純真無垢。天真爛漫。無知ゆえの無防備。愛され体質。エトセトラエトセトラ。
これらは全て、身内の者や店の客などラナを知る者が彼女に向けて抱く感想である。野原を駆け回る小さなイワンコなので間違いではない。が、1つだけ周囲の認識で正しくないものがある。
ラナは周囲が思っているほど無知でもなければ鈍感でもないということだ。
「アザミさん、いらっしゃいませ!」
「こんばんは、ラナちゃん」
からんころん。ベルが穏やかな音を鳴らして、来客を知らせる。同時に、爽やかな香りがラナの鼻腔をくすぐる。青い耳をぴこんっと立て、お盆を抱きしめて振り返る。予想通り、アザミが居た。
喜びに目を輝かせ、白い尻尾を揺らしてアザミに駆け寄る。無邪気な歓迎にアザミは目を細めてラナの頭を撫でる。
「最近お仕事いそがしいの? あまり見かけなかったけど……」
「そうだね。ちょっと立て込んでいたかな」
「大変だね〜。そんなアザミさんは何を頼まれますか? スタミナつけるためにお肉たっぷり? それとも疲れた身体に染みわたる甘いもの?」
「ラナちゃんのおススメは?」
「んっとねー。今日は新鮮なお魚も手に入ったし、ポケかなあ。あ、でもラウくんが今日のクリームが最高のできだって言ってたからパンケーキもいいかも!」
「じゃあ、その2つで」
「はーい!」
席に案内し、メニュー表を差し出す。が、アザミはメニュー表を開くことをせず、ラナとの会話を続け、その流れでおススメを問う。白い尾をゆっくり揺らし、しばらく思案する。よく揺れる尾を目で追いながら、アザミはにこにこと笑って回答を待つ。
窓から見える海を見て、ラウレアが立つ厨房を見て。今日仕入れた食材や仕込みの出来を思い出す。お肉たっぷりの料理かと聞いておきながらシーフード系を提案するのはどうだろうと思いながらも2点の料理をあげる。そしてアザミは迷うことなくその2点を注文した。
「あ、ラナちゃん。夕食はもう食べた?」
「んーんー! お客さんの出入りも落ち着いてきたことだし、そろそろラナもご飯にしようかなあって思ってたところ」
「じゃあ待ってるから一緒に食べない?」
「え、いいの?」
「うん。ほら、ここってパンケーキもクリームもマウンテンみたいにするでしょ。食べたいけど1人だとお腹いっぱいになりそうだし、一緒に食べてくれると嬉しいなあって」
「やったあ! ラウくんに聞いてくるね!」
くるりと客席を確認する。今いる客はアザミを含めて3人程度。アザミ以外は少し前から来ているため1人は注文をとり終え、もう1人にいたっては料理も届いて食べ始めている。加え、2人ともマハロ食堂の常連でラナを可愛がってくれている優しい人たちなのでこの場でアザミと夕食を食べ始めたところで気を悪くすることはないだろう。
アザミの誘いに素直に喜び、その場でくるくる回って全身で表現する。無邪気な反応にアザミは微笑まし気にして「待ってるね」と。お腹空いているだろうし待たせてはいけないと埃をたてないように気を付けながら急ぎ足で厨房へ戻る。
「ラウくん! アザミさんからの注文でポケとパンケーキを1つずつー!」
「アザミさんって言うと、ラナちゃんと仲良しなお兄さんだよね」
「うんっ。優しくてかっこいーお兄さん!」
「じゃあラナちゃんも一緒に食べておいで。お客さんも落ち着いたし、お会計くらいノエちゃんに任せればいいから」
「げっ、とばっちり」
「よーし、ラナちゃん。今日はもう上がっていいよ。残りはノエちゃんに働いてもらおうね」
ラウレアに注文を伝えるラナの様子は落ち着きなくぴょこぴょこと跳ねていた。上機嫌であることは聞くまでもなく、アザミの名前をあげたときにはより一層笑顔が輝いていた。その姿を見たラウレアはラナに夕食を一緒に食べたいと言われるまでもなく、提案する。
厨房の隅で気配を消し、余るであろう食材を使って作ったパフェをのんびりと食べていたノエは残り2人の接客を振られて露骨に嫌そうな声をあげる。そこでラウレアは今までノエが厨房の隅でサボっていたことに気付き、にっこりと圧の強い笑顔を浮かべる。しまった、墓穴を堀ったかもしれないと気付いた頃には時既に遅し。遅い休憩に入るのではなく、ラナを仕事から上がらせることに変更する。
「わーい! ノエちゃん、よろしくお願いしまーす!」
「さいあく」
日頃、上手にサボっては人に仕事を押し付けるノエなのでラナも遠慮なくラウレアの提案に乗る。うげえと嫌そうな顔を浮かべるノエだが、ラウレアとラナはマハロ食堂の権力を握るツートップ。文句は口にしても抵抗できる立場ではないため、大人しく従うのであった。
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