こわ、近寄らんとこ(近寄る)

 施設に新しく来た子がやばい。
 どれくらいやばいかというと、その顔である。めちゃくちゃでかい傷がある。しかも目が右と左で違う。怖い。
 前に来た年上の子も周りの人と全然違う色合いだったから怯えてたけど、この子とはまた違った怖さだった。

 大人の人に聞いたら事故でできた傷らしい。事故、こわ。外に出たらそんなことが起こるの? もう二度と外に出たくない……。

 明らかにでかい傷があるその子はカクチョーというらしい。カクチョー。カクカクした名前の彼は一人でいることが多かったけど、いつの間にか年上の子と一緒にいるようになった。前に来た別の意味で怖い子、イザナくんと。怖いと怖いの掛け合わせでスーパー怖い……。

 なるべく視界に入らないようにこそこそと行動する時間をずらした。ご飯とかお風呂とか。他の子も「実は…」と同じように避けてるらしい。私だけじゃなかった。ちょっと安心した。

 とはいえ時間通りにいかないことなんて多いもので、カクチョーくんとイザナくんは適当な時間にこっそり外に出てはボロボロになって帰ってくるようになった。何をしてるのか分からない、怖い。なんでそんなにボロボロなの。

 居合わせたのは偶然で、まさか茂みから出てくると思っておらず、庭をぼーっと見ていたときに目が合った。イザナくんと。
 ひええ、あわわと口をパクパクさせていたらイザナくんはこっちを睨んできた。怖い。今私の中のマンボウが死んだ。五百くらい。

「救急箱」
「へあ」
「救急箱持ってこい」
「へい」

 イザナくんの言葉に、弾かれたように足を動かした。とにかくその場から逃げたくて走った。でも救急箱を届けないと何されるかわからなかったのでそれは届けた。

 イザナくんは自分よりもボロボロなカクチョーくんの手当をして、それから自分の手当を始めた。手際が良かった。
 怖さが薄れていたわけではなかったものの、何となく興味が勝って近づいた。カクチョーくんが地面で仰向けに転がっていたので、しゃがみこんで手を伸ばす。

「む……」
「わ」

 今回の怪我ではない、施設に来たときに付いていた傷に触れたら身動ぎされた。起きる? びっくりして遠ざかる。
 少し様子を見て、起き上がってこないのでまた近づいてつついてみる。「む、」「わっ」離れる。

 何回か繰り返しているうちに、もしかしてカクチョーくん、しばらく目を覚めないのでは? と思った。全然起きない。
 つんつん、湿布が貼られた頬をつつく。起きない。うめき声は上がる。おおー……。
 ちょっと面白くなって手をぐにぐにと動かしていたら、ぐっと手に力が入った。おお……?

「おい」
「わ」

 触るのに夢中になっていたところで、隣から声がかかって飛び退いた。イザナくんだった。怖い。怒ってる?

「これ」
「へあ」
「返してこい」
「へい」

 投げられた救急箱を何とか抱きとめて、慌てて走った。怖い。この後帰ったら怒られそうだったので、そのままその場には帰らなかった。


「追い払ったぞ、起きろ」
「……ありがとう、イザナ……」

 そのときの鶴蝶の顔がほのかに赤かったことをイザナは知っているが、本人には告げなかったので本人は知らない。