希望は叶うためにあるなら

「…よし、リライ。滝登り!」

声に反応したリライが勢いよく流れ落ちる水をかき分ける。べとつく海水を一心に浴びつつ、引き剥がされないように全力で捕まる俺は、周りから見ると少し不格好だろうなと思う。
あっという間に登りきってしまった場所で一息つくと、腰につけていたモンスターボールが僅かに揺れた。エポナだ。

どうやら不服に思うところがあるらしい。陸に降り立つとほぼ同時にボールから飛び出し、ぐるぐると喉を鳴らしてこちらを威嚇してくる。
困った。原因が分かっているからこそ、ますます困ったとしか言えない状況になっている。

「リオルはもう俺たちの仲間じゃない」

俺が念を押すように言うも、やはりエポナは喉を鳴らす。理解していないのではなく、納得していないのだ。
リオルがコトアのところに戻って数日、俺の手持ちたちはどうにもいい表情をしない。特に同じオス同士で仲が良かったらしいエポナの態度はわかりやすく変わったと思う。

水に浸かっているリライも少し複雑そうな顔をしていた。腰のボールはそれぞれが物言いたげに揺れている。

「チャンピオンロードを抜ければ、リーグはもう目の前だ。早く行こう」

俺だって、そう言いかけた口を無理やり塞いで先を急いだ。


―――
――――
リオルはいなくなったが、俺たちは新しい仲間を迎え入れていた。目覚めの祠で戦ったカイオーガである。
ガオクと名付けたそいつは俺預かりになった。というか、俺が預かると言って引かなかったため、ダイゴさんが渋々許可してくれたのであった。もちろん他の人たちの反発もなかったわけじゃない。無理やり捻じ曲げてもらったのだ。

ハルカはかつてのガオクをいつも連れ歩いていた。他のポケモンと同じように扱い、友情を築いてきたのだ。ハルカのやり方だからじゃないが、俺もガオクと仲良くなるためにはそれがいいと思った。
ガオクは元来穏やかな性格のようで、何もないときは随分と大人しくしている。こちらと戦おうという意思も見えない。
そもそも目覚めの祠で俺のことを迎え撃ったのも、ハルカが来ると思っていたらしいということで、つまりは世界を滅ぼすつもりなどなかったんだとか。俺の苦労って何だったんだろうか。

そういうわけで、ガオクに交戦意思がないことをとくとくと伝えた挙句、ハルカに会わせてしまえばもう結果は決まった。すぐにハルカと仲良くなってしまえばダイゴさんも何も言えなかったようだ。
不都合な点は、ガオクの意思によって天気が変わってしまうことがあるくらいだ。盗賊の類はガオクに敵うはずもないので気にしないことにする。

「…――」

ぴちゃん、大災害を引き起こしたあの日を思い起こすような音がする。
半眼で水辺に目をやると、静かにこちらを見ているガオクがいた。特に怪我をした様子もなければ、誰かを襲っていた形跡もない。やはり俺の見立てに間違いはなかったようだ。

チャンピオンロードは一日で駆け抜けられるような場所ではない。八つのバッジが揃って初めてこの場所に来られるのだから、当然トレーナーの技量も高いものになっている。
当然抜けられるまでは野宿という手段を取ることになる。そしてトレーナーが近づいてくれば事前に知らせてくれるよう頼み、見張りとしておいていたのがガオクというわけだ。ガオクはこれから仮眠に入る。

「おはよう」

ひらひらと手を振ってやれば、そいつはゆっくり目を閉じて体を水に沈ませる。頭を撫でてからモンスターボールの光を当てても抵抗する様子はない。
ガオクのボールをリュックに入れたとき、突如として鞄から光が溢れ出した。ボールからポケモンが出てくるときのものだった。

「しゃも」
「…フレア」

格好良く仁王立ちしたのは最初の相棒だった。なぜ出てきたんだろう。驚いて口を開けてしまった俺の肩を叩き、フレアは目指している方向へと足を踏み出した。

「ばしゃ、しゃ、しゃも」

行動に何か思うところがあったわけでもないのでフレアの後をついていく。すると彼女はゆっくりと歩く速度を遅くして言葉を口にした。
何でもない声で、おそらく俺以外にはほとんど通じてないだろうもの。どうしたのか、何か変なものでも食べたのか、そんな意味合いの言葉だった。どうにも、フレアには簡単にバレてしまうらしい。

「久しぶりに夢を見たんだよ」

昔、俺がユウキだったときの夢だった。
当然のことながら、俺たちの最期のときのものだ。死ぬ瞬間があまりにも衝撃的で、どうにも他の記憶が薄れがちにあるらしかった。

俺を縛り付けていた記憶は思い出になりつつある。ガオクとの戦い(とは言えないものだろうが名目上はそうなる)を乗り越えて、ほんの少しずつ。
だが、コトアが言っていたことが真実なら、リオルは。あいつは自分の最期を受け入れられるんだろうか。

リオルは俺と一緒に旅をしてきた。その中で俺は自分の手持ちポケモンのほとんどに記憶があることを話し、反対にリオルは誰にも何も喋らなかった。そんな状態で、果たして過去を過去と割り切ることができるんだろうか。
俺なら絶対にできないという自信がある。リオルならできそうな心地もするが、少なめに見積もって半々くらいの確率だろう。

前世は俺たちにとって鬼門だ。俺は、過去は過去と割り切ろうとして、それでも振り切ることができず縋ったままでいる。リオルはもう、自分のことをリオルだと認めることができたんだろうか。

正直に心情を吐露した俺に対して、フレアが長いため息をついた。

「しゃも。しゃもしゃも、ばしゃー」
「は?」
「しゃーも」
「…言われてみれば」

リオルがまだ吹っ切れていないというのなら、コトアの手を取るという行為すらしなかったに違いない。ある程度感情に整理は付いていて、この世界に馴染もうとしているようだ。
心配したのは要らないお世話だった。そう思わせるリオルの性格が少し羨ましいかもしれない。寝起きで完全には回りきっていない頭でぼんやりと思った。俺はまだ、

「変わるのは怖いなぁ…」

記憶が忘れられるくらいで、何にも変わっていないっていうのに。