流れた虚実が夢を見る
「うん、さすがは世界の危機を救っただけはある。完敗だよ」
…なんて、ルネシティのジムリーダーがいうものだから、思わず苦笑いをしてしまった。
世界を救っただとか大層なことをやった記憶はない。いや、確かにあれは世界をかけた出来事ではあったが、実力で止められたわけでもないのに手柄にするのは…あまり気が進まない、というか。
ジムを出ると小雨が降っていた。傘はコトアの病室に置いてきたので濡れるしかない。
ジム自体が海に囲まれているので濡れることは必須だ、特に気にすることもない。ポケセンに行ってコノハを回復する方を優先しよう。
『おい』
海を渡りきったところで、見知ったポケモンが傘をさして待っていた。
「リオル」
名前を呼んでやると、そいつは一瞬動きを止めて傘を上にあげた。受け取れってことか、おい、傘をささずとも既にびしょ濡れだっての。
気持ちを無下にするわけにもいかず、リオルが濡れないように傘を受け取った。
ようやく見えたリオルの表情に安堵を覚える。リオルは表情が変わりやすいので、感情の起伏が読み取りやすいのだ。反対に見えていないと落ち着かない心地になる。
さく、さく、雨露に濡れた草を踏みながらポケモンセンターへ向かう。
『コトアから話があるらしい』
雨が傘にぶつかって音を立てる。どうにも騒がしい、少し鬱屈な気分を味わっていると、雨の合間にリオルの声が聞こえた。
話、話とは?退院前に散々なことを言われた記憶しかないので行くことをためらう。俺も前は愚痴ばっかり聞かせたけど、コトアに対する不満なんて言った記憶はないぞ。
けれど拒否する理由も拒否する力もない。おとなしくドナドナされるしかなかった。
―――
――――
ドナドナされた先はコトアの病室だった。
コトアは俺の姿を認めると、無言で手招きをして椅子へ座るよう促してきた。リオルが自分用だろう椅子を取ってきて座る。
「シズクと、あとリオルに言っておくことがあるんだけど」
「はい」
「僕、リオルの言葉、理解してるから」
「はい…は?」
こいつ、今なんて言った?
ぽかんとリオルを見やると、リオルも理解できないといったように眉を顰めていた。リオルが理解できないなら俺も理解できないな、うん。それはそれでどうなのかとは思うが。
「それがリオルをキミにあずけた発端だ」
理解が及ばない俺のことなど知らぬ存ぜぬといった様子で話し始められる。あ、ちょっと待ってくれ、それは俺が聞いてもいい話なのか?
リオルだって渋い顔をしているし、これはもしかしなくとも、俺が聞くのはお門違いなのでは。その前に話を噛み砕いて飲み込むことができるのか。果たして。
「リオルに聞くよ。生まれたときのことは覚えてる?」
『タマゴから生まれたときか』
「そう。もう一年以上前の話になるけれど」
『覚えていない』
リオルの言葉にコトアが頷く。
「リオル、キミは"地球は滅びたんじゃなかったのか"って言ったんだ」
今度は俺が驚く番だった。息が詰まる。心臓が大きく跳ねて、俺に事態の深刻さを伝えてくる。
そんな、まさか。だってリオルは一言もそんなことを言わなかったじゃないか。
「僕は二重の意味で驚いた。ポケモンの言語なんてわからなかったし、そもそも地球の滅亡なんてあまりにも途方のない話題だった。
そしてお互い挨拶もない中、キミは混乱したみたいに視線を彷徨わせた。それで、"なんでセレナがいるんだ"とも口にした」
『!』
「まあ、驚いたには驚いたけど、僕だって歩み寄ろうと思ってたんだ。けど、リオルは僕をよく思ってないらしいことはすぐにわかったからやめた」
『…お前が、俺のトレーナーだったから』
「うん」
『お前が俺の居場所を奪ったから』
「…うん」
未だに言いたいことがわからない俺を置いて二人が話す。
「一方的に聞こえる言葉で、リオルが前世の記憶を持っていることがわかった。その前世でセレナに近い立場にいたことも、人間だったことも。知ってしまったからリオルに何も言えなくなった」
「…ま、待ってくれ。なんでそれで言えなくなったんだよ。知ってるなら気の利いた言葉とか、」
「シズクは自分の居場所が知らない人間に奪われて、それでそいつが「キミは悪くない」なんて言ったら仲良くなれる?」
「う、」
確かに仲良くなれそうにない。俺とハルカの立ち位置が変わっただけであれだけの騒ぎを起こしたんだ、他人にとって変わられるなんて、一生立ち直れなくなりそうなほど落ち込む。
リオルもそんな気持ちだったんだろうか。
しかもまだ人間だったらいいのに、こいつはポケモンだった。人間としての再スタートも切ることができず、ポケモンとして戦わねばならない…想像するだけでつらいところがある。
きっとポケモンからポケモンだったらば、まだ思考が似通う部分もあっただろうに。
「言葉がわかると知れたらリオルはますます引きこもると思った。だからわからないフリをして他と同じように扱ったんだけど、それでもどんどん喋らなくなっていったから」
「言葉がわからないのに喋る必要があるか、ってことか」
「リオルの気持ちはそこにいる本人に聞いてよ。僕は心理学者でもなければエスパーでもない」
とりあえず早急に言葉がなくなっていくことはダメだと思ったことだけはわかった。
「とにかく僕じゃなくてもいい、心を開けるような人間が必要だと思ったんだ。ちょうど調べてたものが確信に近づいたのもあって、カナズミでリオルを置いていった」
そしてリオルは俺と出会い、旅路を共にしたということか。
だが、なんでコトアはそんな判断を下したんだろうか。非情な話、言葉少なになったところでバトルには問題ないだろうし、リオルもそれはそれで受け入れるつもりだったろうに。
だってリオルは、理由を聞こうという名目を掲げさえしていても、本当にコトアを探していたのだ。コトアを傷つけることもしなかった。
そうする理性が備わっているからといえばそうなのだが、リオルはこいつの言うことをバカ正直に守っていたし、コトアの元に帰ろうとしていた。懐かなくともある種認めているも同義ではないんだろうか。
「僕はね、誰かを好きになってほしかったんだ。誰かを恨むなとも、憎むなとも言えないけど、せめて少しでも気が休まる場所を用意してあげたかった」
『…コトア』
「一人はさみしいし、誰かを憎むのは疲れる。僕の周りじゃ願いを叶えられなくて、どうしてもこうなって…そのことについては謝らなきゃいけないかな」
ごめんね。
「リオル、キミがシズクに付いていきたいなら僕は止めないよ」
『…』
「キミの聞きたいことはもう終わった。リオル自身、その体のことは受け止められたと思ってる。だからもう好きなところに行けばいい」
「コトア…」
何も言えなかった。コトアの行動にも理由があったのなら、部外者の俺が口を挟んではいけないことだと思った。
なぜ俺にリオルの話を聞かせたのかはわからない。だがもし、コトアが前世のことを感づいているのなら、きっと俺にも知らせたかったのかもしれない。そういう事例があるということを。
ほとんど黙って聞いていたリオルは俺とコトアを見比べた。その表情は晴れ晴れとは言い難いものだったが、それでも幾分かすっきりしたような顔立ちに見えて安心する。
リオルはコトアの手を取って、そしてそれが全ての答えだった。