The beginning

コクーンのお披露目と詳しい説明がとりなされた後、とうとうコクーンのデモプレイが行われることになった。
会場に移動すると、大人が見守るための大量の座席、広く取られたステージに大量に並ぶコクーン。上にはプレイ中の様子を映すためだろう、三つほどの大きなスクリーンが飾られていた。

コクーンの台数は確か50機だったか。自分が貰ったものの、使わないまま役目を終えそうな参加証を弄り周りを見渡す。
おそらく金持ち階級の子供が前へ走っていく。順番に並んでゲートをくぐり、思いおもいの場所に散らばって席を陣取っているようだ。

幼い知り合いがいないこちらから見れば興味の湧くような人間が登場するとは考えられず、またプライベートで政界とのコネを作ろうとも思えないので、なるべく人が寄ってこない場所に席をとった。
コクーンに乗り込んだのは計49名。もちろん残り1つは俺が持った参加証の分である。

全員準備が完了したところで、卵が開いたような形をしたゲーム機は蓋が閉じられ、斜め上に視線を固定される。本当は卵でなく繭の形なのだが…身近なもので例えるとするなら卵だろうな、と、緊張感もなく考えた。
会場が暗くなってステージが照らし出される。いよいよお出ましかと目を細めた。

「…?」

何も起こらない。画面は暗いまま、何も映す素振りを見せない。
故障にしては音沙汰がなく、ローディングにしては長い。初めてで子供たちの思考パターンを読み取ることに時間がかかっているんだろうか。なんにしても、真っ暗で何もできることがないと退屈だ。この時間の暇つぶしを考慮すべきかもしれない。

あと一分音沙汰がなければ席を立とう。
異変が起きたのは、その一分の間だった。

「我が名は、ノアズ・アーク」
「…あ?」
「ゲームはもう止められない。体感シュミレーションゲーム・コクーンは、僕が占拠した」

眠気に揺れていた頭が一気に覚醒する。ノアズ・アークなんて言葉は久方ぶりに聞いた。
ノアズ・アークとは、情報機器に詳しい人間でなくても耳にしたことがある有名な名前だ。元来の意味は旧約聖書に出てくる「ノアの方舟」だが、ここでいうノアズ・アークは人工頭脳のことである。

天才少年、ヒロキ・サワダが作っていた人工頭脳。一年で人間の五年に相当する成長を遂げるとされていたが、その完成が発表される前に製作者本人が身投げしたという。ゆえに当時大騒ぎになり、完成も見送られたはずだった。
そのノアズ・アークがなぜここに?

いてもたってもいられず、席を立って管制室に向かう。警備の人間が鬱陶しそうに顔を歪めていても気にしている余裕はない。
安っぽい音が鳴ったドアを乱暴に閉め、椅子に座ることもせずモニターを覗き込んでいる数人に話しかけた。「ちょっといいですか」

「ん…? キミは? どうもここの職員ではなさそうだが…」
「ああ、失礼。コクーン開発にほんの少し携わった一般の人間です。この状況がいったいどういうことか、説明していただきたく」
「なるほど」

訝しげな表情ばかりが立ち並ぶもので、渋々偽名が記された名刺を差し出せば、それを受け取り眺めた目の前の人物は納得したように一つ頷いた。
歩いている最中に聞こえた説明はどうでもいい。問題は、ノアズ・アークが完成していることだ。なぜ日本の世襲制に異論を唱えているかも既に疑問ではあるが、喋る口調や少しばかり垣間見える性格のようなものからすると十歳前後だということは簡単にわかる。

つまりノアズ・アークの開発は二年ほど前、製作者が自殺する前後に終わっていたということだ。
なぜ発表しなかったのか、発表しないにしてもなぜ破棄されていないのか。こんな起こさなくてもいいような事件になにかしら意味はあるのか。疑問は尽きないままである。

この場の責任者でもあるシンドラー氏を見ても、その口から回答が出ることはない。

ノアズ・アークはいった。「日本のリセットをかけたゲームをしよう」。
日本の世襲制が気に入らず、将来を担うことになるだろう政治家の子供たちを抹殺する。いくら一人生き残ればよくて、年齢制限もそれなりと言えど、高校生、中学生の参加率は低く、主な年齢層は小学生そこらだ。勝率が低すぎる。

誰かが「人の命を弄ぶものじゃない」と異論を唱えたが、実際弄ばれた人間からすればそんなのは綺麗事でしかない。カミサマとやらは人の命を弄ぶことが大好きだ。

ステージの説明が続く中、せめてもの打開策を考える。
日本の将来がどうなろうと、結局自分は長生きするつもりもないのだから興味もない。仮に生きながらえても、母国は日本ではないのだから、そちらで余生を過ごすつもりだ。

ただ、このノアズ・アークにはいくつか引っ掛かりを覚えた。それを紐解くまでは、人殺しを認めるわけにはいかない。

「おい、ノアズ・アーク」

だから声をかけた。

「取り引きをしよう。…俺とお前で」