ひた、ひた。裸足で踏むフローリングは冷たくて気持ちが良い。回想してはむず痒い気持ちに身悶えをし、火照った身体に心地よい。なんて考えながら、花華夢はソファーにもたれてテレビを見ている空木に声をかける。

「お風呂、ありがとう」
「思っていたより早かったな」
「随分と長湯した方だよ?」
「もう少しかかると思ってたから。ほら、入浴剤」
「ねー。あれやっぱり私の好みに寄せてるよね」

 胸いっぱい広がる花の香り。柔らかな甘さと疲れた身体を癒す優しさに身を包まれた。どう考えても空木の趣味ではない。じゃあ誰の趣味でこの家にあるのかと聞かれたら花華夢しかいない。が、当の本人といえばそのような入浴剤を買った覚えもなく。そうとなると、この家にある理由は空木が購入した以外にないのだ。
 わざわざ買ったの? とでも聞きたげな顔をしながは空木の隣に座る。それを察した空木は抱えていたクッションを花華夢の膝に乗せる。しっとりなめらか、そしてもっちりとした触感で売れ行き好調なクッションは思わず抱きしめてしまう心地良さだ。

「今日のお仕事頑張りましたのご褒美?」
「仕事はいつでも全力で頑張ってるけど」
「ストイックすぎるほどな。けど、今日のはあれだったんだろ。昔馴染みとの仕事」
「あー、うん。面倒臭いあいつらね」

 NGを出せる身分じゃない。だから、毛嫌いしている男と絡むような仕事でも請け負うようにしている。そう、それがよりにもよって花畑に住んでいた時期からの顔見知りだったとしても。そして案の定、休憩時間に絡まれたのだ。特に空木関連の話題で。
 仕事を終えてからは疲労感よりも解放感の方が大きかったけれど、そんなに顔に出ていただろうか? 首を傾げて空木を見る。ぱっちりと目が合えば、空木は小さく笑って花華夢の頬に触れる。スキントラブルを寄せ付けない頬は触り心地が良く、嫌がられない限り触っていたくなる。

「ストレスは肌に悪いんだろ?」
「大変よろしくないね」
「でも、あまり愚痴を零さないようにしている」
「……そりゃあ、一緒にいれるときに嫌なこととか疲れることとか思い出したくないし」
「そうやって溜め込んでいく方だっていうのはさすがに知ってるからなあ」

 するすると頬を撫でる。くすぐったそうに、けれど嬉しそうに目を蕩かした花華夢は身を委ねるようにもたれかかる。髪を指に絡めれば、さらりと落ちる。日中はあれだけ絡まりやすそうな髪型をしているのに、風呂上りは1本たりとも絡まらず指通りの良いものとなっているのだから相当手入れをしているのだろう。
 空木に撫でられ、気を良くした花華夢は抱えているクッションを横に置き、抱き着く。本来ならば風呂上りにほのおタイプの体温は避けたいところなのだが、不快感が特にないのはどうしてだろうか。ぼんやりと考えながら顔を埋め、ふと気付く。

「入浴剤の匂い、しない」
「ああ。風呂上がるときに入れたからなあ。時間経つと匂い薄れるだろ?」
「……そういうことする! 時々びっくりするくら私のこと甘やかすよね!?」
「甘やかされると怒るよなあ」
「だ、だって、だってさあ!」

 甘やかされて嬉しくないわけがない。けれど、こういうことされたときどう反応すればいいか分からない。それが上手いこと言語化できず、あーうーと唸る。それが不快感からではなく照れからの行動であることは赤くなった耳を見れば一目瞭然のことで、空木はこういうところが初々しいと微笑ましい気持ちになりながらそっと触れる。
 熱を帯びた場所は敏感となっており、耳の輪郭をなぞるように触れられれば反応してしまうのも当然というもの。肩を揺らし、目を潤ませて物言いたげな顔で空木を睨む。

「至れり尽くせりになっても、返せるものなくて困る」
「見返り求めてしてるわけじゃないけどなあ」
「嘘だあ! こんなに面倒臭い私を彼女にして、見返りもなくぐずぐずに甘やかせるかあ!」
「おっと。実に既に手遅れで情緒不安定になっていたな」
「そうやって甘やかすからさあ! もう、もう!」
「どうどう、落ち着けって」

 背中をさすって宥めれば、スイッチが切れたかのように黙り込む。大人しくなったものの、ぴっとりとくっつき離れる様子がない。全く、仕方がないと少し呆れつつ花華夢を抱き上げる。突然の浮遊感に驚いた花華夢は目を白黒させた。そんな反応をスルーして、モデルとしてスタイルと体重管理を徹底しているだけあってやはり軽いと考えながら空木は花華夢を膝の上に乗せ、すっぽりと覆うように抱きしめてみせた。

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