怖いのはどっちなんだか

※「こわ、近寄らんとこ(近寄る)」の続き。単品でも読めます

 急にイザナくんとカクチョーに明日のご飯のリクエストを聞きたくなって、いつも二人と一緒にいる人に聞いた。横浜の第七埠頭にいるって。いつもは二十時には帰ってきているのに、今は二十一時。帰りが遅い。

 聞いた人がもう一通、「お前は来るなよ」と送ってきていた。何が行われてるのか、想像しただけで背筋が凍る。怖いことは苦手なのだ。

 けれど明日のご飯は重要だ。自分を奮い立たせ、護身用に、と部屋にある武器になりそうなものを鞄に詰め込んで家を出た。ガスの元栓、鍵、オッケー。イザナくんのバイクがないので自転車を借りる。
 キコキコ、油が足りてないと悲鳴をあげる自転車に鞭打っていつもより強くペダルを回した。くるくる。ちょっと楽しくなってくる。

 第七埠頭はちょっと遠かったけれど、幸誰かに見つかることなく辿り着いた。いっぱい人がいる。お祭りでもしてる?
 バイクもたくさん停まっていたので、その少し離れたところに自転車を停めた。よし、これでバレにくい。

 イザナくんとカクチョーを探して人が集まっていく方に近寄っていくと、さすがに集まっていた人も気づいたらしい。私の方に手を伸ばしてくる。え、ボロボロだ。背丈も私より大きい人が多くて怖い。手は避けた。
 突然名前を呼ばれて、何で私の名前を知ってるんだろうと思った。著名人じゃないのに。誰? 知らない人に名前を呼ばれても無視しろってイザナくんに言われてたから、ちょっと悪いけど聞かないふりをした。中々二人は見つからない。

 ようやく見つけたと思ったら、顔がボロボロになったイザナくんと、結構ピンピンしてるカクチョーが見つかった。
 カクチョーのほうが元気なのは珍しい。天変地異の前触れ? 何にしてもイザナくんは機嫌が悪そう。怖いと怖いの掛け合わせでハイパー怖い……。

 ふと、初めてカクチョーに触れたときのことを思い出して、「救急箱要るかな」と思った。最近はイザナくんとカクチョーが怪我することも少なかったから、鞄に救急箱は入っていない。どうしよう。あっ、でも絆創膏はある。

 ハンカチと消毒液と絆創膏。とりあえず要るかな、と思って話をしてる二人の合間に飛び込んだ。

「カクチョー」
「は?」「あ?」
「絆創膏、へい」

 持っていた三種の神器を渡す。
 声を出したイザナくんがあと少しで怒りそうだった。今度のお土産なしが怖かったので、銃を構えてる人のところまで走って逃げた。といっても気休め、イザナくんなら拳銃でも勝つ。恐ろしい人だ。

「名前、なんで」
「テメェ……」

 何で、なんでとは? カクチョーの言葉に首を傾げる。イザナくんの怒りのボルテージは上がってるらしく、ぴきぴきと浮かんでいる血管が遠目でもわかるくらいだった。血が上りすぎて真っ赤っか、イザナくんが鬼みたいで怖かった。

「妖怪鬼ババア」
「絶対ぇ許さねぇ」
「わーっ」

 イザナくんがこっちに寄ってきた。つい口から出ただけなのに、理不尽だ。
 盾にした人の手をぶんぶん振り回していると、持っていた銃が手からポロリと落ちた。あっ、この場で唯一立ち向かえる武器が。なんてことだ。

「明日の夕飯は俺と鶴蝶抜きで食え」
「ひえぇ」

 盾にしていた人はどかされ、あえなく後ろから引きずり出されてゲンコツされた。痛い。メロスも激怒する痛さ。
 手を離された後にもう一度「鬼ババア」と言ったらもう一度叩かれた。りふじんなぼうりょくだ!



「いや、度胸ありすぎ」
「罰が優しい」
「つか俺らの喧嘩どーなったんだよ」
 周りがザワザワしていることにイザナと鶴蝶は気づいていたが、本人は喧嘩をしたことがないのでこれが異常とは気づいていなかった。