そろそろお茶も終わりだという頃合いに、ダンブルドアがたった今思い出したと言わんばかりに人差し指をピンと立てて「学校が始まるのは三日後じゃから、急ぎで必要なものを揃えなくてはならぬな」
……いや待て。三日ってさすがに急すぎるだろう。否、違う。ボクがこの時期にきてしまったのだから致し方あるまい。文句を言える立場ではないな。
学校の仕組みなどを簡単にダンブルドアから説明してもらい、一つの組織のようなものに居続けるのは大変だなと、他人事のように思った。
九月から新学期が始まるということは、たくさんの子どもがここへやってくるというわけで…。果たして、ボクは何も問題を起こさずに学校生活を送ることができるだろうか。そこのところが不安要素の一つでもある。
「学校がはじまる前に生活する上で必要なものは一式揃えた方がいいの。まずは買い出しじゃな」
「そんなに色々と揃えなければならないものがあるんだな」
「寮生活じゃからな。君はそこで誠の友も得るじゃろうし、勤勉に勤しめばやりたいことも見つけられるじゃろう」
「ボクは知識さえ手に入ればいい」
「……どうやらやる気だけはあるようじゃな」
ボクの言葉に、ダンブルドアは否定も肯定もすることはなかった。元々こういうやつだと短時間の間で理解したのだろう。
友達なんて、ボクは知らない。
学校さえ知らない。
たまにすれ違う子どもたちが通っている場所だと理解している。ボクは学校なんて知らないし、必要ないと思っていた。否、学校というものは国が定めたものであって、子どもは必ずしも学校へ行かなくてはならなくて、様々なことを学ばされているにすぎない。
親から子へ「学校は楽しいところだよ」と、すれ違う親子が会話をしていたのを聞いたことがある。そうしなければ、この世界で生きていくことができないからだ。社会に上手く溶け込めるように、幼い頃から集団行動ができる人間に育て上げる。そうした人間は大人になり子どもができ、また同じ繰り返しをしていく。
ならば、学校へ通っていないボクは何だというのか。だからボクは、学校なんて良いところだとは思っていなかった。何が楽しくて通っているのか、ボクには理解できなかったからだ。
今のボクはきっと、純粋にその子たちと同じ気持ちだと認めざるを得ない。そんな大人のことなど関係なしに、純粋にワクワクすることだと思いはじめていた。
「…友達か…」
「ナギなら大丈夫じゃ」
「そうか…」
どうしてだと、無神経に聞いてくるということをしないダンブルドアの好意を、ボクは素直に受け取ることにした。初めて会った時、怪しすぎるボクに対して警戒心を向けていたのは、それはヴォルデモートの手先だと思っていたからだと説明してくれた。だから今はそこそこ普通に話せている、と思う。誰かとこうして会話をするのは久し振りで、少々ぎこちなく思えてしまうが問題ないだろう。
「ところでナギ、一つ気になっていたことがあるんじゃがいいかの?」
「答えられる範囲であれば」
「その髪の色は独特じゃな。面白い髪型じゃ」
ダンブルドアの発言に、ボクはそっとため息を吐いた。
確かに、なかなかにない色をしているのだろう。白に近い銀髪に一点だけ違う配色である紫は、一際異彩を放っているのだろう。染めたのだろうと聞かれたが、生憎と自前のものである。あの時から、ボクの髪色はこんなものなのだ。
「そうじゃ、忘れてしまう前に伝えておかなければの」
紅茶を一口飲んでから、ダンブルドアは次のような言葉を口にした。
「ダイアゴン横丁にはグリンゴッツという魔法界の銀行があるんじゃが、金庫を開けるための鍵はそのピアスになっておる。絶対になくすではないぞ」
このピアスが銀行の鍵だって?
魔法界の金庫の鍵はやはり面白い構造をしている。いや、待て、これが金庫の鍵であるならば、なぜ易々とボクに渡してくれたのだろう。魔力を抑えるためだとしても、色々と簡単に手に入りすぎではないか?
それに、このピアスは……。
「ダンブルドア。これは簡単に他人に渡していいものなのか?」
「ほお、なぜそう思うたのじゃ?」
「素人のボクでも、これが高価な物だって分かる。これはボクの物ではないけれど、面白いことに初めて見た気がしない」
「ご明察じゃ。お主が思うている通りじゃ」
「それじゃ、」
「そのピアスはもしもの時のために託されたものなのじゃ。時がきたら話そう」
「…そうか、分かった」
腑に落ちないが、問いただしたところでこれ以上は話してくれそうにないので、ダンブルドアの言う時がくるまで待つことにしよう。
「そろそろ向かおうか」と行動を開始したダンブルドアに続き、部屋を後にする。どこに向かうのかと聞いたところ、買い物に行くためにはホグズミード村という魔法使いだけの村に行かなければならないらしい。なんでも、煙突飛行ができるのはその村なんだとかで、ホグワーツではできないそうだ。マグルでいうところの移動手段の名前なのだろう。
「非常に残念なお知らせなのじゃが、わしは一緒には行けんのじゃ」
「すまんの」と、本当に残念な顔をしながらそう言うが、実際ダンブルドアは校長だ。新学期ももうすぐではじまってしまうのだから忙しいのだろう。
「一人でも問題ない」
「そうは言っても、行き方もまだ教えとらんし、買う物リストも渡してもおらんぞ?」
「分かっている。ダンブルドア。代わりの案内人がいるのだろう?」
「ほう。よく分かったの」
「色々な意味でボクを一人にすることはないと踏んだ」
ダンブルドアは目をぱちくりとさせ、一呼吸おいてから「ほっほっほ」と笑ってみせた。
「強ち間違いではないのう」
案内人のところに行くというので先ほどと同様、ダンブルドアの後について行く。一定の時間が経つと動き出す階段を下り、そのまま廊下を歩き続け、ホグワーツ城を出た。少し急な坂道になっていて、目の前には禁断の森が見える。目線を下に移すと、ちょっと下った先に小さな小屋があった。
「ハグリッド、いるかの?」
ダンブルドアはノックをしながら住人の名前らしき者を呼ぶ。中でガタンゴトンと慌てたような大きな音が聞こえ「ダンブルドア先生?!」と、驚いた声が聞こえた。随分油を差していないのか、ギギイと立てつけの悪い音を立てながら扉が開いた。
「ダンブルドア先生、どうかしましたですか?」
発せられた言葉は少し訛っていて、扉の向こうに現れたのは大きな布だった。喋った、布が。否、違う。目線を思っていたよりもぐんと上に向けると、大層な髭を蓄えた大男がそこにいた。
これは人か、もしくは巨人か?
思わずぽかんと見つめていると、ダンブルドアの後ろにいたボクに気づいたのか、びっくりした表情を見せた。
「ダンブルドア先生、この子は?」
「この子はナギじゃ。今度の新学期からホグワーツに通うことになってのう。必要な物を揃えなくてはならないのじゃが、生憎わしは一緒に行けんのじゃ。ハグリッドよ、頼まれてはくれんか?」
「そうですかい。いや、しかし、先生の頼みとあっても…その…」
大男、ハグリッドは狼狽えていた。それもそうだ。急に訪ねてきて見知らぬやつを連れて二人で買い物に行けだなんて、ボクだったら願い下げだ。見た目からして厳ついように見えるが、中身はそうでもないらしい。
「おれは、森番の仕事がありますのんで、半日森を空けるのは…」
「その間はケンタウロス達に任せようと思うておる」
「し、しかし…」
なかなかに渋るのは、どうしてもボクと一緒は嫌らしい。「ダンブルドア。時間が惜しい。一人で行くから行き方とリストをくれ」
仕方ないという風にダンブルドアは杖を取り、紅茶を出して見せた時と同じように杖を一振り。ポンっと現れた一通の封筒をボクに手渡してくれた。
「それじゃ、ボクはもう行く。手間をかけさせて悪かった」
「すまんの、ナギ」
別にダンブルドアのせいではない。ボクの見た目の問題でもあり、この時期学校に生徒らしき者がいるのがおかしいのだろう。ハグリッドやらの反応は戸惑いと、ボクに対して誰だこいつ大丈夫なのかという疑心だった。
後ろでは慌てたようにオロオロとした気配がするが、それを選んだのは自分だ。勝手に狼狽えていろ。
歩きながら封筒の後ろを確認すると、『禁断の森より訪れたナギ様』とご丁寧に書かれていた。なるほど、芸が細かい。
封筒を開けると中には便箋が三枚入っており、一枚目はホグワーツへの入学許可証で、下の欄には学校が始まる日時とホグワーツへの交通手段が記載されていた。
二枚目は入学するにあたり必要な買い物リスト、三枚目は他のものと筆跡が違う。恐らくダンブルドアだ。ホグワーツからホグズミード村、そこから煙突飛行での移動の仕方が描かれていた。これなら何とか行けそうだ。
「おおい! 待ってくれー!」
背後からドスドスと大きな足音が聞こえてきた。振り返ると先ほどの大男、ハグリッドだ。何かあっただろうかと立ち止まったが、こうして見ていると迫ってくる壁のようで思わず臨戦態勢に入ってしまいそうだ。
ボクのもとに着いた途端に「すまねえだ!!」と大きな声で謝罪が飛び込んできた。なんで謝ってんだろ。
「おれは別にお前さんのことが嫌いなわけじゃなくてだな、うん」
「ただ単に、面倒だと思ったのだろう?」
「え!? いや、そのだな、森番の仕事をきちんとしねえといけねえなってな!」
つまりは面倒くさいから断りたかったのだろう。ダンブルドアに何か言われたのか。一度断ったやつがわざわざ追いかけてきて、しまいには謝罪してくるなんてそうない。もしくは断ったが罪悪感に苛まれたか…。
「ダンブルドア先生にどうしてもと頼まれてだな、お前さんを案内することにしたんだ」
恐らく、良心に訴えかけるような頼み方をされて断りきれなかったのだろう。先ほどから見て、ハグリッドとやらは裏表のないやつのようだ。警戒するのもばかばかしく思えてきたので、なるべく普通になるように接することにした。
「そうか。わざわざすまない」
「さっきは断ったりして悪かったな。さ、早くしないと日が暮れちまう」
「案内よろしく頼む」
「おお、任せておけ!」
挨拶のつもりなのだろう。ハグリッドの大きな手が伸びてきた。あんまりにも大きくて「握り潰してしまうかもしれんな!」なんて冗談を言うものだから、握手は遠慮しておいた。至極慌てていたけれど、別に嫌いだからとかそういうわけではないと説明すると、納得してくれたようだ。さすがに手を握り潰されたらボクもちょっと嫌だ。
「自己紹介がまだだったな。俺はルビウス・ハグリッドだ」
「ボクはナギだ」
「よし、ホグズミード村まではちょっと歩くからな。急ぐぞ」
明日には忘れる程度の意思で
そのくらいの気持ちから接していくのも悪くはない。