ひねくれてる素直
宅配便です。
ノックと共に告げた軽い言葉を発してしばらく、随分古びたドアが軋んだ音を立てて開かれる。ゆっくり広げられた隙間に勢いよく飛び込み、手にしていた荷物を落とすように床へ放り出した。
色濃くできたクマが目を引くその人は驚いたように俺を抱きとめ、素早く扉を閉めた。
「…なんでいる」
いつもより低い声が唸るように鼓膜を叩く。締切間近で気が立っているらしいことをまざまざと見せつけられながら、それに気づかないふりをして緊張感のない笑みを向ける。
空いた両手で腰周りを軽く絞めると、相手は呻いて一瞬言葉に詰まった。
「愚痴聞いてもらおうと思って」
隙をついて口早に用件を告げればこちらの勝ちだ。
案の定、予想通り。相手、カルミアさんは、何かを言おうと口をぱくぱくと動かしていたが、やがて諦めたように深い溜息をついた。
―――
――――
愚痴を聞いてもらうお詫びと言ってはなんだが、大抵の場合は俺が飲み物を淹れる。カルミアさんはコーヒー派でも自分はお茶派なため、カルミアさんのところに行くときには麦茶を持参している。
水筒の中で冷えている麦茶を透明なコップに、まだ湯気が立っているコーヒーを湯呑に淹れてカルミアさんの元に持っていけば、彼は微妙な顔つきで湯呑を受け取った。
「よくもまあこの寒い時期に飲めるな」
既に定位置とも呼べるようになった場所に座り込んでグラスを傾ける。
コーヒーに湯呑もどうかと思うし、と、もはや定番になったといってもいい難癖をつけられて笑った。定型句を言ってくれるあたり、自分に悪い感情を抱いているわけでもないらしい。
前回来たのは夏だっけな、そんなことを考えながら水筒を差し出せば、カルミアさんはさらに険しい顔つきをしてコーヒーを机に置いた。
「ココアとかコンポタでもいいんですけど、猫舌なんですよね」
「初耳だ」
「初めて言いましたもん」
基本的に訪れるのは夏場で、冬場にはあまり来ないようにしていたから、カルミアさんに伝わるのが遅くなっただけの話だ。
外で冷えていた体が暖房で温まる。だというのに、自分が持つ透明な液体のせいで指先はどんどん熱を奪われていく。なんだか変な気分だった。
ココアやコンポタも我慢をすれば飲めるし、なんなら保温の効く水筒に入れたっていいのだが、何分冷めたときの味が好きじゃない。温め直すと水筒が焦げる。
どうせ配達の終わりだからと無理矢理押し入っただけで、持ち合わせもそれくらいしかない、というのもある。
「実は寒い」
「…」
「ものっすごく、寒いです」
普段なら冬場だからと比較的暖かい地方を後回しにしているが、今回はカルミアさんが配達先に指定されていたので最後に回してしまったのだ。
風を切って飛ぶのはいつものことだが、あまり重装備になるとポケモンが飛べなくなるからと上着はそれなりに軽いものを使用している。当然、その分防寒としては心もとない。
カルミアさんに告げると、今まで収まっていた震えが戻ってきた。暖房もついているのにこの有様だ、笑うしかない。
歯がかち合うのを根性で押さえつけていると、頭の上から何か重いものが降ってくる。前のめりになって硬い体が悲鳴をあげ、喉からカエルが引き潰れたような声が飛び出した。
なんとか重い何かを上から引きずり下ろす。
「わあ、」
「ボロニアからだ」
手触りのいいカビゴンドールだった。両手で抱え込めるほどの大きさのそれは、抱きついていれば暖を取るのにも使える。後ろに大きめのチャックが付いているが、それはまたあとで調べることにする。
カルミアさんは俺が遠慮なしに抱きついたのを見届け、また座っていた椅子に戻った。いそいそと膝掛けを直している様は40を過ぎたおじさんと分かっていても微笑ましい。
「聞いてくださいよ。リブレのやつがさ」
気を取り直し、今後の展開でも悩んでいるんだろう男に向けて言葉を投げる。半年蓄積されてきた文句が際限なく口をついて出てくるが、彼がそれに返答することはない。いつものことだった。
近況やネタになりそうなことまで一通り話して、空に近いグラスを傾けた。カルミアさんのコーヒーからは湯気が見えなくなっていた。
「よく回る口だな、お前さんのは」
ようやく呆れたような口ぶりでそんなことを言われて、俺は思わず吹き出した。
「カルミアさんは文字で語るでしょう」
実は愛読してます、そんなことを言えば、カルミアさんは「嘘つきは泥棒の始まり」とだけ言って視線を机に戻す。嘘をついているという認識らしい。
確かに評論や小難しいものは頭を素通りするので未だ読みきった試しがない。が、絵本や小説はそれなりに読み進めているのだ。この人の書くものならば、きっとどれほどの時間をかけても読み切る自信がある。
「官能小説なら喜んで読みますかね」
「馬鹿をいうな、ウブな子供のくせに」
「ひでぇ」
からからと笑ってやれば、カルミアさんはもう一度疲れたようにため息をついた。そろそろ潮時らしい。
カビゴンドールを抱き抱えたまま立ち上がると、カルミアさんは机に向けていた顔を上げる。
「今日の宅配、ヒジキさんと俺から」
俺が帰ってから開けてもらうことを祈りつつ、礼を言って荷物を仕舞う。唐突に訪れて唐突に帰るのは俺にとっていつものことだった。
カルミアさんは玄関先までついてくる素振りすら見せず、部屋に案内されたときに床に放置していた荷物を渋い面持ちで眺めている。見送りがないのもいつものことだった。
ぎぃ、また軋んだ音を立ててドアが開いて、音もなく閉まった。
外は雪が降っていて、カビゴンドールを抱えて佇む俺はまさに変な人間だった。
「クリスマスプレゼントありがとう、カルミアさん」
それが共通の知人からじゃないことくらい、もらった時から気づいていた。