You are a star
who is attracted to the midday


 ハグリッドは大きい図体の割に小心者のようで、終始会話が途切れてしまうとオドオドとよく慌てる。ボクの見た目が駄目なのは分かっている。だがしかし、そう簡単に心優しい性格になどなれるか。

 この大男は悪いやつではないと、ホグズミード村に案内される数分で理解した。歩きながら今やっている仕事の内容だとか、森にはこういう生物がいるんだと話したり、饒舌にとはいかないが彼なりに頑張って会話を続けようとしている。彼の頑張りに答えてみようと、初めて聞く話の内容に耳を傾けるも、思ったように相槌を打つことができない。

「ハグリッド」
「おう。どうした。アラゴグのことで何か気になったことがあるのか?」
「…そのアラゴグのことなんだが、どんな見た目の生物なのか詳しく教えてくれないか?」
「おっと、いけねえ。つい名前で呼んじまっていたか」

 反省したハグリッドはもう一度詳しく話をしてくれた。魔法生物にはたくさんの動物がいて、マグルでは空想のものと語り継がれているものは本当に存在する生物で、マグルの世界の本に載っているものはたまたま遭遇してしまったものが大半なのだという。

 他にも面白い話がたくさんあるが、自分が知っている話はそれのごく一部だとハグリッドは言うので、本屋に立ち寄った際には購入してみよう。


 森しか見えなかった視界のその先に、ちらほらと人工物が見えてきた。あれがホグズミード村だそうだ。確かに、町というよりは村という表現がしっくりくるだろう。この村はホグワーツからの生徒たちが決まった週末に買い物にくるのだという。今は夏休みなので閑散としていて、地元の魔法使いしか出入りしないらしい。

 ハグリッドはとある一軒のお店に入り、暖炉を貸してくれないかと店の店主らしき人に声をかける。ダイアゴン横丁に行くんだと店主に説明し、今度は何を買いに行く気なんだと店主は少し呆れ気味に暖炉を使う許可をくれた。ハグリッドはよく買い物をしにここの暖炉を使わせてもらっているらしい。

「なあ、ハグリッド。この暖炉、どうやって使うんだ?」
「この煙突飛行粉フルーパウダーを使うんだ」

 見せられたものは麻布に入っている至って普通の粉だ。魔法使いなのだからてっきり暖炉から何か魔法を使うのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。

「試しにおれが先に使うから、ナギは後から続いてくれ。発音はしっかりな。変なところに行っちまうぞ」何それ怖くないか?

 ハグリッドは大きな体を小さくして暖炉に辛うじて入った。側に置いていた麻布から粉を鷲掴み「ダイアゴン横丁!」と大きな声で発音し、掴んでいた粉を自分の足元に思いきり振りかけた。

 すると、先ほどまでしんとしていた暖炉から緑の炎が燃え上がり、あっという間にハグリッドを飲み込んだ。思わず呆然としているボクの目の前でハグリッドは炎に包まれ、瞬く間に跡形もなく消え去ってしまったのだ。

 詳しい説明もなしにいきなり実践って、これがマグルだったら人間が燃えていると大騒ぎになるところだ。魔法ってもう少しキラキラとしているものだと勝手に思っていたが、実際は結構地味なんだな…。

 先のハグリッドに倣い、煙突飛行粉をこぼさないように掴んで暖炉の中に入る。結構煤が飛び散っているので思わず咳が出て口元を覆う。発音中に咳き込んだら変なところに行きかねない。そろそろ煤も落ち着いた頃だろうと判断し「ダイアゴン横丁!」と大きく発音して掴んでいた粉を足元に振るいかけた。火のないところから緑の炎が舞い上がり、ボクの身体を包み込む。熱さは全く感じない。突然引っ張られる感覚がして足元が不安定になった。まるで大きなティーカップの中でぐるぐるとかき回されているようだ。

 どこが地面なのか分からなくてされるがままになること数秒、不意にポイっと投げ出された。遠心力から外された身体は重力に従い落ちていく。何とか足を踏ん張って着地すると、目の前には心配していたのだろうハグリッドがいた。

「気分はどうだ?」
「ファイアーダンスを無理矢理踊らされていたみたいだ」
「はははっ! そう言うやつは初めてだ!」
「ハグリッド、すまないが何か飲み物をくれないか…」
「そこの席に座ってまっちょれ。何かもらってくる」

 初めて使用したけれど、もう二度と使いたくない。この後買い物を済ませたら、嫌でもあと一回は必ず使う羽目になるので気分は最悪だ。みんなよく平気な顔をして煙突飛行なんてできるな。あと一回使ったらもう二度と使いたくなんてない。瞬間移動の魔法があったら早く習得したい。

 ハグリッドは気を使ってか、レモネードをチョイスしてくれた。すっきりとした後味が気持ち悪さを軽減させてくれたので、気分も少し落ち着いた。


 気持ち悪さで周りを見る余裕などなかったが、レモネードを飲み終えたらいつもの調子が戻ってきた。よく見たら喫茶店か何かのお店のようで、カウンター席とテーブル席が所狭しと並んでいる。店内にいる客はマグルの格好をしている者もいるが、魔法族の格好の者もいる。とても違和感だらけだが、マグルの格好をしている人達から魔力を感じる。みんながみんな、魔法族のような格好をするものだとボクは勝手に思い込んでいたようだ。

「大丈夫そうならそろそろ向かうぞ」

 ハグリッドに声をかけられ、店の奥に入って行く。ここって入っていいところなのか。出口ではないだろうに、ハグリッドはお構いなしにズンズン突き進んで行く。店の店主らしき人もお客も気にしていないところを見ると、いいらしい。

 店の裏手にある扉を開けると、目の前には煉瓦の壁で行き止まりだった。また煙突飛行のようなことをするのだろうか。もうあんなに気持ち悪いのはやめてほしいのだが。

「ナギ、いいか。余所見すんじゃねえぞ」

 ハグリッドは得意げにそう言うと、自分の着ていたコートからボロボロな何かを取り出した。よく見ると煤汚れた傘で、元の色の判断は難しいが赤黒い小さな傘だ。空を見上げるも雨が降り出しそうな気配はないし、第一ハグリッドの身体のサイズに合っていない。

 傘を差すわけでもなく、傘の先端で煉瓦をコツコツ叩き、まるでこの先に何かがあると思わせるような規則性のあるものだった。ハグリッドが煉瓦をたたき終わるや目の前の煉瓦がひとりでに動き出し、徐々に形を変えはじめた。初めはただの壁だった。今目の前に映るものは煉瓦のアーチで、その先にはたくさんの店先が立ち並ぶ商店街のようなものが広がって見えた。


「ダイアゴン横丁へようこそ!」

 ハグリッドがにっこりとボクに笑いかける。こんなところに魔法使いがたくさんいただなんて信じられない。お祭りか何かやっているのか、三角帽子を被った魔法族がひしめき合っている。アーチができるまでは声とかそういった音なんて何一つ聞こえてこなかったから分からなかったが、相当な人数がここにいる。まずい。こんなにたくさんの人を見るなんて久し振りだったから、また気持ち悪くなってきた。

 まさかと思うがここを通り抜けないといけないのだろうか。チラリとハグリッドを見上げると「すごいだろう! さあ、行くぞ!」と、得意げにそう告げる。マジか。人がたくさんいるところに突撃するだなんて嫌なんだけどな。致し方ない。

 せめて自分への被害は最小限に抑えたいので、ハグリッドには悪いが盾代わりにさせてもらい、人込みをかき分けて突き進む。最初はどこに行くのかと大人しくついて行くと、ガヤガヤとした話し声がほんの少し弱まった気がして周りを確認する。ハグリッドの後ろから正面を確認すると、どうやら何かの建物のようだ。見上げると真っ白い大きな建物だった。

「ここがグリンゴッツ銀行だ。買い物するにゃ、金庫から金を下ろさねえとな」

 中に入ると左右に木製でできた机があり、小さな人たちが書類らしきものに判子を押したり何か書いていたりする。人というには少々見た目が違うので、ハグリッドに聞いてみると返ってきた返答は小鬼ゴブリンだと言う。彼らは魔法族と違って杖を使用しないで魔法が使えるのだという。書類が独りでに動いているのはそういう仕組みなのか。

 左右にいる小鬼には目もくれず、ハグリッドはズンズン進んでいく。建物の奥、ちょうど正面に一人だけ雰囲気の違う小鬼がいた。ハグリッドはその小鬼に金庫を開けるよう声をかけた。

「鍵はお持ちですか?」

 小鬼は皆そうなのだろうか。やけにキンキンした声でそう聞かれ、耳についているピアスを見せる。はたしてこれが本当に鍵として成り立つのだろうか。小鬼は身を乗り出してボクの顔をじいっと睨みつけるかのように見つめる。内心ドキドキしていたが、小鬼は表情をピクリとも変えずに椅子から降りた。

「金庫に案内いたします」

 隣にいたハグリッドもまさかピアスが金庫の鍵になっているとは思っていなかったらしく、それなら無くさずに済むからいいなと気を使ってくれたのか小さく笑っている。やっぱり魔法界の金庫の鍵って鍵の形をしていなくていいものなんだな。


 金庫っていうから、よく見るような鉄でできた固い箱をイメージしていたのだけど、魔法界はそれも違うらしい。先ほどまで室内であったのに、案内された先にあったのは薄暗い洞窟と、車輪のついた四角い箱。車輪の下にはレールが敷かれていて、よく見ると地面がない。浮いている。これから楽しい楽しい金庫までの冒険が待ち構えているようだ。ハグリッド、キミに金庫を任せてもいいだろうか。

 乗りたくないアピールをするも、ハグリッドは観念するんだと首を横に振る。心なしか顔色が悪い。煙突飛行は大丈夫でも、こういったものは苦手なのだろう。どのくらいのスピードで進行するのか未確認だが、行くしかあるまい。

「いいか、絶対に口は開けるな。じゃねえと舌を噛む羽目になるからな。あと、これはおれの経験だが、進む先を見た方があんまり酔わなくて済むぞ」
「そうか。因みに、煙突飛行と比べるとどっちがいいんだ?」
「…煙突飛行のがマシだ」

 益々乗りたくなくなってきた。しかし、案内役でついてきた小鬼がさっさとしろと急かしてくるので覚悟を決めるしかなさそうだ。これ、振り落とされたりしないんだろうか。空中に投げ出されたりしたら間違いなく終わる。ジ・エンド。

 よし、と覚悟を決めて乗り込み、力を込めて乗り物にしがみつく。ボクに次いでハグリッドも乗って、最後に案内人である小鬼も乗り「なあハグリッド」と声をかける前に猛スピードで発車した。え、何これ。心の準備とかそういうの何もないのかよ。

 ハグリッドの言う通り、口を閉じていないと舌を噛みそうなくらいガッタンガッタン揺れる。レールの上を走っているというのになぜだ。急カーブに差し掛かった時なんて金属音とレールに火花が飛び散る。そうしてボクは一つ学んだ。ハグリッドの言う通り、進行方向と同じように身体の向きを調整すれば、あまり酔わないんだということを。


 トロッコは徐々にスピードを落とし、道の途中で停車した。子鬼に続いて降りてみると、目の前には巨大な金庫だろうか。横にも似たような扉がずらりと並んでいて、子鬼が待ち構えている扉の上には390番と番号が書いてあった。

「鍵を拝見します」

 渡したいが、このピアスはボクの魔力を抑えている代物だ。簡単に外してしまっても良いものだろうかと考えあぐねていると、子鬼は渡してほしいわけではなく、もっと扉に近づいてくれとジェスチャーしていた。そう言えば拝借ではなく、拝見って言っていたな。

 子鬼に近づきよく見えるように屈んだその時、かちり。扉の奥から何か物音がした。ガコンと何回か音が聞こえ、重苦しい音を立てながら分厚い扉が開いた。


「……これ、まさかだけど金貨…?」

 目の前に映るものは、ボクがよく知っているお金ではなかった。まるで一昔前のお金だ。紙幣ではなく金貨だなんて、ここは一体いつの時代だと問い質したくなる。

 中にあるのは金貨がたくさんと銀貨と銅貨がちらほら。金庫の中の大半が金貨で埋まっている。金貨って一枚いくらなのだろう。相場が分からないけれど、後ろにいるハグリッドが固まっているのを感じて普通の金庫ではないのだろうなと思った。金庫から溢れそうなくらいあるのは普通ではないとボクだって分かる。

 ぼうっとしていてはいけない。
 子鬼がどうした早くしてくれと言わんばかりに後ろから圧をかけてきている。どのくらい必要になるのか分からないため、多めに持っておくに越したことはないだろう。適当な袋を持っていなかったが、金庫内に薄汚れた袋を発見したので、それにざかざかと入れて金庫を閉めた。

「お前さん、お金持ちなんだな」
「いや、これはボクがというわけでは…」
「それは知り合いの、おっと、なんでもねえや!」

 知り合いとは、一体誰のことだ。
 追求したいところだが、子鬼が終わったのならさっさとトロッコに乗ってくれと大人しく待っているので後にするとしよう。

 再び激しいトロッコに乗り、グリンゴッツを出た。暗闇に慣れた目だと、外の明るさは眩しすぎる。フードを被って日光を防いだ。


「ここからだと洋装店が近いぞ」と言うハグリッドにそれは何だと聞いた。所謂洋服屋さんで、何でも仕立ててくれるらしい。そこでホグワーツの制服を仕立ててもらうらしい。これを機に、魔法使いの服を何着か繕ってもらうのもいいかもしれない。金庫から大量の金貨を引き出してきたことだし、大いに使ってしまおう。

 人混みでハグリッドを盾にすると、スルスルと前に進めた。大きいので逸れることもないが、前が見えないのが難点である。ハグリッドにぶつからないよう、尚且つ離れないように気をつけて歩いていたら、いつの間にか着いたらしい。

 マダム・マルキンの洋装店〜普段着から式服まで、と書かれている看板が目に入った。洋装店の中を覗いて見ると、ボクと同じくらいの子が一人いて、腕を横に広げた状態で台の上に立っている。何をしているのかと思えば、店員らしき人が杖を振って針を動かしていた。なるほど、丈を合わせているのだろう。

「ナギ。ローブの丈合わせは大体時間がかかる。近くのお店でちと休憩させてくれ」

 だよね。やっぱりそうだよね。

 ハグリッドは先ほどのトロッコ大冒険で酷く酔ったようで、ここまで我慢して送ってくれたのだろう。後でよかったのに、人が良すぎる。終わったらボクがお店まで行く約束をして、ハグリッドと一時別れた。


 失礼にならぬよう、お店に入る前にフードを脱ぐ。カランッと気持ちの良い音を立て扉を開くと、布を扱っているお店独特の香りがした。

「いらっしゃい。ホグワーツ?」

 ボクが頷くと、ご婦人は笑顔で踏み台に案内してくれた。踏み台に立ち、とりあえず動かなければいいのだろうと、ピタッと動きを止めて見せる。するとご婦人は「あらあら。そんなに緊張しなくてもいいのよ」と笑った。どうやら勘違いをされたらしい。嫌な気はしないのでそのままにしておいた。

「全部ここで揃うからね。あの丈を合わせている子もホグワーツの一年生みたいよ」

 そう言って、その子をチラッと見て教えてくれた。その視線の先を辿って見ると、鳶色の髪の男の子がいた。よく見てみると、男の子にはたくさんの引っ掻き傷があった。人間の爪などでできた傷ではない。何か飼っていて、そのペットにやられたのだろうか。男の子は疲れた顔をしていたのに、目が合うとボクに微笑みかけてくれた。


 一瞬だけ、心臓が高鳴った。
 なんでかは分からない。弱々しい微笑みに、なぜか惹かれた。

 不意に"友達"と言う単語を思い出した。他人と関わることがあまりなかったボクだけど、ここは前いた世界とは違う。ボクを知る者は、いない。できるかもしれない。ボクにも、友達が。

 思い切って、声、かけてみようかな。







 少し暗い店内なのに、キミだけが輝いて見えたんだ。


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