欠
知りすぎてしまった。
幼いながらにそれを悟り、であれば口を閉ざし陰に身を潜めて生きていくべきだった。力も知識も求めず、ただ定められたその時まで、穏やかに過ごしていればよかったのだ。そうして迎える最期が穏やかなものになるのか、はたまた悪夢のような狂乱を経て滅ぶことになるのか、そればかりはわからなかったけれど。
ただ、私は何も手にするべきではなかったのだ。
愛する妹の…最も大切な存在になってしまった妹の、その瞳に浮かぶ怒りと絶望を見て、私はただ微笑むしかなかった。
◇
父はコーデリア伯に仕える騎士で、母はコーデリア家に仕える侍女だった。私は両親に愛され健やかに育ち、穏やかなコーデリア領で伸び伸びと成長する、普通の子供であったのだ、かつては。
四歳になった時、コーデリア家の一人娘の遊び相手として呼ばれ、ゆくゆくは行儀見習いとなる予定もあった。その予定が狂ったのは、幼いリシテアと出会ってすぐのことだった。
「ちょっと、あんたね!」
少し舌っ足らずだが攻撃的な声が背後から飛んでくる。隣にいたヒルダが驚いたように「え、あたし?」と可憐な指を自分の顎に添えた。ヒルダには苦笑して首を振り、舌っ足らずな可愛い声の主に微笑みかける。
「あらあらぁ、どうしたのリシテア」
「あらあらじゃない!あんた、また わたしの本に変な仕掛けをしたでしょうっ」
短い人差し指をぴっとこちらに向けてぷんぷん怒るリシテアは大層可愛らしい。にやにやしたいのを堪えて、まるで心当たりなどないという顔で首を傾げて見せる。
「変な仕掛け?」
「とぼけないで。あの、絵が…っち、珍妙なのが飛び出してくるなんて、あんた以外誰の仕業だっていうんですか!」
「何だかよくわからないけど、誰かがリシテアに才気溢れる素敵な絵画を見せて驚かせてしまったということ?」
「才気溢れる!?どこが!」
「さて私は知らないけれどね。きっとあまりの素晴らしさに驚いて勉強どころではなくなったリシテアが、大人しく眠りにつくくらいは素敵なものだったんじゃないかなあ」
「っう…!?」
「ところで、リシテア。いつも言ってるけど、姉をあんた呼ばわりするなんて…」
「こ、こっちこそいつも言ってますけどねっ、勉強の邪魔をするだけのあんたは、姉じゃない!!」
これである。
可愛い可愛いコーデリア家の一人娘の遊び相手、ゆくゆくは行儀見習いとして彼女に侍従する予定であったというのに。今や私の名はリルメ=フォン=コーデリアとなってしまい、年齢的に妹となるリシテアは姉である私を「あんた」と呼び「姉ではない」と言い張る。もう十年以上だ。予定は狂い続けている。
「いやー…薄々気付いてたんだけど…、」
「うん?」
「リルメちゃんとリシテアちゃん、結構仲が悪かったり…?」
ヒルダが言いづらそうにしながら覗き込んでくる。そんな姿勢でさえ綺麗なうえ、ふわりと香るいい匂いには思わず笑みが浮かんだ。
「目の前であんなやりとりされちゃ気まずいよね、ごめんね。これでも私はリシテアが大好きだよ」
「それは なんとなくわかるけど。さっきの、その、珍妙な絵って、」
「勉強で夜更かししがちな子を寝かしつけるために小細工を、ちょっとね。あの子、怖いものとか苦手なんだー」
「うわぁ…悪い顔」
「つんつんしてるから、つついて遊びたくなっちゃう!」
きゃっと可愛いこぶって頬に両手を当てると、「程々にしときなよー」とヒルダに鼻をつつかれた。