「わ……」
洞窟を歩いてから、そこに着くのにはさほど時間がかからなかった。うねった道を進み、何回か途中で曲がり。方向感覚が狂ってきた頃に、開けた場所に出た。そして、初めて見るその光景に息を飲み、言葉を失った。
「本当は朝日が射し込む時間が1番見頃なんだけどね」
石灰岩で囲まれた壁は高く、覆う天井には隙間があるのかところどころから夕日が射し込んでいる。空間の中心に広がる湖。地下水が湧いているのだろう。そして何より目を引くのは石灰岩の隙間や湖の周辺に咲く花々。自然の神秘というものが詰め込まれた光景だ。
足が地面に縫い付けられたように動けずにいると、繋がれた手が引っ張られる。されるがままにいると、湖の近くにある平たい岩に誘導される。そこで繋いだ手を解き、puÅはタイツを脱ぎ始める。腰をおろし、ちゃぷんと湖に足をつける。その行動をぼんやり見ていると、「ほら、隣おいで」と、声をかけられる。
「つめたっ」
「きもちーよね」
「わっ。ちょっと、かけないでよ」
「そう言われるとしたくなるー」
ちゃぷ。ちゃぷ。足をばたつかせ、蓮実の足にかける。途中「おお、蓮実さん。お綺麗な足してるねー」と、絡むものだからうっかり下心が漏れている。なかなかやめる気配がないので仕返しをしてみる。可愛らしい驚きの声をあげる。
しばらくの間、水をかけあったりとじゃれてみせ、やり始めたpuÅは「蓮実さんもこんな風に遊ぶだね」と。ごろりと寝転がる。真似るように横になり、水とはまた違う岩肌の冷たさを感じながら「都会ではこういう場所もないから、あまりしないかもね」と。それからしばらく、沈黙が続く。どこかから水が滴り落ちる音だけが空間に響き、耳触りが良い。
「よくこの場所を見つけたね」
「キュワワーはお花を身につけていないと不安になるからかな。私、お花畑見つけるの得意なの」
「花畑に該当するの?」
「私がお花畑と言えばお花畑なんだよ!」
浮かべられるどや顔。本当に表情が豊かだなと思えば自然に手が伸びる。指先が頬にほんの少し触れると、puÅは目を丸めてからほんのり頬を染める。それを隠すかのように、がばりの身体を起こす。危ない!これは落とされてもおかしくなかった!なんて1人、心の内で騒ぎながら頭を冷やすためにワンピースの裾をつまんでバシャバシャと湖の中を歩く。
蓮実の視線から逃れるように動き回る。ふと、透き通った水面に視線を落とし、あっ! と歓喜の声をあげる。そして、つまんでいた裾から手を放し、しゃがみこむ。予測できない行動の数々に加えてこれなので、今まで濡れないようにしていたのに大 胆なことをと蓮実は小さく笑う。
「ここは人目がないからのびのびと、ぼーっとしてられるんだよねー」
「……疲れたときにくるって、そういうことなんだ」
「そーそ。誰にも教えたことのない私の秘密基地。蓮実さん、お誕生日みたいだから特別に教えてあげる」
先程崖を登るときに重力を無視した軽やかな動きをしていたのと同様に、水の抵抗もないかのように滑らかな足取りで蓮実に近寄る。近くに来るとよく分かる。裾から水滴が落ちるほど濡れている。蓮実の視線に気付くと「これくらいすぐに乾くよ」と。くるりと回って見せる。ゆったりと広がる裾から水が飛び、冷たいと目を細めればクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「人目がなければ何者になっても許されるからね。息抜きになるかなって」と。さらりと、蓮実の髪を撫でる。手が離れたとき、少し重みがあることに気付いて触れれば、そこに花が飾られていた。ほんのりと濡れていることから、先程しゃがみ混んでいたのはこれを摘んだのだろう。
「まあ、さっき言った通りお節介なんだよね。私が想像できないだけで、本当にストレスも疲労も感じてないかもしれないけどねー。その場合はこの綺麗な景色が誕生日プレゼントということで」
「……、……。私、噂とかで人は判断しないようにしてるんだ。特にこの業界は嫉妬心や悪意で捏造されることもあるし」
「みんな暇だよね。そんなことする暇あれば力つければいいのに」
「でも、それを抜きにしてもpuÅさんって、聞いていた印象と違うね」
「……さあ。蓮実さんが何を言いたいのか、頭の足らない私はよく分かんないなあ」
すとんと元の場所に座り、つーんとした表情でそっぽを向く。なんとなく、そう言われたからには思うところがあったのだろう。まあ、この数時間でいろいろな一面を見せてしまったから、業界で自ら流した噂と印象が異なってくるだろう。でも、それで良い。puÅは口角を緩めて、小さく笑む。
嫌われるように徹底しようという決意は撤回。さすがに同業者相手に本気で恋して自らマイノリティーであることを明かすリスクを避けるに変わりはないけれど、時折振り回しにくる友人くらいの座につく方針に作戦変更。あのとき楽屋でそう決めたのだから。
「素敵なプレゼントをありがとう」
「! えへへ、どういたしまして」
「ただ、私1人じゃここに来れないと思うんだよね」
「あー。そこまで考えてなかったかなあ」
「だから、また連れてきてね」
「……蓮実さん。リップサービスでもそういうことは言わない方がいいよ。本気にする子が出てくるから」
危ない。今の本気にしてうっかり好きですとか言いかけたわ。なんて、あわよくばの下心を露骨に見せながら冗談を言える関係になるにはどれくらいかかるだろうか。ひっそりと考えながら、puÅは来年の蓮実の誕生日くらいには言えるほど仲良しになってみたいと思うのであった。
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