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鍛錬は嫌いじゃない。
それは大切なものを守る為に必要なことだとわかっているからだ。王族としての権力や経済力もなく、いざという時に頼れる伝手もない。高度な策略を張り巡らせる頭もなく、あるのはこの健康な身体だけ。それを目一杯に叩き上げることは、この手の中のものを取りこぼさないための自助努力である。
「…力をつけたな、#name#」
それに、暇を見つけては兄さんが手合わせしてくれる。レオンは姉である私を頼りなく思いながらも、共に強くなろうとしてくれている。姉さんやエリーゼは傷を癒すだけでなく、いつも見守ってくれている。
無様でありたくないと強く思えるし、剣はこうして彼等きょうだいと私を繋いでいる。そしていつかは、彼等を守るためのものになる。
闘いたくなんてないし傷ついたり傷つけたりするのも嫌だけど、それでも剣は私の意思を支えてくれる。
「力がついたのは、みんなのおかげだよ」
「いや、お前の努力と才能だ」
「才能はさておき努力はね…愛がなけりゃこんなつらいの続けてらんないよ」
「愛?」
「そう、剣なんて重いし痛いしうるさいけど…それでも飽きずに剣を振ってこれたのは、みんなを愛してるから」
兄さんたちが、大好きだからだよ!
「!」
「あ、スキあり!」
「しまっ…」
一瞬動揺した兄さんの剣を弾いて懐に入り込む。勢いをつけて剣の鋒を兄さんの首に突きつけると、彼は小さく微笑んだ。
「…見事だ、#name#」
「いや…隙をついただけだよ」
「私に隙をつくらせたのはお前だ。あんなことを口にしながら、これまでで1番、重く鋭い1打をぶつけてきた…その動きも力も、私の想定を上回っていたからな」
大好き、なんて言いながら全力で攻撃していたということだろうか……なにそれ自分が怖い、ヤンデレ臭する。
「……とりあえず、私は兄さんから1本とれたってこと?」
剣をおさめて見上げれば、兄さんも剣をおさめて私の額に触れた。大きくて温かい…この手が大好き。
「ああ、お前はこの私から1本とってみせたのだ。自信を持て。……お前は強くなったよ」
兄さんは私の前髪をかき上げるように頭を撫でた。指に髪を絡めて後頭部から首へと撫で下ろす、その手はどうしようもなく優しい。
「またそうやって…兄さんは姉さんを甘やかす」
「…いいじゃん、たまにはレオンも私を甘やかしてよ」
ニヤニヤしてレオンを見れば、彼はふんと鼻を鳴らして私の頭に手を伸ばした。
「まあ…頑張ったんじゃない?」
「!わっ、ぐしゃぐしゃにしないで…!」
兄さんより少し小さい、それでも私より大きな手が髪をかき乱す。レオンや兄さんの顔は見えなくなったけど、小さな笑い声は聞こえてきてた。やだもうツンデレオン可愛い大好き。
「ふふ…レオンもたまには素直になるのね」
「カミラ姉さん…!」
「え?レオンおにいちゃん、いつも素直じゃないの?」
「さあ…どうかしら、」
「変なこと言うなよ、僕はいつでも…」
「ねえ、レオン。もう撫でてくれないの?」
「っ…いつまでも甘えないでくれる?」
「ふふ、冗談だよ。褒めてくれてありがとね」
「ちょ、ちょっと…!」
「レオンはしっかりしてるし頼りになるよ。だけどたまには甘やかさせてね、私がさびしいから」
手を伸ばしてレオンの髪をわしゃわしゃと撫で回す。言葉をなくして硬直するレオンから、カミラ姉さんに視線を移した。やるなら今だ、と。
「あらあら…じゃあ私も。レオン、あなたはがんばりやさんね」
「ああ…レオン、お前をいつも頼りにしているぞ」
「にっ…兄さんまで!」
「えへへっあたしもー!レオンおにいちゃん大好きだよ!」
「わ…わかったから、もうやめてよ…!」
姉さんやエリーゼと3人でレオンの髪をかき乱す。彼の弱々しい声に満足して解放すると、「もう、なんだよ急に」とか「#name#姉さんのせいだ」とかぶつぶつ言いながらレオンは背を向けた。そうして髪を直しながらも耳まで真っ赤になってるレオンに一頻りニヤニヤしておいた。
「ああ…そうだわ、#name#。あなたに大事な話があるの」
「大事な話?」
「ええ…お父様があなたを城に連れてくるようにって」
「…!」
「この北の城塞から出られるのよ」
出られる?この城の外に?
「今までずっと閉じ込められて…寂しかったでしょう?かわいそうに…でも、あなたもついに自由になる日がきたのよ」
「外に…」
「ええ。まずは、」
「青い空や太陽が見れるの?」
「!……そうね、少し遠くに行けば」
「遠く…」
「大丈夫よ。お姉ちゃんがどこにでも連れて行ってあげる」
姉さんは妖艶に微笑んで、呆然とする私を抱きしめた。
「可愛い#name#…私が外の世界を教えてあげるわ」
外の世界…青い空や温かい太陽、柔らかい風。
「きれいに鳴く小鳥がいるんだよね」
「え?」
「瑞々しい木がたくさん生えてる森とか、ずっと遠くまで青い海とか、1面砂だらけの砂漠とか…隣の白夜王国には桃色の花をつけた木がたくさんあるんだよね…!」
「#name#…」
「私、市場に行ってみたい…真っ直ぐ歩けないくらい人がいて、珍しいものもたくさんあるって聞いたの!あと温泉にも行ってみたいな、地面から熱い湯が湧き出るんだよね!一面真っ白な雪のなかにある温泉が素敵だって遠征に出た衛兵さんが、」
「おねえちゃんっ!」
「!」
エリーゼが腰に強く抱きついてきてハッとした。姉さんに抱きしめられていることも忘れていたようだ。そんなに浮かれてたのか…。
「…そうだよ」
「エリーゼ?」
「きれいに鳴く鳥がたくさんいるの。羽もいろんな色があってね、鳴き方も鳥によってちがうの」
「…」
「ピーピーっとか、ホーホーっとか、ぎゃわわっとか!」
「そんなのいるの?」
「そう!すごいんだよ!とってもかわいいの!」
エリーゼより可愛いものはない。
「ああ…海もいいぞ。見渡す限り青く、海も空も広いのがよくわかる。船にも乗せてやりたいものだな」
「そうだね。姉さん船酔いしないといいけど……ああ、市場とかは姉さん迷子になりそうだな。珍しいものにつられて変な輩についていきそう」
「私が手を繋いでおくから平気よ」
「あたしもおねえちゃんを守るからね!」
「…そんなに心配?」
「そうだね。姉さんは少し目を離したらすぐいなくなっちゃいそう」
「そうはさせん。お前を手放してなどやらない」
「ええ、誰にも渡さないわ」
「……あれ?もしかして私、結婚できない感じ?」
「簡単にはできないだろうね。僕も許しはしないよ」
「やだー私ってば愛されてるうー…っと、ボケてる場合じゃないや。外に出る支度しないと」
「ええ…そうね。お父様にお会いするんだもの。身なりも整えないといけないから手伝ってあげるわ」
「あ、ありがとう、でもここで脱がさなくていいから!」
「あら…ごめんなさいね。気が早っちゃって」
「カミラおねえちゃんってば手が止まってないよ、せっかちだねー」
「エリーゼ、笑ってないで姉さんをとめて!襲われる!」
「楽しそう!あたしもまぜてー!」
「あっ、こら、エリーゼ…ひあっ姉さん手ぇおかしい!」
「ふふふ…可愛い…」
「3人ともいいから早く部屋に行け!」
兄さんに怒鳴られながら、からかう姉さんの手から逃れるように部屋へ向かう。こんなふうにじゃれていたから、私はすっかり失念していたのだ。
外に出る、ということが何を意味するのかを。