忍ぶ想いは星空に蕩ける

 大輪の花は誰の目を引き、感嘆の声を誘う。
 口を開けば賞賛の言葉。時折、嫉妬を孕んだものが紛れるが、それすら大輪の花の美しさを表すものであった。

 大輪の花は大衆が揃って好感を抱く。
 どれだけ心が荒んだ者でも真に美しいものを目にしたとき、心を洗われるのは必然であるのだ。

 だが、それらは全て同じ感想であり、感情である。大衆に好感を抱かれる。それは意外と難しいことではない。100人に対して1つの感想を抱かせればいいことなのだから。誰からも愛される。それは羨まれるべき素質であった。
 花扇はその素質に慢心することなく、種族柄備えた美しさに胡坐をかくこともなく。移り変わりやすい大衆の心を何年も掴み続けてきた。が、天女だ女神だとまで評される花扇にも人並みに悩むことはある。

「…………」
「花扇って万人に対しては自信持って振舞うのに、個人になると弱気だよな」
「え?」
「個人というか私生活では、か。男の好みに染まりにいく傾向がある」

 夕食を終え、お風呂前の小休憩。ソファーに身体を埋め、ファッション誌に目を通す。本日の後片付け当番の結姫とたまのねが食器を洗いながらきゃっきゃと水遊びをしている声がして、時折そちらに目を向ける。それから再び雑誌に視線を戻し、気に入った服が載ったページに折り目をつける。
 そうしていつも通りの夜を過ごしていると、一足早く湯あみを終わらせ晩酌をしていた千波が花扇が目を通している雑誌を覗き込み、ふと思い出したかのように先ほどのようなことを口にした。

「私が? まさか」
「と、思うじゃん。今まで俺もまさかなあと思っていたけれどさあ」
「思っていたけれど?」
「すこぉしずつ、身につけるものの色とか趣味がその時お気に召している男に寄っているんだよ」

 お前が多趣味なのはそれが原因だ。
 ポテトチップスの袋をパーティー開けする。そして1つつまんだ千波はポテトチップスで花扇を指さし、名推理! とでも言うような決め顔で告げる。行儀が悪いわと小さな溜め息を吐き出して、手の甲を叩く。竜宮城にいるときは見ることのない子どものように拗ねた顔。物珍しい花扇の表情を見て、愉快そうにひと笑いする。

「食べる?」
「何時だと思っているのよ」
「23時」
「そんな時間にそんな脂っこいもの食べられるわけないでしょ」
「じゃあ、私が代わりに食べる〜」

 ふわりとマシュマロのような柔らかさが花扇の背中に広がる。振り返れば、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべて花扇に抱き着いたたまのねが小さな唇を雛鳥のよう開いていた。食器は洗い終えたのかしらとキッチンに視線を向ければ最後の皿を食器棚に片付けて一息ついている結姫の姿があった。結姫がキッチンから出てくる前に冷蔵庫を開き、チョコレートやら煎餅やらを袋ごと抱えていた。甘いとしょっぱいの無限ループを始めるようだ。
 お菓子を腕いっぱいに抱えて千波の隣に座った結姫を見て、千波にポテトチップスを食べさせてもらっているたまのねを見て。そして、2袋目となるポテトチップスを開いている千波を見て。こんな時間にお菓子パーティーなんて何を考えているのかという呆れた気持ちと、それだけ食べても肌や体型に影響を微塵も及ばない3匹が羨ましいという気持ちでいっぱいになり、本日2度目の溜め息を吐き出す。
 
「花ちゃん。意外と恋する乙女だから可愛いよねぇ」
「いやあ。数多の男を手のひらで転がしてる花扇が恋する乙女になるなんて客は想像しないだろうなあ。解釈違いって激昂しそう」
「手のひらで転がすのは私よりたまの方だし、その手の過激派がいるのもたまの客よ」
「あ、確かに。たまは意外と小悪魔だから」
「えっ。そんなことないよ〜」

 頬を赤らめた顔の前で両手をぱたぱたと振って否定する。男心をくすぐるような愛らしい仕草は身内の前で行えばあざとく見えるというもの。千波は「そういうところだぞ」と、額を叩く。たまのねは頬を小さく膨らませて「ふったのはちなっちゃんだもん」と。
 そのようなやりとりを眺めていた花扇はたまのねのふっくらした頬を軽くつまむ。何々? と不思議そうにする。そんな花扇をチラ見した結姫が閃き、立ち上がる。そして花扇の前に立ち、ぽんっと慰めるように肩を叩く。

「花扇」
「何よ」
「男がみんな頭が弱いゆるふわ系を本命にするわけじゃないよ。まあ、賢くて派手めだと気後れする方が多いけど」
「結姫」
「ん?」
「フォローするならちゃんと最後までしてほしかったわ」

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