彼のロジックは闇に沈んだ

あーあ、最悪。
風に乗って聞こえてきた言葉に後ろを振り返れば、そこには不機嫌なことを隠しもしない顔の男がいた。その視線は細められて見えにくいとは言え、確実にこちらを向いている。

体を思い切り反転させて向かい合えば、男はあどけなさの残る可愛らしい顔つきをこれでもかというほどの凶悪な顔に変形させた。
任務が言い渡される前と今の変貌ぶりについ笑い声をこぼしてしまう。

「何がおかしいわけ?」
「いや?久しぶりだってのに、お前は変わらねぇと思ってな。一ヶ月くらい会ってなかったろ」

返答に不満があるのか、ケッと吐き捨てられたそれが部屋の空気を揺らす。相変わらず必要のないときは愛想も何もない態度らしい。
初対面からこの扱いだったので特に気にすることもない。男、ピムスはそういう人間なのだ。

ぺらり、焼き増しされた資料の確認をしつつ、ピムスの機嫌をこれ以上損ねないように気をつけて言葉を転がす。「どうせすぐ終わる」

「俺も標的のそばに待機するだけだ、実質お前とカンパリのツーマンセルだろ」
「ビフィがいない」
「今日は休暇だったからな」
「なにそれ、僕たちは呼び出されたのに」

男女で差別するつもりはないが、ビフィ…もとい、ビーフィーターは見紛うことなく女である。能力の高さも相まって、最近では呼び出された二人よりもこなす任務は多かった。休ませたいと考えるのは道理だろう。
しかしピムスは三人揃っての休暇がいいらしく、今回も俺を除けたスリーマンセルですべてをこなすものだと認識していたようだ。休暇はまた振替で取ればいいだろう、とでも考えていたに違いない。

しかし俺も俺で貧乏くじを引いた気分だということをピムスは知らないだろう。組んでいたフォーマンセルで唯一休日出勤をさせられた人間である。
死んでも差し障りがなく、ある程度は円滑にコミュニケーションを図れるからこそだろうが、俺には振替休日なんて言葉すら存在しないのだから、多少は我慢してほしいものだ。

普段組んでいる残り三人を思い返す。
…スコッチはピムスに嫌われていそうだし、後の二人は言い方や性格から折り合いが悪そうだ。よくも悪くもあの三人は周りに染まりにくい人種、俺にお鉢が回ってくるのも仕方がないかも知れない。

「昼には終わらせるか」
「当たり前じゃん。一緒にお昼食べる約束してるんだから」

今から人を殺めるっていうのに昼飯の話か。
呆れつつも、手にしていた資料をぐしゃぐしゃに丸めて火をつける。それを滅多に使われない灰皿に放置してドアノブに手をかければ「部屋、燃えるよ」とありがたい忠告を受けた。下に濡れた布巾でも置いておけばなんとかなる。多分。

「ねえ、」

お互い、過度に馴れ合うつもりはない。普段組んでいるチームが違うのだ、相手は仲間意識なんてものを持つことさえ吐き気を覚えていることを知っている。
それでも時折、男は俺に聞いてくる。

「幸せだったことある?」

ひねられたドアノブを押して外へ踏み出す。

「幸せじゃなくても人間が嫌いだろ、お前」

いつもどおりの返答をすれば、後ろでそいつが笑った声が聞こえた。
「そういうところは嫌いじゃないよ」と、少し弾んだ声色の言葉が耳に届いて、俺も口元に笑みを浮かべながら「嘘つきめ」と心の中だけで呟いた。