他者と親交を深めるということ。それ、すなわちその者を心の内に招き入れるということである。心というのは存外無防備なものであり、内側からの傷は極僅かなものだとしても致命傷となりかねない。それは心がガラスだろうと鋼鉄だろうと関係なく。厚情だろうと薄情だろうと関係なく。誰にでも等しく当てはまることである。
それはマフィア内でもギルドメンバーからも誰よりも慣れ合いを嫌うファイアロー。孤高の赤ずきん。そう呼ばれる紅葉も例外ではない。
「花屋に足を運ぶなんて珍しいのです」
「よく来てるつもりだけど」
「はい。正確には連日訪れていることが珍しいのです。いつもは隔週ペースですよ」
「そこまで把握しているのは気持ち悪い」
「赤ずきんの行動を把握およびサポートがこの私、おやゆび姫の役目なので仕方がないのです」
「最悪」
「であれば義手をつけることをお勧めするのです。そうすれば私のお世話を受ける必要もなくなるのです」
「あれは痛いから嫌」
例外ではないというよりも、人一倍そうであるという自覚をしているからこそ単独行動を選んでいる。……両腕を欠損しているため、どうしても世話役を連れ歩く必要があるのだが。
「……これください」
「毎日同じ花を買ってどうするのです。持ち帰ってきたことはないことを考えると鑑賞用ではないですよね」
「キミの役目には僕への過干渉も含むの?」
「まさか。もしも含まれているのであればとうの昔に赤ずきんの過去に踏み込んでいるのです」
持ち手に長い紐を結び付け、首からぶらさげたバスケットの中に購入した一輪の菊をいれる。花を持ってきた店員が紅葉のない両腕に視線が向けられる。気付いた紅葉はにこにこと笑顔を浮かべる。
一見愛らしい笑顔なのだが、どこか冷えているように感じた店員は怯み、足を縫いつけられたかのように動けなくなる。見かねたリップはバスケットの中から顔を出し「ご覧の通り彼女は両腕がありませんので、財布からお金を出してあげてほしいのです」と。声をかけられた店員ははっと我に返り、そしてバスケットの中に身を収める小さなリップの姿にぎょっとする。再び身を固めそうな様子に「そういうことなので」と、笑顔で細めた目を薄らと開き、店員を急かす。
「この組み合わせは人目をひくですね」
「これだからおやゆび姫と行動すると面倒臭い」
「原因はわたしというより街中でも翼を広げる赤ずきんだと思うのです。嫌ならしまうことを勧めるのです」
「無理。これないとバランス崩れて歩くのもしんどいから」
だけど、ここ最近は翼を生やしてない状態で歩く練習をしないといけないかもしれない。出かかった言葉は詮索されて面倒なことになると判断し、呑み込む。そんな話題をリップの耳に入れてしまえば、いつもやる気のない無機質な目を無邪気な少女のように輝かせて根掘り葉掘り聞いてくるに違いないからだ。考えるだけでうんざりとしてしまう。
バスケットの中で赤い菊をつつくリップに目をやり、深い溜め息を吐き出す。頭の中が憂鬱とした思考に侵されそうになったところで頭を横に振る。
「パンに花に絵本。ふむ、これが絵本でなくワインだと完全に赤ずきんですね」
「そうなの?」
「ですです。あれ、赤ずきんは自分のコードネームになっている物語を知らないですか」
「興味ない。あと、字が読めない」
「まだ覚えてないですか!?」
「正確には日常生活に支障のでない程度には覚えているけれど、本を読めるほどではない」
実験台として研究所に生まれたポケモンに学を求めないでほしい。そう返せば、リップは頬を膨らませてマフィアになって何年経っていると思っているのですだの、馬鹿はすぐ死ぬのですだのと説教を始める。
ああ、しまった。結局面倒臭いことになってしまった。くどくどと続く説教が煩わしく、しかし耳を塞ぐための手はないから代わりにと翼で顔を覆う。
「大事な話をしているのだからしっかり聞くのです!」
「これから人と会うから別行動したい」
「人の話は最後まで……って、赤ずきんが人と会うとか珍しいですね」
「別にいいでしょ」
しっしと追い払うように翼を動かせば、リップはやれやれといった顔をして「お説教の続きは帰ってからするです」と。小さな翅をはばたかせてバスケットの中から出てくる。それから一言二言釘を刺すような言葉を口にしてから、くるりと方向転換して屋敷の方へ飛んでいく。その姿を見てから紅葉はリップとは真逆の方へ足を向けた。
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