暇も好奇心も猫を殺す
「ナマエさん、次はこれに行ってもらえますか?」
そう言って差し出された資料に頬を引きつらせる。
「…非番のはずだが」
「はあ、私の管轄ではないのでなんとも」
そうだった。
早急に反論を諦めて資料を受け取る。
女…もとい、柳木春子と名乗る女性はただの事務職員で、D課や他の課をサポートする立場に居る人間である。少しばかり好奇心や行動力がありすぎるきらいがあるが。
D課の面々からもそれなりの信頼を寄せられているらしい、柳木は相当の傑物だ。確かに、あのイケメン集団に物怖じする様子も見せないのは確かにかなりの人材なのかもしれない。
資料をめくり、簡単に目を通してシュレッダーにかける。他課ではわからないが、既に癖として染み付いてしまった行動だ。中々直すことはできない。柳木も咎める素振りは見せなかった。
「ペアなら三好を勧める」
俺の腕をとろうとした柳木がきょとんとした顔で動きを止めた。日本人特有の幼い顔立ちがあどけなさを助長させる。
「何を考えてるかわからないじゃないですか」
本人にとっては何の感慨もない言葉だろうそれが心に刺さる。いや、確かに、三好の行動原理は少しわかりにくいところもあるので、一笑に付すわけにもいかないのだが。
遠まわしに「俺の表情は読みやすい」と言われているようで苦い気持ちが拭えない。本人が自覚済みでも少し心にクるので、どうか加減をしてほしい。
とはいえ、三好には頼めないのが現状だ。
今回柳木が持ってきた資料には三好が既に関わっている。対象に接触した場合、男の所業が明るみに出てしまう危険性は多いにあるだろう。D課としてそれは大変よろしくない。
そもそも資料をシュレッダーにかけてしまった時点で断れないことはわかっている。インターネットが普及しているこの時代に手書きの資料だ、かなりの時間が掛かるに違いない。二度目の資料を作る暇も見当たらなかった。
どうやら柳木は三好たちより先に犯人に行き着いてしまったらしい。対象が好むのは人妻…怪しい臭いがする。やはり三好に任せて裏方に回してもらえないだろうか。
「ダメです、仕事はちゃんとしてもらわないと」
「…そうか」
よほど嫌そうな顔を作っていたようだ。
それにしても、柳木がこの資料を持ってきたということは、無断での調査になる可能性も低くない。まともな連携が取れれば滞りなく終わるが…三好に知らせていないということは、もう連携も期待できないという証だろう。
前回は小田切を盾にして逃げたから罰が当たったのかもしれない。事後に佐久間さんと共に始末書に追われているのを見て以来罪悪感が拭えなかった。今後は手伝うことにする。
後ほど結城さんから小言を貰う覚悟だけしておこう、と、俺はタバコを弄びながら柳木の手をとることに成功したのだった。
おまけとするのであれば。
ペアで行った擬似カップルの件は、当然ながら三好に伝わることになる。
佐久間さんと同じほど柳木のことを気に入っているそいつは、俺の言い訳などに耳も貸さず、綺麗な笑顔を浮かべて告げてきた。
「奈落の底とhell、どっちがいいですか?」
どっちも地獄じゃないかとは言えなかった。