「俺はそのちゃんが楽しそうに仕事しているところ見ると微笑ましくなるよ」
「……私がこの仕事に就いたのはつーちゃんを励ますためなんだけどなあ」
「でも今は大好きでしょ。じゃないと毎回行事ごとに力入れて仕事してないと思うよ」
頭を撫でる優しい手に蓄積された疲労が解され、眠気を誘われる。園香は肩の力を抜き、アサヒにもたれて瞼を閉じる。こんなことになってもなお、優しい表情と甘い言葉を向けてくれることに罪悪感は増す一方だ。
そんな他人に対しては評価が砂糖のように甘いくせに、自己評価はマトマのように辛い園香の性格を付き合いの中で把握したからか。それとも事前に伝依に語られたのか。眠りかけている園香の眉間に皺が刻まれているのを見て、アサヒは苦笑を浮かべる。
「そういうところ頑固だよね」
「だって……った……もん」
「え?」
「私がアサヒくんと一緒にクリスマスと過ごしたいって思ったんだもん。なのに最初の年がこれだったから、来年以降も一緒に過ごせないんだろうなってアサヒくんに思われてたら嫌だなって」
園香が仕事を好いているから。好きなものに抜かりなく本気で打ち込みたいのを知っているから。だから別にクリスマスに自分を優先しなくても気にならない。アサヒならばそう考えるであろうことを園香は分かっていた。だから仕事に追い込まれて、普通なら怒られても当然のような行動をとったわけで。しかし、実際は想像していた通り怒るどころか甘やかしてくる。喜ばしいことではあるが、それと同時に来年からのクリスマスもそうなるのが当たり前だと思われることが、予想以上に嫌だと思ったのだ。
そのようなことをぽつりぽつりと話していく。園香の口からそういった言葉が出てくるとは思っていなかったアサヒは最初こそ目を丸めていたが、聞いているうちに頬を緩めて嬉しそうにする。
「私、今真剣にお話しているんだけれど」
「そのちゃんが来年も俺と一緒にいること考えているの嬉しくてつい」
「一緒にいたいから頑張ろうと思っているのにこんなことしちゃったから落ち込んでるの! 大事なことなのにメッセージ1通ですませてごめんね!」
「あはは。謝るよりポケットの中にあるプレゼントを素直に渡してくれた方が嬉しいなあ」
「!?」
驚きのあまり勢いよくアサヒから離れる。目を真ん丸にし、トサキントのように口をぱくぱくさせてアサヒの顔を凝視する。今年1番の驚き方だなあとくすくす笑い、「ソファーから落ちるよ」と。園香の腰に腕を回して引き寄せる。
普段は淡々としていて表情を変えないだけに、不意打ちで攻められると面白いくらい顔色変わるなあと耳まで赤くする園香に愛おしさを掻き立てられる。身体を引き寄せて、耳に唇を近付けて「そういう顔、可愛いよね」からかえば、思考の処理が追い付かなくなった園香は目を潤ませて掠れた声で必死に問う。
「どっ、どう……し、て」
「そのちゃんのことならなんでも分かるよ、って言えたら格好がつくんだけどね」
「…………まさか」
「武勇伝聞いたって最初に言ったでしょ」
「それは武勇伝とは言わない! 待って、何を聞いた、どの話を聞いたの!」
アサヒの胸倉を掴み、揺らす。ここで掴むところが胸倉というあたりが勇ましさを積み上げてきた成果なのだろうなと考えながら、どうどうと宥めるように背中を撫でる。しかし、自分のいないところでとんでもないことを暴露されていることを知った園香が正気でいられるわけがなかった。そして、少し考えれば分かることなのに気付けなかった自分の鈍さを恨んだ。
「よりにもよってつーちゃんとなっちゃんがいたんだ!」
「島巡りに旅立つ前から一緒にいただけあってなんでも知ってるし、行動を予想することくらい朝飯前って話していたよ」
「余計なことを吹き込んで! アサヒくんもアサヒくんだよ、それでカマかけたんだね!?」
園香だって伝依と夏彦がどういう行動を手に取るように分かる。その逆が成立してもなんら不思議ではない。最初から仕組まれていたのだ。2匹でクリスマスを過ごさせる目的もあったのだろうが、クリスマス前の行動を悔やんでプレゼントを渡すことに躊躇う園香の逃げ場をなくすことが1番の目的であったのだ。
信じられない! と、今日1番の声をあげて林檎のように赤くなった顔でポケットに忍ばせていたプレゼントをアサヒの胸に押し付ける。
「開けてもいい?」
「……文句を言わないって約束してくれるなら」
「え、言われるようなものなの?」
「気に入ってはもらえる、だろうけど。その、ね」
じわじわと語尾が弱くなり、歯切れが悪くなる。首を傾げながらも、園香から許可を得たアサヒは丁寧にリボンを解き、シャラリと軽やかな音を鳴らして中身を出す。
長方形のシルバーフレームに埋められた朝焼け。光にあてれば朝焼けが透き通り、綺麗だと思う。まじまじと眺めてから、ふと気付く。これは今よく耳にするレジンというもので朝焼けを作っているということに。
「あ、これ手作りだ。もしかしてそのちゃんのトレーナーさん?」
「に、手伝ってもらった」
「ということは……え?」
「さすがに手作りのアクセサリーは重たいと思ったんだよ。でも、いくら探してもしっくりくるものがなくて、いっそえんちゃんに手伝ってもらって作っちゃえって」
よく考えたら自分も含めて物作りを職にしている子が多いのだから、自然にそういう発想にいたったのだとか。作ってから手作りは重いという言葉を思い出したのだとか。言えば言うほど言い訳のようになってきて混乱に陥る園香にアサヒは優しく落ち着くように声をかける。
深呼吸を繰り返し、園香が落ち着くのを見守ってから再度渡されたネックレスを見つめる。いつも身につけている髪飾りはトレーナーが初めてくれたアクセサリーなのだ。エンテンの手持ちは皆彼が自分たちのために作ったアクセサリーを身につけているのだ。と、いつだったか幸せそうな顔で話していたため、園香がこういう発想に至ったのは不思議ではない。ただ、自分が園香にとってそういう対象になっているということを目に分かる形で渡されるのは気分が良い。
ちらちらとアサヒの様子を窺う園香にふんわりと笑いかけてから、慣れた手付きでネックレスを身につける。暖房にあたっていたため温まった皮膚にシルバーチェーンが触れるとひんやりとその部分だけが冷えていく。しかし、さほど不快に思うことはなかった。
「どう、似合う?」
「思っていた以上に」
「そっかあ。そのちゃん、ありがとう」
未だに赤みを帯びている頬に両手を添えてお礼を言えば、先程まで罪悪感やら不安やらを孕んでいた表情が和らぎ、ふにゃりと幸せそうな笑みが浮かんだ。
そして、ようやく他のことに思考を傾ける余裕のできた園香は思っていた通り似合うなあ、頑張ってよかったなあと達成感に満たされながら、ふと素直な感想を口にした。
「アサヒくんがネックレスつけると首輪しているみたいできゅんとするよね」
「そのちゃん。そういうところあるよね」
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