無自覚に疲れる、不器用に甘やかす

 お家デート。それは時と場合によっては彼女から不満を蓄積させることになる。一方、人目を気にせず好きなことをできるため親密度を駆け足で上げることのできる一大イベントになることもある。

「なったーん」
「んー」
「お外行こうよー。ほら、雲1つない快晴だよ。お散歩くらいしようよー」
「だめ」

 音羽がナードの家に訪れて2時間弱。ナードの部屋にあがり、パソコンの画面がゲームの途中であることを察した音羽はいつだったか勝手に持ち込んだ柔らかいクッションを抱いてベッドに座って待っていた。そろそろ退屈になってきたなと思ったところで窓から見える青空を見て軽い運動がてらにと散歩を提案したのだ。梅雨入りをしたこの時期、ここまで気持ちよく晴れているのも珍しいことだしと。
 だが、ナードから返ってきたのは拒否の言葉。しかもパソコンから視線をちらりとも向けることがない。普段はゲームに夢中ななったんの横顔も好きと頭がふわふわお花畑の恋愛フィルターに覆われたような発言をして気にしない音羽であったが……。今回は前者になりかねないお家デートの気分であった。

「やだやだやだ! 今日は外の気分なの!」
「だめ」
「だめってことは嫌じゃないんでしょ? ならいいじゃん!」

 足をばたつかせ、動かぬナードの背に声をかけるが適当な相槌が返ってくるだけ。普段よりも冷たい反応に、最初は段々と声を小さくしていく。いつもならゲーム中でももう少し反応が返ってくるのに。怒らせるようなことしたかな。じわじわと広がる不安に音羽はクッションに顔を埋める。

「なんで今日はそういう感じなの」
「…………」
「なったんのばかぁ」

 寂しさを孕ませた声色をあげ、抱きしめていたクッションをナードの背中に投げる。キーボードを叩く指が忙しないので、操作の邪魔にならないように軽くだが。さすがに「わっ」という声をあげるが構ってくれる様子は変わらずないので、音羽は枕に顔を埋めるようにぼふっとベッドに倒れ込む。

「…………」
「おと?」
「…………」
「……おと」

 カチリ。めまぐるしく状況が変わっていくゲーム画面を一時停止する。そして物音立てないように静かに振り返り、うつ伏せになって沈黙した音羽に近寄る。もう一度だけ小さな声で名前を呼んでみるが、返事は返ってこない。耳を澄ませば、僅かながら聞こえてくる寝息。顔を隠すように垂れた横髪を掬えば、大きい真ん丸の黒い瞳は瞼によって隠されていた。

「やっと寝た」

 掬った横髪を耳にかけ、観察するように寝顔を眺める。珍しく皺になっている眉間を伸ばし、そのまま指を目元へと滑らせる。くすぐったそうに身を縮め、口元を緩める仕草に起こしたかもしれないと身体が強張る。しかし、ナードの心配は杞憂であったようで、いつも楽しそうに言葉を紡ぐ唇からは変わらず寝息だけを吐き出している。
 ほっと安心したナードは音羽が遊びにきたときから気になっていたものに目線を移す。

「…………」

 手を伸ばし、それに触れる。まじまじと見つめ、似合っていないわけではないけれど違和感が強いなあと思いながらしゅるりと細い音をたてて解く。広がった黒髪は見ている側の方が心配になるほど大胆に露出された背中を隠す。

「お疲れさま、おと」

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