「…………そういえば、さっき何か真剣に考えてる様子だったけど悩み事でもあるの?」
「悩み事というかー。なんでアザミさんはラナに優しくしてくれるのかなあって 」
「……なんでだと思う?」
「えー。んー、そうだなあ。んー……あ! 光源氏計画のためとか!」
ラナの要望通りの態勢になったものの、これ以上可愛いやらなんやらと微笑まし気な表情で突拍子もないことを言われないよう先手を打つ。ココアを作っている間、腕を組み足をぱたつかせて何やら考えこんでいることを。ラナらしくない眉間に皺を寄せてまでだ。
ストレスは時として良い影響を与えるものだが、純粋で健やかな内面と希少な外見を売りにしていく予定のラナの成長を阻害する内容であってもよろしくないからと、その要素を確認する。そして、誰に何かを吹き込まれたのだろうか。初めて接触したときから微塵も警戒することをしなかったラナがアザミの行動に疑問を抱くようなことを思考していた。これは確認しておいてよかったと思いながらラナの考えを聞く。その内容によって言いくるめ方を変えようといくつかパターンを思い浮かべていると、聞いたことのない言葉がラナの口から吐き出された。
光源氏計画。果たしてそれはどういうものだろうか。そう聞きたげな目を向けるとラナは「んーっとね」と。その言葉の根源を思い出すような声をあげた。
「遠い遠い昔の人間が書いた物語からきた言葉なんだよ。ジョウト地方の生まれだったかなあ」
「どういうお話なの?」
「世界最古の恋愛小説でお貴族様が中心に書かれているの。主人公の男が幼い女の子を理想の女性に育ててお嫁さんにするんだよ。そういうのを光源氏計画といってね」
「え」
「まあ、主人公には正式なお嫁さんは別にいるんだけどね」
「え」
世界最古と言うからには古語なのだろう。まだ10と少しほどの年しか重ねていないラナがそういう話を読んでいることに驚く。それ以上にその本の簡潔的な説明を聞いて衝撃を受ける。固まるアザミにお構いなしにとつらつらあらすじを述べるラナであるが途中で「話数が多くて複雑な関係が多いから口で説明するのは難しいなあ」と。悩まし気な声をあげてから「興味があるなら今度貸すよ?」と。聞くより読んだ方が面白い話だからと勧めた。
そんなラナの話は半分ほど右から左へと耳から通り抜けていた。何故ならばその話を持ちだした真意を図る方がアザミにとって重要なことだからだ。もし、誰かにアザミの本当の顔について明かされ、探るためにその小説の話題をあげたというのであれば逃げられる前に売りに出す時期を早めるか何かしらの策を講じなければならない。当たらずとも遠からずなのだから。
「本気でそういうことのためにしてると思う?」
「だとしたらラナはアザミさんのお嫁さんになれるからそうだといいなーって」
ほんのりと頬を薄桃色に染め、照れたように言う。本日何度目か分からない予想できなかった発言にぽかんとするアザミは何言っているんだコイツとでも言うように、うっかり低い声で「は?」と。そんな声が口に出た瞬間、しまったという顔をするがどうやらラナは自分の言ったことにきゃっきゃしているようで聞いたことのない低い声を気にしていなかった。
「ラナはねー、アザミさんのこと大好きだよ。とっても優しくて、とってもかっこよくて。でもときどき可愛いの」
あと、たまに見ていて放っておけないなとか。抜かりないようでちょっとつめが甘いところとか。多分自覚をしていないだろうし相手がラナだからなのだろうけれど、素直すぎる疑わないからというある種の信用をもっていてくれるところとか。
なんとなく、それらについては気付かせない方が良いような気がして。自覚させてしまえば今の状況や関係が変わってしまう予感がして言えなかったという方が正しいだろう。
「あのお話読んだときね、知らない人の自分勝手な理由で育てられるのはとっても怖いなあって思ったの。ラナはとっても恵まれていて、とっても幸せで穏やかに生きているけれど、これでも色違いだからね。そーゆーこともなくはないでしょ。例えば色違いのポケモンをコレクションにしたいとか高く売れるって思うトレーナーさんとかハンターさんとか。今は無事でも、これから先そうなるかもしれなくて。そうしたらすっごくやだなって思ったの」
「ラナちゃん。さっきから」
「でもね、大好きだなあって思っている人からならとっても幸せなことかなって思ったの。手塩にかけてちょーきょー? した子は愛着もあるからなかなか手放せないって囃子おねーちゃんが言ってたし」
やはり、誰かに何かを吹き込まれたのだろう。そうでなければここまで具体的に、まるで釘を刺すことなどできないだろう。身体を起こす。日頃はラナの前では柔らかく細めている目が今は警戒の色を浮かべ、鋭くなっている。対してラナはアザミが身体を起こすなり、ぎゅうっと抱き着いてにこにこと笑いながら話を続けた。こっちが本題だとでも言うように。
囃子とは時折マハロ食堂に訪れてはやたらと絡んでくる女だろう。いつだったかラナにおねえちゃんのお友達だとかで説明されたことがある。もしかして、と思いついてその小説も彼女から勧められたのかと確認すればラナは頷いた。そのときに何か言われたかとひっそり聞いてみれば返事はない。代わりににこりと困ったような笑みを浮かべられた。
「アザミさん、あのね。ラナね」
「うん」
「……やっぱり内緒」
「そこまで言われると気になるけどなあ」
「じゃあ、もうちょっとおっきくなったら教えるね」
あのね、ラナね。アザミさんが思っているよりもアザミさんのことが大好きでね。こうしてぎゅっとひっつくとぽかぽか胸が温かくなって、ぎゅっとしてもらうとちょっぴり緊張する大好きなの。だからね、ラナはアザミさんのことで知らないことは多くても無知ではないんだよ。
言おうとした言葉はまだ伝えるには早い気がして。というよりもさすがに恥ずかしくて口にできなかった。アザミは先程までの話題が話題だったのでまだ何かあるのだろう。聞き出そうとするがラナはもじもじしながら続きを言うことはなく、誤魔化すように頬にキスをしてはにかんだ。
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