花扇は決して自分に自信がないわけではない。美しさも賢さも兼ね備え、龍宮城の遊女として頂点に君臨しているのだから当然のこと。そこに到達するためにありとあらゆる努力を行い、その結果得たものなため花扇の自信は揺るがない。
だが、その自信がかえって邪魔になることがある。それが龍宮城の遊女としてではなく、1匹の女の子として心惹かれる異性と出会った後のこと。遊女としてあらゆる男性と交わる花扇は男を見る目も養われているため、努力により得た輝きに劣等感を抱き、敬遠するような男を選ぶようなことはしない。そのような心の狭い男は好みではないと願い下げをする。
それでも思ってしまう。それでも感じざる得ない。
「女の子としての可愛げはどうしても得られないのよね。ときどき、たまが羨ましい」
昨晩のやりとりを思い出す。別にたまのねになりたいとは思わない。あの子はあの子で良いところがあるけれど、それでも花扇は自分自身のことを好んでいるから。けれど、やはりどうしても羨ましくなるものなのだ。憧憬や賛美ではなく、愛おしさを向けられるたまのねを。特に気になる人のいる時期は。
鞄から携帯を取り出し、現在時刻を確認する。待ち合わせ時間まで20分ほどある。早く来すぎたかしら。どこかで飲み物を買おうか。でも、彼のことだから約束していた時間より早く来そうだし、離れるのは得策ではないかしら。残り20分をどう過ごすか考え、とんと壁にもたれる。
「……ふあ」
目を瞑り、夏の音に耳を傾ける。熱を帯びた風が海の香りを運び、そわそわとした気持ちが落ち着いてくる。昨晩、朝が早いからと散々言ったにも関わらず恋バナに花を咲かせて寝かせてくれなかったこともあり、どっと眠気が花扇を襲う。
うつら。うつら。眠気に身を委ねて揺れていると、ぽんと肩を叩かれる。突然触られたことにびくっと肩を跳ねてから目を開けば、そこには心配をするように眉を下げる花色が立っていた。
「こんにちは。随分と早い到着ね」
「そうですか? ……それより、具合悪そうですが」
「具合が? ああ、違うの。昨晩、たまたちに寝かせてもらえなくて少し寝不足なだけ」
でも、別に支障がないわよ。そう微笑めば、花色はほっとした表情になる。体調が悪いなどと言えばこの人は今日は帰りましょう。休んでください。そういった言葉を口にしたに違いない。正直に言えば、寝不足でもそう返されるかもしれないという一抹の不安があった。
ようやく休みの日が合って、昼から出かける予定が組めたというのに冗談ではない。今頃、夜の仕事に向けて熟睡しているであろう3匹を恨みがましく思う。
「……本当に大丈夫なんですか?」
「ええ、もちろん。無理するなんてことはしないわ。私、身体が資本の仕事しているのを知っているでしょう?」
「それは知っていますが」
「今日の予定を延期にして帰りましょうとか言わないでね。これでも結構楽しみにしていたのだから」
慣れた手つきで花色の腕を組み、先導するように歩きだす。会話の中で自然と行われる動作はさすが遊女とでも言うべきか。豊満な胸は一見華奢のようで職業柄鍛えられていることは分かる腕を包むように押し付けられる。異性であればこの密着に動揺しないものはいないだろう。だが、性的感情なものを揺さぶる仕草であるにも関わらず、いやらしさや下品さを一切抱かせない。むしろ上品なものにすら思える。
だが、花色はなんとなくだが察している。花扇のこの行為。女性が男性に寄りかかり、エスコートを求めて甘える。なんて、可愛らしいものではない。これは貴方に拒否権はないのよという圧力をかけるものである。
「分かりました。ただ、体調悪くなったらすぐに教えてください」
「気が向いたらお伝えするわ」
「……花扇さん」
「それが困るなら、私のことをよく見ていればいいと思うわ。自己申告を待つより、自分で気付いた方が話が早いことなんてたくさんあるもの」
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