お風呂上がり。柔らかなバスタオルで髪を押さえ、水気を拭き取る。すっきりとした甘い香りのした入浴剤は花華夢の好みで思っていたよりも長湯をしてしまった。空木には先済ませてもらっておいて良かったと安堵すると同時に、人様のお風呂を長々とお借りしてしまうなんてと少し反省する。何せ、今から髪から肌までお風呂上がりのケアを始めるのだ。こんなに長時間も占領するのはよろしくない。……もっとも、家主である空木は気にしていないだろうから花華夢の心配も意味の無いものになるのだが。
そのようなことをぐるぐると考えながら、洗面台に並ぶ使い慣れたケア用品に手を伸ばし、そして思い出す。
「それってもう同棲してるようなものじゃないの」
「というか、男と2人きりで過ごすとかできたんだね」
今日の昼頃、どこから情報を聞いたのか柳桜と甘露が空木と花華夢が付き合っていることについて茶化してきた。当然、花華夢は茶化された倍の量を罵倒した。舌打ち付きで。だが、花華夢があの争いが絶えぬ花畑に住んでいた時期から顔見知りの2匹はその程度の罵倒に動じるはずもなく、あれこれと突っ込まれた。
事務所からNGが出ているわけでもないし、神経質に隠しているわけでもない。だが、進んで自分たちから話すこともしていない関係性。しつこい追及にうっかりと零した話は空木の家で過ごしていることが多いということ。それを聞いた2匹は目を丸めてあのようなことを言ったのだ。
「まあ、そうなんだけど。言われなくても、2人が驚いた理由も分かっているのだけれど」
実は言えば、付き合う前から空木の家で過ごすことは少なくなかった。それを知るのは当事者たちと……もしかしたら、2匹に溺愛される蓮実が知っているかもしれない。
あの頃は逃げ場として場所を借りていただけで、部屋の隅で丸まって眠るだけにしていた。男は嫌いと散々言っていたのに自分の都合で場所を借りている罪悪感もあれば、もともと自分のテリトリー以外に自分の痕跡を残すことを好んでいない。それ故に花華夢は空木の家に物1つどころか髪の毛1本すら残さないように徹底していた。
「付き合ったとしてもそれは変わらないと思っていたんだけどなあ」
シンプルなパッケージをしたメンズ向けのケア用品の隣に置かれた可愛らしいボトル。2本並んだ歯ブラシ。空木の生活空間の中にひっそり紛れる花華夢の愛用品の数々。
付き合い始めてからしばらくして、何度目かのお泊りをした日の朝。起きて、鞄からスキンケア用品を出して洗面所へ向かう花華夢の姿を見た空木は言った。
「毎回出し入れするのも持ち帰りするのも大変じゃないか? 置いていけばいいのに」
「見ての通り、数がそれなりにあるけど」
「…………」
「え、なに」
「いや、別に。あと、それくらいいいよ」
本当に良いのかと物凄く悩んだ花華夢は普段家でも使っているものと同じケア用品を置かせてもらうことにした。おかげで泊まる日に一度家に帰り、荷造りをし、空木の家に行くという手間が省けた。……つまり、事前にして約束していなかった日でも、仕事場で偶然遭遇した流れで行くことも増えたわけで。
「……気付いたらここで過ごしていることの方が多い気がする」
ということに気付けば胸の内がむず痒く、無性に叫びたくなる。そりゃあ、同棲してるようなものじゃないかとか言われるよね! と。だが、お風呂上りの忙しい時間にそのようなことをしている暇は一切ない。髪や肌に染み込んだ水分が蒸発し、乾燥していく前にケアをする必要があるからだ。
導入液、化粧水、美容液、乳液、クリーム。肌の状態を見ながら量を変え、塗り込んでいく。肌の手入れを終えたら一度手を洗い、ヘアオイルを手の平に広げる。髪に馴染ませてからドライヤーをかける。ここまでの行程を終えて、花華夢は思う。
「……やっぱり、物多いよね」
広げたものを元の位置に戻す。この物の並びに最初こそ強かった違和感も、最近はあまり感じない。むしろ、ひっそりと紛れ込む私物が馴染んでいることで空木の中に花華夢の居場所が作られているようで嬉しくなる。
などということを考えている自分も自分らしくなくて、じわじわと顔が熱くなる。鏡に目を向ければ耳まで赤くなっている花華夢の顔が映っている。そろそろリビングに戻りたいから熱よ、引いて。と、頭を小さく振る。それでも引かぬ熱に深い溜め息を吐き出してから、化粧水をたっぷりと染み込んだ頬をぺちぺちと叩く。
「あー。なんか、この家に来る度に駄目になってる気がする……」
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