Follow the trail in the dark


 目を開けている状態なのに、目の前は真っ暗だった。自分の姿も周りも何も見えない。何も聞こえない。肌に触れる風や雨に濡れたフードの重さも、髪についた水滴の冷たさも感じなくなっていた。

 今自分が立っているのか座っているのか、はたまた横になっているのかも分からない。暗闇に放り出されたまま随分と経っている気がする。本当はそんなに経っていないのかもしれないけれど。

 ここがどこで何なのか、調べようにもこうも真っ暗だとどうしようもない。手を伸ばしてみるものの、空気が動いた感じもなければ、手を伸ばした感覚もない。

 ひょっとして、また夢でも見ているのだろうか。今の状態はどことなくあの夢と似ている。この放り出された感じも感覚が掴めなくなる感じも、似ている部分がある。

 もしやこれはあの男が作り出したものなのだろうか。胡散臭くて認めるに認められないけれど、あれはまるで魔法のようだった。

 あの男のことを思い出しただけで苛々して仕方がない。あのシンと言う男は、彼女のことを知っていた。あの口振りからするに、ボクより彼女を知っていそうだった。問い質したいが、生憎あの姿は今はない。


「次会ったら覚悟しとけ………ッ」

 瞬きを数回繰り返し、ふと気がつけば知らない場所に立っていた。落下していた時の浮遊もなく、両足はしっかり地面についている。着地した、というわけでもなさそうだ。着地した覚えもないが。

 先ほどの暗闇と違い、多少は明るくなった視界にいきなり光が入ったから、なかなか目が慣れずにしかめっ面になる。五感も正常に機能している。風も音も温度もにおいも、この場所に生息しているであろう動物か何かの気配を感じる。見渡す限り巨木ばかりの光景で、見上げれば木々に覆われていて空は見えない。時折鳥の鳴き声のようなものも聞こえてくる。


 ここは一体どこなんだ。

「ッ…?」
 微かに人間の気配がする。

 けれど人間とは少し違う。ボクと同じ、というわけではなさそうだ。その気配はボクがここにいるのが分かっているかのように、迷うことなくこちらへゆっくりと近づいている。徐々に近づいてくる気配に警戒し、無意識の内に攻撃の構えをする。

 そして現れたのが、白い髭を生やした、見た目がサンタクロースのような人間だった。サンタクロース本人なのか分からないけれど、見た目は本当に本人だと思うくらい似ている。しかし格好は定番の赤い服ではなく、本に出てくる魔法使いと似たような立ち振舞いだ。半月眼鏡の奥に見える青い瞳が、じっとボクを捉えている。

 ここはこの人の私有地なのだろうか。勝手に入ってきた不法侵入のボクを見て、怪しい奴だと思っているのかもしれない。現にボクは濡れたフードを深く被っていて、相手に顔が見えないのだから。


「こんにちは。良い天気じゃのう」
「………」

 目の前の人物はサンタクロースのような、そうでないような……何者なのか分からない。まずは挨拶をして、ボクの様子を窺っているのだろう。

 老人だろうがそうでなかろうが、油断はできない。笑っているように見えて、あの青い瞳はボクを警戒しているんだと言わんばかりに、目元だけ笑っていない。

「ふむ、ところで君はどこからきたんじゃ? 知っているかと思うがここは禁断の森といって、とても危険な所じゃ。無闇に入れんはずじゃがの…」

 きんだんのもり……聞いたこともない地名だ。本当にシンは、知らない場所にボクを飛ばした、基、落としたらしい。なぜこんなわけも分からないような場所にしたんだあの男は。腹立たしい。

 目の前の老人は顔の見えないボクをじっと見つめている。突き刺すような視線ではないけれど、そこまで見られると正直言って不快だ。

 ずっしりと雨を吸った重たいフードから一滴の雫がしたたる。それを見た老人は魔法使いのようなローブから、その辺に落ちていそうな木の棒を取り出すと、ヒョイッと振ってみせた。何をするのかと身構えていたら、ボクの周りで小さな風が起きた。まるでボクを取り囲むように風がくるくると踊りだし、やさしい風が頬を撫でた。

 何をされたのかと思えば、着ている服から重みがなくなっていることに気がついた。あんなに雨を吸い込んでいたはずなのに、服の裾を触ると綺麗さっぱり乾いている。雨でぐっしょりと重たい色になっていたのに、本来の服の色に戻っていた。


 なぜ、どうして、どうやって。
 たくさんの疑問が浮かぶ。

 まさか、本当に魔法とやらをかけたとでもいうのだろうか。否、そんなものは存在しない。けれど、目の前で起きた出来事は否定できない。

 もしかしたら、新手の追っ手かもしれない。あのシンとか言う男は本当はやつらの仲間で、ボクを騙していたのかもしれない。彼女の名前を知っていたからと、もしかしたらシンが彼女の行方を知っているかもしれないと、そう思って気を緩めてしまったからこういうことになった。


 でも、だけど、もしかしたら…。
 そこで初めて顔を上げ、フードを取って老人に目を合わせた。疑ってばかりでは何もはじまらない。「この人は大丈夫かもしれない」と、そう自分に思い込ませてみることにした。

「サンタクロースじゃなくて魔法使いみたいだな」

 そう聞けば、目の前の老人は目をキラキラと輝かせながら微笑んだ。なぜ微笑む。老人が嬉しくなるようなことを、ボクは言っただろうか。

「夢を壊すようで申し訳ないが、残念ながらサンタクロースではないのう。プレゼントを持っていれば完璧じゃったかもしれんがの。わしはアルバス・ダンブルドアじゃ」
「……ボクはナギだ。ダンブルドア」
「どうせ呼ぶなら、アルバスと呼んではくれぬか?」
「親しいわけでもないのに、わざわざ名前を呼ぶ必要はないだろう」
「まあ、今はそういうことにしておこうかの」

 そういうこととは、どういうことだ。

「ダンブルドア、ここはどこだ?」
「ホグワーツじゃよ」
「聞いたことがないな。外国か」
「ホグワーツを知らぬのか」
「“ここ”には着いたばかりだからな」
「そうか、“着いたばかり”なのじゃな」
「色々あってね。ここがホグワーツとやらなのだとして、国はどこになる?」
「イギリスじゃよ」

 イギリス……アメリカじゃないのか。なぜ、シンはボクを国外に飛ばしたんだ。国の名前くらいは知っているが、それ以外はさっぱりだ。

 ボクの言動がおかしいと思ったのか、ダンブルドアはじっとこちらを見ている。先ほどのような、疑いの目だ。どうしたものかと思ったが、ダンブルドアが長い髭を触りながら「ふむ」

「そうか。ナギはマグル出身なのじゃな」
「マグル…どこかで聞いた覚えがある単語だな…」

 そう言うや、半月眼鏡の向こうでアルバスの瞳がきらりと光った気がした。

「どこで聞いたか覚えておらんかね?」
「どこでって…知り合いの口から出てきた、と思われるのだが…」
「その知り合い、名前は何というのかの?」
「なぜそんなにボクの知り合いの名前を知りたがる?」

 ボクの中で一気に警戒心が牙を向く。相手は世間話のつもりで聞いてきただけだろうが、先ほどのボクの発言から何か思い当たる節があると見て間違いないだろう。ダンブルドアは、何かを知っている。それこそ、あの男のことも知っているかもしれない。

「言いたくないのあればこれ以上は聞くまい。君に似た子を知っていると思うてな」
「そうか。だがおそらく人違いだ。ボクに似ている人物など、この世にはいない」
「…そうか。それは残念じゃな」

 残念だ。そう言う割にボクを捉えるその青い瞳はそうは語っていない。どこまで、何を知っているのか分からない今、迂闊に話すことはできない。

 もしかしたら、ダンブルドアもあいつらの仲間かもしれない。誰かを信じるというのは容易ではない。ボクにとっては難解だ。このままではいけないと分かっている。けれど、この老人の疑いを拭う証拠がどこにもない。今のところ、保留としておこう。

「ナギ。先ほど着いたばかりと申しておったな。その様子だと行く宛なんか無いじゃろうから、ひとまずホグワーツへ来んか?」
「…ボクが? いいのか?」
「ナギが決めることじゃ。強制をするつもりはない」

 こんな何も語らず、見た目も怪しさ満点のボクをなぜこんなにも気にかけるのか。そりゃ着いたばかりで行き先もお金も持っていない。ダンブルドアの提案には正直乗りたい。が、本当に素直について行っていいものかとも思う。

 ダンブルドアとしては、ボクの知り合いが引っかかるのだろう。誰を思い浮かべているのか知らないけれど。

 ボクのことを警戒していないわけではなさそうだ。ただ、どこかで悪さをされるよりは、近くにいさせておいて様子を見たいのだろうなという考えに落ち着いた。ボク自身も相手のことを知るいい機会だ。これを逃す手はない。

「それじゃ、しばらく世話になる」
「ひとまず森から出るとしよう。ナギ、行こうかの」

 ボクは素直に頷き、くるりと方向転換をして歩き出したダンブルドアについて行った。

 歩きはじめること数分、いくつもの視線を感じるようになった。相手は近づいてくる様子はなく、遠巻きに様子を窺っているような気がした。ダンブルドアではなく、主にボクに対して興味津々のようで、着かず離れずの距離でついてくる。

「ダンブルドア、この森には何がいるんだ?」

 あまりにもずっと続く視線に耐え切れなくなり、ダンブルドアに問う。ボクの言葉に何を思ったのか立ち止まって振り向き、ダンブルドアはなぜかニコニコと笑っている。何か変なことを言っただろうか。

「なぜ笑う」
「いやいや悪かった。ナギの言う通り、この森には色んなもの達がおる。それを見もしないで感じるとは、彼女のようじゃな」
「彼女……それって…」

「誰だ?」と聞こうとしたけれど、ようやく森から抜けたようで視界が開けた。青空が見えるかと思ったら、今度は大きな建物に遮られてしまった。目の前の建物は立派だけど、何の城かまでは分からない。城、だよな。とてつもなく大きい。

 これはダンブルドアの家か?
 いやいやそれはないか。

「…ダンブルドア、この城は?」
「ホグワーツ魔法魔術学校じゃよ。わしはここの校長をしておるんじゃ」
「魔術、学校…魔法使いの学校?」
「簡単に言えばそうじゃ。先ほど服を乾燥させた時といい、ナギの周りにはマグルしかおらんようじゃな」
「マグル…そのマグルって、一体何なんだ? 聞いたことはあるが、意味を知らないんだ」
「マグルとは、わしら魔法使いが魔法を使えない者のことをそう呼ぶんじゃ」

 ああ、なるほど。
 先ほどのボクの服を乾燥させたもの、あれは魔法だったのか。

「そうか、ボクはマグルというものに当てはまるんだな」
「いや、ナギにもちゃんと魔力があるぞ。それを感じて森に棲むもの達も気になって見にきていたのじゃな」
「ボクにも魔力があると?」
「そうじゃ。この話の続きは中でするとしよう。ここは暑くてかなわんからの」

 ダンブルドアはそう言うと、さっさと中へ入って行った。ローブなんて冬に着るような格好をしていれば暑いのは当たり前だ。ボクも夏には不向きな格好をしているけれど、ボクのことを置いて行くほど暑くはないだろう。自分の周りの温度調節ができる魔法などないのだろうか。

 城の中は思っていたよりもひんやりとしていて、先ほどの暑さがまるで嘘のようだった。内装も見事なもので、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまいたいが、よそ見をしている時に何があるか分からない。慎重に行こう。

 しばらく歩いた後、壁の中にぽっかりと穴がいていて、その中に中途半端な螺旋階段がある場所でダンブルドアは立ち止まった。螺旋階段の中央に翼の生えた獣――ダンブルドアがガーディアンだと教えてくれた――が狭そうに自身を翼で覆っている。一体ここで何をするのか。ダンブルドアが両手を広げ、翼の生えた獣、基ガーディアンに向かって一言。「かぼちゃジュース」

 突然不可解なことを発言したと思ったら、中途半端な螺旋階段がくるくると回りながら動き出した。呆然としているボクにダンブルドアが手招きをしてくるので、螺旋階段に飛び乗る。どこに着くのかと見上げれば、出っ張りのある部分を見つけた。なるほど。こうやって部屋に入るのも面白いかもしれない。まるで秘密基地のようだ。

 動力はどうなっているのだろう。声で作動するものなんて果たしてこの世にあっただろうか。この城には電気が通っている様子はなさそうだし、お得意の魔法という類のものだろう。

 しかし、ずっとゆっくり回転し続けるこの場にいなくてはならないなんて、目が回りそうだ。ガーディアンが回り続ける螺旋階段のその先にあったのは、ダンブルドアの私室だという校長室だった。

 ソファーに座っているように言われ、待っているとまた木の枝を取り出した。今度は何をする気だとほんの少しだけ警戒していると、横に緩いS字を描くようにふわっと振り、テーブルに現れたのは紅茶セットだった。そうか、どこかで聞いたことがあるが、英国はよくアフタヌーンティーを嗜むのだったな。一人納得する。

「さて。お茶でも飲みながら話をしようかの」


 ダンブルドアから一通り話を聞き、この世界について少し理解した。魔法族とマグル非魔法族、ホグワーツ魔法魔術学校、闇の陣営という組織が動き回っていること。そして、それらを率いているのが「例のあの人」と名前を呼ぶことすら恐れられている、ヴォルデモート卿。

 全く、この世界にくるならくるで面倒な時期から外して欲しかった。

 自分ではよく分かっていないのだが、ダンブルドアから見てボクの魔力は強すぎるらしい。闇の帝王、ヴォルデモートに狙われる可能性があると指摘された。そんなことを言われたところでどうしようもないのは目に見えているので、対策を講じるのだとダンブルドアは言う。

「ナギ、このピアスは使用者の力を抑えると共に、魔力をきちんとコントロールしてくれる、云わば魔法具じゃ。…ないよりかはマシじゃろうて」

 ボクは頷くと、ダンブルドアからピアスを受け取った。最後の言葉はボクの魔力でもきちんと機能するか分からないといったものだと思ったが、所詮気休めでしかないのだろうと悟った。

 銀色のひし形に象られたピアスは点と点が細い糸で結ばれたようになっていて、中は空洞になっている。その空間に赤いガラス玉のようなものがはめ込まれており、おそらくこれが魔法具と呼ばれる部分だろう。窓から差し込む日の光に当ててみたら不思議な輝きを放った。

 このピアス、よく見たら見覚えがあるような、ないような…。手に持っていると、安心、するような、不思議な気持ちになる。しかしどこで見たのか。思い出せない今は放っておこう。

 もらったピアスをつけようとするが、生憎とボクの耳はピアスをつけるための穴があいていない。ダンブルドアに聞こうとするも「耳に近づければ勝手についてくれるから大丈夫じゃ」とのことで、半信半疑でやってみたら穴があいてもいないのに、ボクの耳にぴったりと収まった。さすがは魔法具といった具合か。


「ナギ、君の年はいくつかね?」
「…今年で十一歳だが、何かあるのか?」

 確か、そうだった気がする。

「それなら問題ない。ナギにはホグワーツに通ってもらおうかの」
「…ここに、学校に通えと?」
「そうじゃ。嫌か?」
「魔法を学べるのは正直嬉しいが、ボクにはお金などない」
「案ずるな。あとでそれも説明しよう。さて、その問題も解決することから、どうするかね?」

 悪戯っぽくウインクをしてくるダンブルドアの表情を見て、ボクの警戒心もほんの少し薄れたらしい。「分かった。通わせてもらおう」

 観念したようにため息を吐いたボクを見て、ダンブルドアは嬉しそうに笑って見せた。







 彼女を見つける唯一の方法。


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