「いやあ春ですなあ」

 あまりにも呑気な声にため息を吐く。良い天気だから屋上でご飯を食べようと言った目の前の幼馴染はだらしのない緩み切った顔をして、春の陽気に身を任せていた。
 風に舞って屋上までやって来た桜の花びらは幼馴染の顔に貼り付くが、当の本人はぼけぼけしていて全く気づいていない。

「ん、どうしたの空海」
「いや、何でもない」

 昼休みの時間は限られている。いつまでもアホ面を拝んでる暇はないと思い、空海 夾は自分の弁当に手をつけ始めた。

「そういえば今日しーちゃんと草太はいないの」
「草太のバカは補習。神崎は知らない」
「補習? 戦闘科の特別授業のやつかなあ」
「全科共通の歴史の補習」

 突然幼馴染、鈴堂 紗夜が雷に打たれたような顔をしたので事態を察する。試験のことなど頭になかったのだろう。急に鞄をひっくり返し、ああでもないこうでもないと言い焦り始めた紗夜を尻目に夾は弁当の3段目に突入していた。

「ど、どうかお助けを……」
「医療科の次の授業は……歴史か。慈悲はないな」

 鞄の奥底から出てきたであろう皺くちゃな時間割を項垂れる紗夜の頭に乗せる。今さら教科書を見返したところで何もかもが遅い。無駄な足掻きを始めた紗夜に何も言わず、夾は弁当の4段目に突入した。

「先生、教えてください。どこがテストに出たんですか!」
「全科範囲が違うが戦闘科のを教えてほしいならいくらでも」
「嘘だと言ってよ先生」
「休み時間が終わるまであと10分だ。頑張れ」
「せめてもっと心を込めて応援して」

 ついに声を出して教科書を読み始めた紗夜の頭から桜の花びらが落ちるのをぼんやりと眺める。先ほど自分が受けた試験の内容、この世界で起こった大戦を思い出しながら。

▲▽

 この世界の確認されている最も古く大きな戦争の歴史は過去の記録者によってこう記されている。
 およそ二千年前、様々な種族や魔物が住む私たちの世界『ランクレス』では、種族同士の争いが絶えなかった。そして戦争の影響で大虐殺、飢餓、災害が起きた荒れ果てた時代であった。
 
 様々な種族がその力を振るう中、他の種族と比べて力の弱かった純正人【アニマ】は、他の種族と対抗するために力以外の進化を強いられた。そして、純正人は力以外の進化―――科学技術を恐るべき早さで発達させた。
 だが力を手に入れた純正人は禁忌を犯す。元々存在する人間の遺伝子から人造人間を造ることに成功してしまった。命を作り出すことに成功してしまったのである。
 
 純正人は兵士として大量に人造人間を造った。しかし人造人間には欠点があった。使い捨ての兵士には必要のない"心"があったのだ。
 人造人間たちは自分達を造った純正人を憎んである時報復をする。
 世界は更に荒廃し滅びの一途を辿っていた。毎日誰かが殺され、戦禍に巻き込まれる。もうすぐ世界の終わりが来る。人々は嘆き絶望した。
 
 その時天から眩い光が大地へと降り注ぐ。光は一箇所に集まるとその場所に"光の柱"が現れた。光の柱は天使【セラフィーノ】を生み出した。天使たちはその美しい歌声で大地を癒やして世界を救っていく。
 
 しかしこの戦争はそれだけでは終わらなかった。天使の力でも癒せない人々の心は絶望に満ちていた。
 そのような人々の心の闇が集まったかのように突如地中から"闇の柱"が現れる。闇の柱は悪魔【アルヴォロ】を生み出した。悪魔は人々の命を奪い、大地を汚し、そして救われたいという人々の心さえも弄ぶ。人々の絶望から生まれた悪魔は、世界を滅ぼそうとしたのである。

 天使は悪魔は相反する存在であり、天使は悪魔を、悪魔は天使を滅ぼそうとした。人々の争いは天使や悪魔が加わったことで更に激しさを増し、始まったのが『天魔戦争』である。全てを巻き込んだ戦いは全てを滅ぼしていく。人々は次々と息絶えていき、大地は汚れ腐っていった。
 
 動乱の時代の中、終わりの見えない戦争は意外な結末を迎える。何処からともなく現れた8人の若者によって突如戦いは終わりを迎えることになった。8人は様々な種族を従えて驚くべきスピードで各地の争いを鎮火していったのだ。

 だが戦争が終わっても失ったものや命は返って来ない。戦争を激化させた天使と悪魔は8人の若者によって滅ぼされ、人間の殆どが死に、人造人間もその製造法から存在まで全て破壊、破棄された。
 
 天魔戦争の始まりの原因である両方の柱は災厄の象徴と見なされ人間によって壊された。それ以後二度と天使と悪魔は生み出されることはなかった。
 
 こうして、戦争は終わった。

 戦争を終わりへと導いた若者たちは人々によって"八英雄"と称えられる。終戦以降、八英雄は役目を終えたかのように二度とその姿を現さなかった。生き残った人々は誓いを立てる。八英雄が守ったこの世界を、次は自分達の手で守っていくと。


▼△


「うっうっ……」
「医療科の範囲は?」
「中世の産業革命のところですが」
「頑張れ」
「心、込めて!」

 紗夜が顔を上げるとまたはらりと桜の花びらが舞う。こんな呑気な日があっても良いのかもしれない。5段もある弁当箱をしまいながら夾が欠伸をした瞬間、音程が少しずれたチャイムが鳴り響く。紗夜は真っ白に燃え尽き、教科書を無駄にパラパラと捲っていた。


20210713