違いお互いお疲れ様

「名前さん」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには真っ青な顔をした畦花の姿があった。
畦花蓮、公安警察の一人。確か降谷にいつもこき使われている人間…といえば聞こえが悪いのでやめておく。こき使うというより、なんとなくそばにいるから巻き込まれやすい人間、のほうが適切かもしれない。

いつも降谷の無茶ぶりに応えて大変そうだ。お疲れ様、そんな意味を込めた目を向けると、畦花は青い顔の中の一部を動かして不機嫌そうな顔をした。

「なんでここにいるんですか。アンタ、確か警視庁の人間でしょう」
「…D課に用があるから、だが」
「は!?D課!?」

そんなに驚くことか?いや、そういえば驚くことか…D課の人間を知ってるとしても佐久間さんか結城さんくらいだろうし。
一応佐久間さんはD課の係長を勤めているため、知る人ぞ知るといった程度に顔を知られている。他部署と連携をとる役目はもっぱらその人だ。…たまに個々で勝手に依頼しているが。

「とは言っても、企画課を通しての伝達だ。佐久間さん以外の名前は知らん」
「え、俺もそうなんですけど…っていうか佐久間さん以外にもいたんだ」
「まあ、扱ってる事件もかなり特殊らしいから、知らなくても支障はないんだろうさ。俺も降谷に聞くまで知らなかった」

降谷に聞いたということは嘘だ。
俺が公安に配属されたときはまだ杜撰な管理体制だったので、初期の人員は知っているやつが多い。今はもっと増えているので、その情報はほぼ意味をなしていないが。
それと、特殊性が高いものは確かにD課に回されるが、普段取り扱うものは公安と同じだ。書類の量が少ないだけで。
畦花は、と問うと、そいつは気まずそうに頬を掻く。

「降谷さんが溺愛してる子の迎えというか、様子見というか」
「…奇遇だな。俺もこのあと似たような日程で」
「へ?名前さん、親戚とか家族とかいましたっけ?」
「知り合いの代役だよ。一緒に行くか?」
「あ、やった。ひとりで行くの気まずいんだよな」

その気持ち、痛いほどわかる。
畦花と似たようなというか、ほぼ同じだ。甘利の親戚を迎えにいく手筈になっている。

俺の仕事はこれで終わりだが、甘利は手が離せない用事が入っているらしい、とは佐久間さんから聞いた話だ。最近また誘拐騒ぎが起きたから心配なんだと。
小6に対して過保護すぎじゃないか?俺もそう思う。
まあ、甘利が溺愛するくらいなのだから、何かしらの事件に巻き込まれる確率も高いんだろう。心配するのも仕方がないのかもしれない。

そういうわけで、俺と畦花の二人して小学校に向かうことになってしまった。

「顔見せていいのか」という疑問をぶつけたら「ダメですね」という回答をもらった。ダメなのかよ。
どうやら降谷は彼に「様子だけ見てこい」とか、そんな命令を出したらしい。顔を見せるのはご法度、気づかれないよう家まで送り届けること、が、今回の仕事だとか。ただのストーカーじゃ…こほん。

かくいう俺は名目上捜査二課に所属している身なので、公安の方法に倣う必要もなく、堂々と声をかけることになる。
あれ、これ、結局俺が一人で行くときとさして変わりないのでは。そう気づいても後の祭りである。


―――
――――
「エマ」

今日は短縮授業だとかで、高学年でも昼から帰ることになるらしい。
肩にかからない程度の長さで切りそろえられた髪。亜麻色というんだったか、周りからほんの少し浮いているそれを見つけて声をかけた。

「ナマエ!」

こちらに気づいた少女…エマは、笑顔でこちらに手を振ってくる。

「今日はどうしたの?オサムは?ナマエは先生に用事?」
「オサムの代わりにお姫様の迎えを頼まれてね。エマ、もう帰る時間?」
「うん!あ、でも」

ただのおじさんだっていうのによく懐いてくれたな。感慨深いというか、なんというか…
そんなことを考えながらもエマと話していると、エマは顔に不安の色を宿らせて後ろを振り向く。友人と用事だとか、そんなところだろうか。

「一年生が家に帰るまでついていってあげなきゃ…」
「なんだ、それじゃあその子たちも一緒に。今日はゆっくり帰ろうと思ってたし」
「ほんと?」
「オサムには俺から説明するよ」
「うん!ありがとう、ナマエ!」
「どういたしまして」

どうやら今日はエマの当番らしい。そういう役目を任されるなんて、随分としっかりしている。甘利なんて職場で食べた菓子類のゴミを捨ててない時があるのに…反面教師なのかもしれない。
送る子供は誰だ、と、エマの向いた方向を見やる。…見覚えのある顔がちらほらいた。

「あっ!この前のお兄さん!」
「今度は誘拐ですか!」
「いわれのない罪を着せないでくれ」

殺人の次は誘拐と来たか。
メガネの子は呆れて半眼になっている。隣の、既に近寄りがたいオーラを醸し出している子がやいのやいのと騒ぐ三人をたしなめているのが目に入った。お世話になります。

エマに視線を戻すと、どうにも期待されている顔。どうやら俺のことを知っている五人を送り届けるらしかった。勘弁してくれ、俺は帰る、そんなことを言ってトンズラしたかったが、エマの手前その気持ちをぐっとこらえた。
聞くと、通学路の順路としては、メガネの子→カチューシャの子→大柄な子→そばかすの子→リボンの子と静かな女の子といったようである。最後のあたりは確実に幼女誘拐に間違われるじゃないか…

さっさと送迎を済ませてしまおう。俺の社会的立場を守るために。
エマが先頭に立ち、歩美と呼ばれている女の子の手をとる。その後ろには大柄な元太とそばかすの光彦、そのまた後ろにメガネのコナンと静かな哀が並んだ。二人一組ということか。
必然と一人になってしまったリボンの子を見る。

「俺が隣でもいい?」
「え、っと」
「ああ、嫌なら後ろを歩くよ。俺は名前、エマお姉ちゃんの友達だ」

なるべく怖がらせないようにとしゃがんで笑いかけてやる。対エマ用スキル、裏表のない笑顔だ。無愛想な人間は時折嫌われるということで死に物狂いで身につけた。
元より表情筋は生きているはずだが、作り笑いは苦手なのである。

リボンの子は俺に害がないと思ったのか、おずおずと手を差し出してくる。

「その、…沖矢鈴、です」
「沖矢ちゃんか」
「あ、兄がいるので、鈴、って呼んでください」

鈴ちゃん、なるほどいい名前だ。名付け親も相当頑張ってつけたものだろう、将来もきっと美人な子に育つに違いない。手を出すつもりは毛頭ないが。
控えめな鈴ちゃんの手を取り後ろに並ぶと、エマが元気よく「出発」と号令をかける。使い古されたランドセルが鈍く光を反射していて、隣にいた鈴ちゃんは精一杯の声量でエマの号令に応えていた。


おまけとして。
エマを含めた全員を送り届けたあとに畦花と再遭遇したら、汚物を見るような目で「ロリコンですか?(意訳)」と聞かれた。顔がますます青くなっているのが心配になった。
ちなみに、畦花の評価はD課まで届いていたので俺は泣いた。