大樹の節。という呼び名が未だ馴染まないでいる。
帝国暦となって早千何百年、生まれた時からそれ以外の暦など知らないはずの私は、しかし「節」という単位に違和感があった。きっと誰にも共感してもらえないから、誰にも言ったことはないけれど。
「誰なんだろうね、大樹の節が出会いの季節だなんて言ったの」
頬杖をついてヒルダがそんなことを呟いた。華やかな紅梅色の髪がさらりと机に流れて、その艶めきに唸りたいほど感心してしまう。いずれ手入れの仕方を教えてもらおうと目論みながら、どこか不満そうな彼女に忍び寄る。
「出会いの季節で間違いはないだろ。少なくともわたしは、ここにいる連中とはみんな初対面だし」
「う、うんっ、そうだね!レオニーちゃんにも出会えた、いい季節だもんね」
「?」
訝しげに首を捻ったレオニーを横目に、ヒルダの背後からぽんっと肩を叩く。
「ぅひゃあ!?」
「……ヒルダ…出会いの季節ってのはね、恋の季節ではないんだよ…」
「なななな何のことかなリルメちゃんんんんん!?」
「さて何のことだろう。ヒルダは何か想定外のことがあったみたいだね?」
「……む、」
にっこり揶揄うように笑った私に気付くなり、ヒルダは唇を尖らせて「べっつにー」とそっぽを向いた。ぷいっとする仕草もそんな顔も可愛いだなんて反則だが、しかし眼福でもある。この
目の保養となる光景に満足して頷いていると、ヒルダがこちらをじっと覗き込んできた。
「ん?」
「……なーんか、リルメちゃんってさあ…」
「なあに?」
「弱みを握りたいというか…ぎゃふんと言わせたくなっちゃうなあ」
「……ぎゃふん、と…」
驚いてどもったり、拗ねたように見せたりしても、すぐに切り替えるところはさすがというべきか。洗練された姿勢といい所作といい身綺麗さといい、やはりヒルダは訓練された子なのだろう。ヒルダは表情をころころ変えて、今度は愛らしくも意地悪な含み笑いをして見せた。
「お、なんかわかるぞ、それ」
「クロードくん?」
「え…クロードも私をぎゃふんと言わせたいの…?」
クロード=フォン=リーガン。金鹿の学級の級長であり、次期盟主とされているらしい。出会ってまだ数日だが、実に多くの人と会話を持っているようで、同級生には挨拶を欠かさない社交的な生徒だ。何やら気の合うヒルダの、その次に多く話すのがクロードかもしれない。二人とも表面的な会話がしやすいのだろう。
「なんとなくだが、リルメは秘密が多そうだ」
「秘密、ねえ」
「誰しも腹の内に抱えてるもんはあるだろうけどな。お前はそれを隠す覆いが分厚そうだから、つい引き剥がしたくなるのさ」
面の皮が厚いということだろうか。おどけたように笑っているが、クロードの言葉は鋭い。こちらを探る瞳は翡翠の宝石のようで、とても美しいけれどあまり好きではないなと傲慢なことを思う。
「……私を知りたいのね…」
だからこそ下手に見つめ合うようなことはせず、さっと頬に手を当てて目を伏せる。コーデリア領の街随一のモテモテ看板娘を参考に、恥じらうように身を少しもじもじさせた。これで頬が染まっていれば完璧なのだが、
「…なんだか照れるわ…」
おまけの一言と憂うように眉を下げることを追加する。
「お、おいおい…」
「あああ…これはクロードくんの負けだわ…」
「…やだ、見つめないで…」
「わかったわかった!俺が悪かったよ」
「あら、何か悪さをしたの?クロード」
クロードが降参した途端けろっと目を瞬かせると、彼は目を丸くして「っははは!」と弾かれたように軽やかに笑った。
「やっぱりリルメはそういう奴か!」
「うん?何の事?」
「もうその手には引っかからないぞ」
「残念、じゃあ次はどの手でいこうかな」
「ふふっ、クロードくんはまた負ける気がするな」
「そういうヒルダはどうなんだ?お前だって似たような手で負けることになるかもしれないぞ?」
「えー?リルメちゃんを先にぎゃふんと言わせるのはあたしだよ?」
「おっと、じゃあどっちが先にリルメを降参させられるか勝負するか」
「…え、その話、私の目の前でする…?」
ヒルダとクロードも出会ったばかりだというのに、どうしてこうも意気投合しているのだろう。もしかして本当に恋の季節…と思いかけて、こちらを向いた二人の顔に閉口する。
「あたし、リルメちゃんのことはすでに結構好きなんだよねー」
「楽しい一年になりそうだな、リルメ」
ヒルダの可愛い笑みと言葉を拒絶できるわけもなく。だからといって秘密を暴かれるつもりも、ぎゃふんと言わされるつもりもない私は、とりあえず笑って「やだードキドキしちゃーう」と柄にもないことを言うしかなかった。