御幸くんは日本の音大に進学して、途中でロシアのサンクトペテルブルクにも短期留学に行ったりしながら、在学中から指揮者コンクールに挑戦していたようだ。努力が実っていくつかのコンクールで受賞歴を残して、さらに研鑽を積むためにドイツのベルリンに単身留学してきたという。
苗字は高校卒業後どうしてたの、と聞かれてこれまでのことを思い返した。
高校卒業後は、誘ってくれていた先生がいたことからすぐにミュンヘンへ留学してきたこと。在学中に今のオーケストラのオーボエ奏者の席に空きがでて、オーディションを受けたら合格したので今もミュンヘンに残って音楽家として生活していること。
苗字、こっちでもコンクール結構成績出てたもんな。妥当だろ、と言われて瞠目した。私、ミュンヘンでコンクールに出てたなんて言ってないのに。なんで知ってるんだろう?
そんな私の様子を意に介さず、ビールを片手にした御幸くんが笑う。
「にしても、再会一発目の演奏会が『ドン・ファン』だなんて運命的だよな〜。懐かしくね?あのコンクール。」
「…そう、だね。私も今日、ちょっと感傷に浸っちゃったよ。」
「そういえば、あの時苗字だけは最後まで泣かなかったよな。ダメ金で当たり前です、みたいな顔してさ。なんか勘付いてたの?」
部で一番音程感覚良かったし、卒業後も音楽を仕事として選んだのは俺とお前だけだったし。
確信めいた表情で、御幸くんが尋ねた。
「意地悪なこと聞くなぁ…。今だから、言えることだけど。そりゃあ、あの演奏で全国には行けないでしょ。よく覚えてるね、もう何年も前のことなのに。」
「周りの落ち込みように反して、一人だけめちゃくちゃ冷静だったからな。印象に残ってたんだよ。」
それにしても、とジト目でこちらを睨む。
「今日の演奏何?お前高校生の時あんなベタ吹きしてなかっただろ。他の曲はよく吹けてたのになんであんな演奏になっちゃうわけ?」
的確な指摘を受けて、思わず苦笑いがこぼれた。
結構、誤魔化せたと思ったんだけどなぁ。"めちゃくちゃ冷静"に見えたわたしが、未だにあのコンクールのことを引きずっているだなんて、誰が思っただろうか?