そりゃ理解なんて出来ませんよ

ふと目を覚ますと、そこはどこかの駅みたいでもあった。

「●●●」
「●●●●●●」

周りを歩く人々が心なしか背が高い気がする。いや、気がするというどころではなく、異様なほどに高い。
自分だって平均はあったはずの身長なのに、いくら国際的に見ても日本人が低いとは言え、転げそうになるくらい見上げなければいけないほど世界中の人達が高いわけでもないだろうに。

まるで建物のように背の高い人たちをひっくり返らないように気をつけながらぼんやりと眺める。高い、な。少し見える顔立ちはなんとなく、日本人と離れてる、みたい。

「●●●?」
「――●…●●……」

ここ、どこなんだろう。
大都市の駅のホームみたいに忙しなく人が移動しているけれど、私は電車に乗った記憶も駅を訪れた記憶もない。それだけでも私を混乱させるのには十分だ。

「●●…●●●●…」

やがて私の行動が不審に思われたのか、ちらちらとこっちを見て何かを呟く建物人間たち。なんとなく知っていそうな言語なのに、うまく処理することもできず言葉がどんどん頭から滑り落ちていく。
上から降ってくる声や周りから聞こえるざわめきがうるさくて気持ち悪い。思わず耳を塞ぎたくなって横に手を当てて、でもざわめきは全然小さくならないし、よくわからないもふもふとした感触が頬の横にあたってしまっている。

なんでだろうと手を外すともふもふの感触もなくなって、あれ、と嫌な予感が頭をよぎる。手にカビでも生えていたらどうしよう。
よほど頭が正常に働いていない証拠だろう、間抜けにはじき出された不安は現実にはなっていなかったみたいで、けれど私は自分の両手を見て声にならない悲鳴をあげた。

『あおかび』

カビかもしれないと思っていたところで鮮やかな青色が目に飛び込んできたんだからそれはもう驚いた。実際の青カビなんてものは見たことないけど、そんなに青々しい青ではないだろうに。

自分の手が青カビに包まれている。混乱した頭はさらに意味のわからない答えを出して結局カビから離れてくれない。いや、カビじゃない、カビじゃない、はず。
残念ながら両手ともに同じ状態だったので、おそるおそる右手を左手に伸ばす。これがおぞましいうごっとしたものだったらカビだ。

触ってみた感触は、毛皮。犬の体をまさぐって遊んでやってるあれに似ていた。
意外に普通の触り心地だとあっちこっちに不安をつくる頭の隅で考えながら左手を揉み、それから私はあることについて気づいて自分の体を見回した。

当然のことのように、見知った自分の体ではなかった。

そんな、嘘でしょ。人やそこらへんの生き物にぶつかってしまうのも気にならず、そばのトイレに飛び込み、そこにあった大きな姿見に駆け寄る。建物人間たちも体全体を見ることができるほど大きな鏡だ。
そこにいたのは、一匹の獣。

『なに、これ』

姿見に映った私はいつもの人間の姿じゃなかった。
服というか、体全体を包んでいるのは、背伸びして買った大人びたワンピースでも、兄からもらったお下がりのTシャツでもなく、艶のある毛皮だった。青い犬のような生き物が私を信じられないというように見つめている。

子供のような小柄な体躯、ほどよい触り心地の肉球がありそうな両手足。私の動きに合わせて動く鏡の向こうの獣は、つり気味の大きく丸い目を瞬かせながらただ呆然とそこに突っ立っていた。