プロローグ
何の変哲もなく過ぎ去っていく平凡な日々。自分の手持ちにいるポケモンたちを可愛がりつつ、強くなるために鍛えるために旅をしていた。
俺はあいつを超える。チャンピオンになったあいつを超えて、ライバルとして認めてもらう。
それが今のところ一番の夢であり、俺が旅をする理由であった。
「今日こそ勝とうな、ラグナ!」
俺の相棒であるラグラージ・ラグナにそう声をかければ、相棒は元気よく返事をして水しぶきを上げた。塩水がかかって服が濡れてしまったが気にしない。
今日こそは勝てる。確信に満ちたそれを噛み締めながら、俺はあいつと勝負するために約束の場所に向かっていた。
今日こそあいつに。あいつに勝って、俺を認めさせる。まだまだ遠い道のりが残っているのに胸の奥が焼け焦げてひりひりする。
俺たちの時間はまだある。大人になってもきっとあいつとはいい友人関係でいられるだろうが、俺はそれを許したくなかった。この熱い思いが燃え上がっているうちに、俺はあいつに勝ちたいのだ。
「…ん?なんだ、あの光」
約束の場所まであと少し。チャンピオンロードを抜けた先、ポケモンリーグの建物前まで走り抜けようとしたとき、俺はそれを見た。
きらきらと光る何か。いきなり現れたそれはとても綺麗なのに、どこか不吉な予感がした。気のせいなのかなんなのか、その光は僅かに暗く大きくなっているような。物知りだと紹介してもらったダイゴさんは、あれの正体を知っているのだろうか。
とにかくあいつに会わなければ。リーグの前には赤を主とした衣服を身に纏うあいつ。親父からもらったスニーカーで舗装された道を駆けていく。
「ハルカ!」
あいつの名前を呼べば、こっちに気づいた彼女がすぐさま俺のほうを向いた。少し驚いたような顔をしていたあいつはすぐに笑う。
「ユウキくん」いつものように呼ばれた呼び方がくすぐったくなって、走るスピードを少し上げた。すぐに近くなる距離がどことなく嬉しい。
「ハルカ、お待たせ!やろうぜ、ポケモン勝負!」
俺が腰につけていたモンスターボールを見せてどかない様子を見せる。あいつも腰に手を当ててモンスターボールを取り出した。お互いやる気が十分にある。
風が吹く。張り詰めた雰囲気が漂うこの感覚が何よりの快感だった。
いざ、勝負を。
そう思った瞬間、突然地面が揺れた。植えられていた花が左右に振れ、地面に転がっていた小石はダンスをするように跳ね回る。目の前にあった建物もぶれて見えた。
「な、なんだ!?」
「何が起こってるの!?」
疑問が頭に浮かんでいろんなものを引っ掻き回す。
今の状況に似ているものといえば、この前起きたばかりの天変地異。日照りと大雨が交互に続いて世界がめちゃくちゃになりそうなほどになってしまったあの日。
あの時は目の前にいるこいつが解決したというが、今回はそんなことはなかったらしく、驚きと不安を隠せていない表情で辺りを見回している。
ほんの少し暗くなった周り。風を切る凄まじい音が耳を叩き、俺は反射で顔を上にはね上げた。
「…!」
灰色に染まった空に赤黒く、巨大な隕石が存在している。まっすぐこちらに向かって落ちてくるそれは凄まじい勢いだった。
まさか、先ほど見えた光というのはこれだったというのか。隕石にしたって、今まで落ちてきたものの中では最速を誇るものかもしれないその速さに、なす術もなく唖然とする俺たち。
宇宙センターはこれを予測していたのだろうか。この隕石はここら一帯を全てクレーターに変えてしまうに違いない。あるいは、この地球全てが滅びてしまう。
建物の方からダイゴさんが飛んでくる。大声でこちらに向かって何かを叫んでいたが、隕石が飛来する音にかき消されて何も聞こえない。
あいつは平気だろうか。不安になっていないのだろうか。不意に横を向いた俺は、彼女の顔を見てすべてを諦めた。
「まだ、」
彼女の口が動く。まっすぐ隕石を見つめていた彼女には一点の曇りもない、揺るぎのない勇気が宿っていた。
この状況でこいつは諦めていないのだ。世界を救うことができると、また日常を取り戻せるのだと、信じてやまないのだ。
それがどれほどの理想の上に立ったものなのか、俺に理解することはできない。
俺が敵わないはずだ。こいつは俺と、世界が違う。
俺にも勇気があれば。こいつみたいな、無謀なほどに立ち向かう勢いがあれば。もしかしたら、俺はお前のライバルになることができたのだろうか。
迫り来る隕石が影を濃くする中、俺はハルカを見つめ続けた。
俺たちの世界が終わるまで、ライバルとして認めて欲しかったやつの背中を眺め続けていた。