「これでもオブラートに包んでいるのよね。うん、でも、その」

 未だに赤みが引かない頬を両手で押さえ、顔が熱くなりすぎて潤む目に睫毛で影を落として。小さく、小さく呟く。
 表向き、ありかは鹿原は自分にとって都合のいい男だと扱っている。身体の相性はもちろんのこと、顔も好ましい。よく知らない男と婚約するくらいなら鹿原を恋人にして両親の理解を得る方がましだった。お互いに、結婚なんて法的束縛を煩わしいと思うタイプだろうと予想されるのでいずれはという両親の期待に応えることも、孫の顔も見せてあげることはできないだろう。と、認識されるように振舞っている。
少なくとも、鹿原に本心を悟られてはいないだろう。

「私、好きでもない人を恋人にできるほど器用ではないのよ」

 器用だとしても、自分の亡骸を欲しいとかいう頭のおかしい発言をする男は選ばない。それこそよっぽど、そういう気持ちを抱いていなければ。そうしてもいいから傍にいさせるための理由が欲しいと思っていなければ。
 さすがにそこまで言うことはしなかったが、その言葉で、ありかの表情で。鹿原のことをどう思っているのか理解するには十分だろう。初陽はつられるようにほんのりと頬を染める。それくらい、ありかの今の呟きには熱が帯びていた。

「まあ、つまりそういうことなのよ」

 本人には絶対伝えられないけれど。
 そう付け足したありかは帯留めを優しく撫で、困ったように笑うのであった。

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