赤い花は日常に溶け込む

 杖をついて歩く老婆。車椅子を押す青年とそれに座り、朗らかに話している老爺。点滴をしておきながらそれを気にせず前進する子と慌てた様子で追いかける母親。その他諸々と、何度来ても紅葉の想像する病院とはかけ離れた光景に違和感を抱く。が、紅葉の中で形成しているのは病院のイメージはかつていた研究所からくるもののため、こちらが一般的なのだろうと無理矢理納得をする。

「病室は、えっと」

 正面にある自動扉を素通りし、中庭の芝生を踏む。医療従事者から向けられる視線を無視して目当ての病室を探す。何度来ても外観が似ているせいで覚えられない。いくら鳥ポケモンだからとはいえ、記憶力まで鳥頭にならなくてもと思いつつ1つ1つ窓を確認する。

「……あった」

 窓枠に置かれた花瓶。そこに生けられている赤い菊。病人の見舞いに菊を持ってくる物好きなんて自分くらいだと考えている紅葉はそこが目当ての病室であることを確信する。今の時間だとリハビリしている頃かもしれないが、彼が病室を出て行えるとは思わないし高確率であそこにいるだろう。

「てんしさま、今日もおにいちゃんに会いに来たの?」
「え、う、うん」
「ふふっ。じゃあ今日もおにいちゃんは楽しいでいっぱいだね!」
「そ、そうかな?」
「あ、これてんしさまにあげる! そこのお花で作ったの!」

 翼をしまえばろくに歩けず。かといって、翼広げたまま院内を歩くわけにもいかない。だから中庭から飛んで病室に向かう。それを繰り返しているうちにどうやら小児科に入院している子どもたちは紅葉を「てんしさま」と認識したらしい。マフィアの自分が天使とはどうなのかと思う紅葉であったが、さすがに無垢な子どもたちの夢を壊すわけにもいかず否定せず。そうしているうちに懐かれた紅葉は今や中庭に現れる度に誰かしらに声をかけられるようになった。
 それこそ、最初は子どもだけであったはずなのにいつの間にか老人たちにも。挙句、何かしら物を与えられるようにもなった。そのような状況に慣れていない紅葉が戸惑うのも当然であり、結果。

「……どうもありがとう」
「どういたしまして!」
「……じゃあ、僕行くから」

 日頃から磨いている外面を精一杯装備し、にこにこと笑顔を浮かべて一言かわす。そしてすぐさま目を逸らし、逃げるように飛び、空中からお目当ての病室に向かう。これだけ露骨な逃げ方をしていれば次から声をかけないだろうと思っていたのだが、その言葉数少ない様子の方がミステリアスさを煽り、子どもたちが喜ぶのだということを紅葉が気付くはずもなく。ますます周囲の興味を引くわけ、だが。

「……もうやだ、なにここの人たち。他人に興味持ちすぎ。視線がうざい。というか寄ってくるな。両腕欠損している女なんて得体が知れないでしょうが」
「うーん。紅葉さんが綺麗だからそれくらいきにならないんじゃないかな。それにここ病院だし、そういう怪我をしている人も見かけるから」
「ここに来るだけで疲れる」

 他人との関わりを拒絶している紅葉にはストレスでしかなかった。みのりがリハビリ中でベッドが空いているのをいいことに、ぽすんと横になって唸り声をあげる。そんな姿をふわふわとした笑みを浮かべて眺めているみのりと、羽が抜けたら掃除が大変そうだとみのりの呼吸器官を心配するリハビリを実施している理学療法士。
 ちらちらと翼に向けられる理学療法士の視線を感じとった紅葉は渋々といった様子で背中にしまう。

「あれ、しまっちゃうんですか」
「翼についた汚れとか吸い込んだらよくないんでしょ。あんまり手入れしてないし」
「じゃあ、僕が手入れするから!」
「それよりリハビリ早く終わらせて」

 芋虫のようにごろごろと転がり、枕に顔を埋める。視界を遮断すれば自然と聴覚の方が澄まされる。シューシューと空気が漏れる細い音。ちらりと流量計の方に目を向ければダイヤルが3を示していた。リハビリに勤しむみのりに目を向ける。
 以前は透明な緑のマスクをしていた気がする。でも今は透明のチューブみたいなものを鼻にあてている。なんだっけあれ、か、かぬら? あっちの方が閉塞感もないしご飯も食べやすいとか。ただ、あれは鼻に向けて風が吹くから乾燥するとかたくさん酸素がいれられないから調子が悪いときは使えないとか言っていたような。
 以前話した記憶を遡る。興味がないと聞き流していたわりに意外と覚えているなあ。などと寝返りをもう一度だけ。

「わっ」
「……何」
「ひなちゃん、リハビリ終わったよ!」
「普通に声かけて」

 ぼんやりと天井を眺めていると覆いかぶさるように顔を覗き込む。にこにこと笑い、驚いた? とでも言いたげにしている。先ほどまでいた理学療法士は既に去っていたので本当に終わったのだろう。なら、身体を休ませる方が先かもしれないと紅葉は反動をつけて身体を起こす。しすて、視線をベッドに向ける。横になるように促しつもりなのだが、みのりはそれを気付いてか気付かずか、紅葉の隣に座った。

prev next
TOP

ALICE+