Engel
バーボンと綿密に作戦を練る。他に幹部の姿が見えないのは、俺が公安へ寝返ると悟らせないためだ。
電話をかけ、色良い返事をすると、バーボンは固くなっていた声色を少し和らげた。俺ほどにはないにしろ、今回のことは色々心配だったに違いない。
メールで送られた日付に作戦は決行される。
俺とバーボン、そしてジンのスリーマンセルの任務を入れ、偽の情報が踊る倉庫へ向かう。そこを囲まれて逮捕される(バーボンはされるフリだが)というわけだ。
偽の情報に関しては、ジンからの信用度の高さということで俺が持ちかけることに決定した。
バーボンが持ち掛ければ、罠が失敗したとき、かなりの確率でバーボンが消される。ジンはバーボンと"友人"としての関係を築いているわけではない。信頼も当然薄く、仲も良くない。
対し、今でこそ管轄の関係でバーボンの部下になっているとはいえ、バーボンよりも付き合いが長くそれなりに良好にやってきた俺であれば、まだ警戒心は薄れる。
失敗してしまっても俺は公安に捕まり裁かれるか、それとも組織が始末するために動くかのどちらかしかない。潜入捜査をしていたわけでもないので、お互いの組織にとって命はさほど重要でない。
ある程度のパターンを想定して、とうとう俺はジンに偽の情報を掴ませた。
ウォッカにはその日他の仕事を任せてしまっていたため必然的に俺と、そして念のためバーボンを組ませることにした、と、ジンに告げた。ジンは嫌そうな顔はすれどあまり疑ってはいないらしかった。
作戦決行の前夜、俺は暗い中で光を発する画面を見つめつつ、イヤホンを耳に当てて音声を再生する。
画面には警察学校の門の前で撮られただろう集合写真が映っていて、耳に当てたイヤホンからはもう二度と聞けないと思っていた人間の声が流れていた。
「俺も覚悟を決めたよ、…――スコッチ」
―――
――――
作戦は上手くいった。バーボンの震えた声が部屋中に響き、周りにも動揺が電波していく。
「随分と上手くいったな」
なんで、と、くすんだ青の目が雄弁に語る。その目には拙いながらもファイティングポーズをとる俺が映し出されていた。
ジンは部屋にいない。俺が先に逃がし、こちらを取り囲んだ奴らのほとんどを足止めしているからだ。数人は取り逃してしまったが、ジンなら簡単に撒いてしまうだろうことを見越している。
本当に、随分上手くいってしまった。ジンに嘘をつくことも、バーボンを騙すことも。
そばにいた男ががむしゃらな格好で殴りかかってくる。できるだけ最小限の動きで避けてからアッパーを繰り出し、一瞬で意識を刈り取った。男は硬い地面に倒れる。
バーボンは俺に殴りかかろうとはしなかった。ただ困惑が頭を占めているようで、ずっと瞳が揺れている。
「言っただろ、俺には無理だって」
「、でも、アンタは俺の提案に乗った!」
「乗ったのは提案じゃない、お前の作戦だ、バーボン」
「っ…!」
言い淀んだバーボンに「最初からお前がNOCだって知ってりゃ、楽だったよなぁ」と告げる。
知っていれば信頼なんてものを培う前に始末できたってのに。
過去に組んだフォーマンセルもどきのうち三人がNOCだとか、どんな偶然だよ。俺だけが組織に命を預けていた事実が今更浮き彫りになってしまって、場違いに肩を竦めたことは一度や二度ではない。
一瞬の隙をついて持ってきていたペットボトルから少量の水を口に含む。嚥下したところで意図を読み取ったらしい、バーボンが悲鳴のような声で俺の名を呼んだ。
遅かった。俺はもう既にそれを…毒薬を、腹の中に収めている。
「証拠の出ない薬ってのがどんなのか、お手並み拝見といこうじゃねえか…ぐっ!」
「なんで…っ旭!!」
じわり、早速カプセルが溶けだしたのか、身体に熱が回って動けなくなる。しゅわしゅわと炭酸が抜けるような音が鼓膜を揺らしているのは自分だけの錯覚か。
胸が痛む。心臓がこれまでにないほど強く鼓動を打って、緊張状態を察してか冷や汗が身体の至るところから溢れ出た。
ふらついた俺に近づこうとするところを強く睨みつける。
「俺ぁな、バーボン」
カミサマってやつを心底恨んでるよ。
「スコッチを売ったんだ」
「…は、?」
「…もし言わなけりゃ、お前らとずっとバカやれたかね」
何かが溶けていくような感覚がする。神経という神経が鋭敏になり、痛みも苦しみも悲しみも、何もかもがごちゃ混ぜになっていく。これが毒薬を飲んだ感想か。溶けているのは骨かもしれない。
意識が霞み、前のめりに倒れる。もう息すらまともにできなかった。頬にすりつく地面でさえまともに見えないことがやけに笑いを誘った。
もう何かを伝える気力はなかった。言いたいことは山ほどあって、その中には今後バーボンを手助けしてくれるようなこともあるはずだっていうのに、まともに口は動いてくれなかった。
スコッチの携帯データをやっと修復した、盗聴と録音していたスコッチの遺言がわかった。お前を一人にするけどヘマするなよ。ちゃんと幸せになれよ。
それと、それと。
予想以上に言葉が多く出てきて、俺はやはりバーボンを好いていたことを思い知らされる。超えることの出来ない壁を感じていても、やはりバーボンは俺の"友人"だったのだろう。
「し、に……たく……ぇ…な…」
ジン、俺の友人。これまでの大切な神様。
親友のため、俺のため、最後に裏切る俺を許してくれ。
最期の力を振り絞って僅かに上げた腕は宙を掻き、誰に取られることもなく地に落ちた。
fin.