学園内は騒がしかった。
なにせ今日は入学式なのだから。
浮足立っているところもあるだろう。
そう、彼女たち以外は。
これがどうやらいつもの光景のようだ。

「止まれと言われて!誰が止まるもんか!」

「いい加減にしてくださいイリスさん!もう入学式始まりますよ!」

「うちの寮には新入生なんか入らないし恥ずかしいし嫌だ!というかなんでアズールにそんなこと言われないといけないんだ!」

「学園長命令です!」

その一言に青い目と髪をした中性的な顔立ちの美しい少女は足を止めた。
ついでに顔まで蒼白になっていく。

「学園長の…命令…」

「逆らえないんですから、行きますよ」

「ううう…」

「きちんと入学式に出られたらジェイドから貴女の大好きなチーズケーキの差し入れがあるそうです」

「よし、行こうか」

「変わり身早すぎますよ!」

まったく、と呆れ顔をしている白に近い髪色をした青年―アズールは青い目と髪をした少女―イリスを追いかけていたはずが今度は自分が引っ張られる番となった。

「急いで!急いでアズール!遅刻!チーズケーキが!」

「それは後者が本音ですね!それよりも手!手なんか引っ張られたら僕がジェイドに!」

「えー?」

屈託のない笑顔のイリスを余所にこんなところジェイドに見つかったらと内心冷や冷やしているアズールだが、結局はなんだかんだで嬉しかったりする。
毎度こんな感じでイリスのお目付け役を任されているアズールたが、それは一年前に遡り自身の入学式の日から始まった。

《彼女の魔力は――どの寮にも属さない》
闇の鏡に導かれてやってきたはずが、闇の鏡はイリスにそう伝えた。
寮分けが最後だったからか、学園唯一の女子生徒だったのもあるからか、イリスは余計に目立っていた。
学園長もそんなはずは!とかなんとか言いながらどうしようか迷っていた。
しかし魔力の量が多いイリスを追い返せる訳もなく仕方なしに使われていない寮をイリスにあてがった。

「あの寮を貴女の寮とします!私、優しいので!」

「優しい人は自分で優しいなんて言わないです」

スパッと言い切ったイリスに学園長は項垂れていたが、ひとまず入学式は終わったとのことで各々寮へ向かうことに。
そこでたまたまイリスとアズール、そしてアズールの仲間である双子のジェイドとフロイドは顔を合わせた。

「君たち、どこの寮になったの?」

ただの、興味本位でただの会話としての一言だったはず。
イリスはあの笑顔で問いかけた。

「私はイリス。さっきの寮分けの時に見てたから分かると思うけど…」

「僕はアズールです。よろしくお願いします。僕と彼ら…フロイドとジェイドはオクタヴィネル寮ですよ」

「よろしくねェ〜」

「よろしくお願いしますね」

「海の中の!いいなぁ。綺麗だろうなあ」

自分がどの寮に入るかとてもわくわくしていたに違いないイリスは羨ましそうにアズール達を見た。
しかしのんびりもしていられず、寮へ戻ることになっているので早々に会話を切り上げ寮へ向かう。
そう、このたった一言が今やアズールのお目付け役―もとい子守りへと発展してしまった。

翌日から直ぐに授業は始まった。
そしてアズール、フロイド、ジェイドはイリスと同じクラスだと知る。
見知った顔を見掛けて不安が解消されたのかにこにことアズールたちの元へやってくる。

「おはよう!アズール、ジェイド、フロイド!」

「おはようございますイリスさん」

アズールがそう返すとフロイドとジェイドも同じように返す。
イリスは双子を見て似てるねーとか世間話しながら席に着いた。
フロイドはちょこちょこと愛らしいからとイリスをクマノミちゃんと呼んでいた。
最初の授業は魔法史だった。
アズールは懸命に授業を受けていたがかたや隣に座っているイリスは寝ていた。
それを見た先生は何故かアズールにイリスを起こして補習を手伝うように言った。
というのもただ隣にいたからという理由だけのようだったが。

「ふぇ!もう授業終わったの」

「貴女とフロイドは補習だそうです。僕も付き合う羽目になりましたよ。全く…」

「ははは…ごめんなさい。最初から迷惑かけちゃいまして…」

というやり取りがあったり、合同授業ではペアにさせられたりと何故か先生たちは矢鱈とアズールにイリスの世話をさせた。
―イリスはどうやらフロイドと似ているようで気分屋でわりと適当なようで先生も手を焼いているのだとか。
そこで、優等生であるアズールにそのお目付け役を上手い具合に押し付けたというところだろう。
半年も過ぎた頃には双子とアズール、そしてイリスが一緒にいるのが当たり前になっていた。

「イリスも毎日良く飽きませんね。アズールから逃れようだなんて…。いい加減諦めて…僕のところに来ませんか?」

「ジェイド、なんか後半色々ぶっ飛んでるよ」

「クマノミちゃんのことになると、ジェイドちょーっとだけ強引になっちゃうんだって〜」

「フロイドも笑ってないで止めてよ」

「面白ぇからやだ♡」

「ひどい…」

「イリスさん!貴女また補習サボって!」

「わー!もうアズールも来た!」

なんてやり取りが毎日のように行われ、最早学園ではそれも日常になっていてちょっとした有名人になっていた。

「君は本当に懲りないね」

「リドル!助けて!」

「規則ばかり破っていると首をはねてしまうよ!」

「あっれぇ…味方なしですか…ってアズール早!」

「止まりなさい!」

「止まれと言われて!止まるやつはいない!」

他の寮生も半ば呆れてはいるが、イリスの明るい性格にそれを凌駕する力もあってか友達は多かった。
そして最早子供を宥め、叱る母と化したアズールは子守りを任された気分なのであった。
そして冒頭の鬼ごっこへ戻る。

「着いたー!さあチーズケーキが待ってるよ!」

「本題は入学式ですよ。全く…って貴女って人は!なんで厳かな入学式なのにそんな派手に扉を…!」

勢いよく扉を開けてしまったため、既に始まっていた入学式の厳かな雰囲気が一瞬にして壊れる。

「また貴女ですか…アーシェングロット君に頼んだ筈ですが…」

「あー。もう既に遅刻だったのね…ごめんねー学園長ー」

「ごめんじゃ済まされませんよ!今日は入学式、ですよ!」

「だってうちの寮に入る子なんていないだろうし…」

学園長と小競り合いを始めたが叱られて項垂れるイリス。
アズールはこっそり自分の寮の席へ戻る。

「遅かったですね、アズール」
「クマノミちゃん、出るの嫌がってたもんねェ〜」
「世話が焼けます。あの人は」
「それにしてもまた目立っちゃって…お仕置きですね」
「ジェイド顔笑ってねェんだけど…」

入学式なのでこっそり話す三人の目線の先には学園長に叱られて項垂れるイリス。
そして最後の寮分けの生徒が戸惑っている姿。

「はっ!そうです!そうですよ!イリスくん!君の寮に彼を入寮させてください」

「彼?」

黒髪に赤い目をした少年がとても戸惑った顔をしてこちらを見ていた。


2020.05.29