この世界は5つの大陸に分かれている。
 砂漠の広がるアファーダ大陸、1年中雪が降り続くキュロック大陸、闇に包まれた魔界と呼ばれるユクバラド大陸、ユクバラド大陸とは敵対関係にあり夜が来ない天界と呼ばれるミスティア大陸、そして大陸の中で最も科学技術が発達しているベクトリア大陸。

 それぞれの大陸には優秀な人材を育てるための専用の教育施設が1つずつある。その内の1つがベクリトア大陸にあるカーネスト学院だった。
 カーネスト学院は種族を問わず才能ある子どもたちを教育し優秀な人材を社会へ輩出している名門校である。
 純正人が人口の8割を占めているベクトリア大陸では珍しく生徒の半数が純正人以外の種族で構成されており、生徒たちは4学科に分かれてそれぞれ自分の得意分野の能力を伸ばすため勉学に励む。
 その中でも良く言えば伸び伸びとしている、悪く言えば教師の制御がきかない悪目立ちしている学科があった。
 どうにも手の付けられない問題児、力の強さが全てだと喧嘩の大売り出しをしている生徒、大人になったら頭をかきむしりたくなるであろう言動をしている生徒などさまざまな意味で厄介な子どもたちが雁首を並べる学科、それが戦闘科である。

 中等部3年A組戦闘科担任、柳川大和(ヤナガワ ヤマト)の胃は今日も痛い。先ほど述べたような問題児であれば彼の力量でどうにかできるため胃腸は平和だ。しかしながら世の中そう上手くいかないのが人生。彼の目線の先には胃痛の原因たちがいた。

「きょーん吉、今日こそ俺と決着つけよーぜ!」
「はい終わり」

 陽気に跳びかかってきた男子生徒の腹部に拳を打ち込み、追い討ちと言わんばかりに男子生徒を頭から地面にめり込ませる女子生徒。この生徒たちは問題児などという優しい存在ではない。戦いに関しては天賦の才能を持つ優秀な生徒といえば聞こえはいいが、溢れだす才能の制御ができていない、あるいはする気がないトラブルメーカーである。

「黒木、今は対人戦の授業じゃないから勝負をしかけるな。それと空海、やりすぎだ」
「えーだって大ちゃんセンセーの話つっまんねーもん」
「ふぁ……」

 けんもほろろとはこういった状況か。片方はぶーぶーと文句をたれ、もう片方は我関せずの欠伸である。文句を言う黒木 草太(クロキ ソウタ)は一応耳を貸してくれるし、空海 夾も話を聞いているかは怪しいが急に暴れだすことはない。と言い切りたいところだが、残念ながらそれぞれ単品であればという条件がつく。力ある彼らの側には常にトラブルが発生し一度目を離せばすぐに面倒事がやって来るのである。

「はーはっはー! さいきょードラゴン草太さんと勝負だ盛り蕎麦!!」
「俺、盛川なん」
「勝負だ!」
「えぇ……」

「空海、俺と勝負しろ! 決闘だぁ!!」
「しない」
「やいやい俺様が先にぶっ潰してやるぜ。オラァかかってこいや!」
「行かない」
「キェェェェェ! ボ、ボキュの女神である紗夜たんの側から離れろこの悪魔めぇぇ!!」
「うるさい」

 ねじ切れそうな己の胃をそっと抑え、大和は泣きたいと思った。
 女子人気が異常に高く面も良い何でも出来てしまう夾を血の気が多く大いなる嫉妬心を抱いたプライド激高思春期どもは放っておかない。
 また反対に好戦的な草太は誰彼構わず勝負を挑む。彼の種族が純正人(アニマ)や動物種(イベリス)であれば教師である大和が取り押さえて回収すればいい。しかし物事はそう上手くはいかないのである。

「ガァゴグォオ!!」

 突然校庭に耳が割れんばかりの咆哮が響き渡る。次の瞬間、草太と向き合っていたはずの盛川が物凄い勢いで大和の足元に吹っ飛ばされてきた。大和が慌てて様子を見てみると盛川は白目を向いて気絶している。可哀想ではあったが命に別状はなさそうで良かったと胸を撫でおろしたが、気を緩めている暇はない。

 目の前にいる咆哮の主、黄土色の鱗に覆われ大きな翼を広げるドラゴンは興奮した様子で地団駄を踏んでいる。生徒たちは慣れた様子で散り散りに安全な場所へ逃げて行く。いつものように暴れるドラゴンの前には大和と夾しかいなかった。
 
「先生、あの馬鹿の制御装置を開発してくれる天才はいないんですか」
「お前らの友達の神崎が開発してくれるんじゃないか、5年後くらいに」
「先の長い話ですね」

 呆れ混じりの夾の言葉に大和は苦笑で返す。
 龍人(ドラゴーネ)、大空を制する者。非常に高い戦闘能力を持ち、決して学び舎で暴れてはいけない種族である。
 ドラゴンもとい種族本来の姿に戻った草太は興奮状態になると力の制御が出来ず毎度こうして暴れては大和と夾の手により鎮められていた。
 今日は何も壊さないといいなぁ。大和がそう思いながら頭を掻いている間にすでに夾はロープを持って走り出していた。
 種族化した草太を鎮めるためにはまず飛ばないように翼を縛る必要がある。夾は暴れる草太の身体にぶつからないように素早くしなやかな動きで猛攻を避け、一瞬の隙をついて尾から背中へと駆け登っていく。いとも簡単に翼にたどり着きロープを掛ける鮮やかな手さばきは思わず教師の大和も見惚れるほどだ。

「っていかんいかん。俺も仕事をせねば」

 大和は頭を振って意識を切り替える。翼の次は脚を縛らねばならない。幸いなことに草太の種族化した姿は二足歩行のドラゴンであり、二本のぶっといあんよを縛れば終わりだ何て涙が出るほど簡単な仕事! あれよあれという間に翼を縛られていくドラゴンは先ほどよりもじたばたと脚を激しく動かして暴れている。ぼっきりと折れてしまった屋外時計を横目に大和も草太へと向かって走り出した。悲しいかな、これ以上学院の物を壊されたら俺の財布も壊れてしまう。避難していた生徒たちはその日ロープをしっかりと握る大和の目尻にキラリと光る雫があったと証言していた。


「あえ」
「お目覚めか、馬鹿ドラゴン」
「身体は大丈夫か」

 暴走龍を鎮めたあと、人の姿に戻った草太は保健室のベッドの上で目を覚ました。ベッドの傍らには夾と大和が座っており、草太はまだぼんやりとした目で彼らを見ている。

「きょん吉、大ちゃんせんせ……」
「夾だ。そのムカつく呼び方いい加減やめろ」
「なんか頭いてー」
「あれだけ暴れたからな。どこかにぶつけたんだろう」

 淡々と草太にそう告げる夾に大和は思わず乾いた笑いが出た。大和は知っている。脚を縛った後、草太は口から炎を吐こうと空気を大きく吸い込んだ。その瞬間、夾が折れた時計を思い切り草太の頭へ叩きつけたことを。しれっと何事もなかったかのように振る舞う夾と草太の頭にこさえられた大きなたんこぶを見ながら今日も大和は胃を擦るのだった。

2023/07/13