「ああ…#name#…今日も可愛いわ…」
「姉さんこそ、今日も元気そうだね…」

カミラ姉さんの色気爆弾みたいな豊満な体で抱きしめられる。いつも柔らかくていい匂いで、自分の姉とは思えないほどの妖艶さを持つ姉。愛情深すぎてたまに身の危険を感じるが、それでも彼女のことだって大好きだ。

「エリーゼといたの…?今度からは私も呼んでほしいわ」
「あ、うん…わかったからいろんなとこ撫でないで」

頬や腕、腰を撫で回す姉の手付きがいやらしくて怖い。こんな美人になぜ浮いた話のひとつもないのか…という疑問は未だ明かせずにいる。

「揃ったか」
「マークス兄さん」

無骨な石造りの城塞も、こうしてきょうだいが揃えば不思議と優しいものに見える。なにせ彼等きょうだい達は本当に見目麗しいのだ。
大天使と言っても過言ではない愛苦しさと無垢さを兼ね備えたエリーゼに、流麗で凛々しく知的なレオン。心身共に妖艶で慈愛に満ちた眼差しのカミラ姉さんに、精悍で気高いのに色気もあるマークス兄さん。
こんな美男美女が揃ってるのに、婚約者どころか恋人すらいないだなんて信じられない。年齢的にも立場的にもそういうものが必要なはずだが、余計なお世話だろうしやはり何か怖いのでと言及できずにいる話題である。


「#name#。ジョーカーから聞いたのだが、随分と腕をあげたそうだな」
「へ?」

兄の唐突な言葉に素っ頓狂な声が零れた。
ジョーカーは私を第一とするちょっと振り切りすぎた従者だが、とても有能で観察眼も鋭い。主人である私の睫毛の寝癖にさえ気付くのだから、力量の変化にも敏感なのだろう。

「あら、そうなの?」
「えっと、いや、わからないけど…ジョーカーが?」
「ああ。日に日に力を付けてきてはいたが、ここ最近の成長は目覚ましい…と、涙ぐんで感激していたぞ」
「ジョーカーさん親バカみたいだね」
「あのひと、#name#姉さん至上主義だから」

感激する姿が目に浮かんでしまって苦笑する。ジョーカーは鍛錬中のアドバイスはもちろん、その後のアフターケアも欠かさずしてくれるので、誰よりも私の努力を正確に知る人だ。

「ジョーカーの盲目を差し引いても、腕をあげたというのは事実だろう。素振りや走り込みの回数も増やしているようだからな」
「え、なんで知ってるの!?それもジョーカーが?」
「いや、ジョーカーから聞いたわけではない。だが、私はずっとお前を見ていたのだ。それくらいのことは知っていて当然だろう」
「う…」

兄は基本的に厳しくて堅苦しいが、こういうところが、たまにズルイと思う。第一王子として忙しくしているのに、きょうだい達のことはしっかり見ていてくれる。時には手助けをして、努力を認めてもくれるのだ。そんな兄の微笑みはえげつない程かっこよくて胸が打たれてしまう。

「エリーゼも扱える杖が増え、レオンは“グラビティ・マスター”と称えられるようになり、カミラは魔導も磨いて上級竜騎士として暗夜一の戦士になった。我々は暗夜の王族として恥じぬ力をつけてきている。その力で国を守り、勝利をもたらし、繁栄させていくのが王族の務めだ」
「……」
「…#name#、お前の力も必要だ。きょうだい皆で共に闘えば、何者にも負けることはないだろう」

こんな時、何を言えばいいのかわからない。力を必要とされることに喜べばいいのか、私なんて謙遜すればいいのか……はたまた、闘いは嫌だなと素直に言ってしまえばいいのか。

「マークスおにいちゃん…そうだよね!#name#おねえちゃんがいっしょなら、あたし達、きっと無敵だよ!」
「みんな鬼のようになるかもね、素人の#name#姉さんを死なせないために」
「……うーん…私そんなに頼りないのかあ」
「初めは頼りなくて当たり前よ。でも私達が育ててあげるから大丈夫」
「あ、ありがとう、」
「どんなケガしてもきれいに治してあげるからねっ」
「エリーゼ…ありがとう。頼もしいよ」
「えへへーっでしょーっ」

もっと褒めてと言わんばかりにエリーゼが抱きついてくる。本当なら可愛い妹に頼られるような姉でありたいのだが、この分野における私は役立たずだ。戦場に出て戦果を上げてきたきょうだい達に比べ、私は戦場どころかこの城塞からもろくに出たことがない。
それを情けなく悲しく思いながら顔を上げると、兄がじっとこちらを見つめていた。

「#name#。お前がこれまでずっと、外に出られずこの中に閉じ込められていたのは……それは、決してお前が弱いからではない」
「……」

暗夜の王族としてさしたる権力を持たない私は、兄が何と言おうとも色んな意味で弱い。ともすれば厄介払いも兼ねて弱かろうと何だろうと既に戦場に出されていてもおかしくない。今の私は正に穀潰しでしかないのだから、本当にここに閉じ込められている理由は不明である。

( こういう話の切り出し方は少し不安だな… )

「だが、ここでの生活はあまりにも長い。だから外の世界でも強く生きていけることを示せば、ここを出られるはずだ」

外の世界で強く生きる、それは昔からずっと願ってきたことだ。はやくそれが叶えばいいと心からそう思うのに、心から嫌煙してもいる。
きょうだいが守ってくれても、それで彼等が傷つくのは嫌だし彼等が誰かを傷つけるのも嫌なのだ。戦うことで大事なきょうだいは摩耗されるのは堪らなく我慢ならない気持ちになる。
だから戦うことなどなく、ただ外の世界を楽しめればいいのになあ、なんて血迷ったように思う。甘くて優しいばかりの世界であればいいのに、そんな世界で生きることは想像できないのだから悲しいものだ。

( だからこそ、私は覚悟を決めなければならない )

穏やかな世界ではないから。幸福よりも苦痛や悲嘆の方が多い時代だから。大事なものを抱えたこの手はもう、自分を守る為だけには使えないのだ。








先日、国境域の荒地を平定してきたのだと兄が言った。その褒美を賜ったのできょうだいに振る舞いたいのだと。

( ……そして、気にかけていた兵士を失ったのだとも… )

恐らく優れた戦士になったであろうと、兄が珍しく期待していたのだ。それは教育や指導がわりと好きらしい兄の喜びのひとつで、気にかけた部下の成長に満足気にしていたことを思い出す。
そうして期待や喜びが失われていくことは決して珍しいことではなく、その度に心を痛め歩みを止めるには、兄はもうその心痛に慣れきってしまっていた。

( そんな時に、従者の成長ぶりの話をするのも気が引けるんだけどな… )

話の流れでジョーカーの経歴などをきょうだい達が気にし始めてしまった。褒美を振る舞われた食事の席の、他愛もない話なのだが、給仕をしている従者は少し居た堪れなさそうにしている。

「よぉーし、それじゃあ#name#おねえちゃんとジョーカーさんの馴れ初めから聞いていこー!」
「馴れ初めって…夫婦じゃないんだから」
「#name#様!?ふ、夫婦など…!」
「…許可した覚えはないが?」
「冗談だよ兄さん。姉さんもレオンも怖い顔しないで。…で、えーっと馴れ初め?出会いとか?」
「出会い…#name#様、あの話は…」
「あ、しないほうがいい?」
「ほう…私に言えない話がある、と」
「超オブラートに包んで話すね」

兄の声音と姉弟の視線が怖いので、結局は全くオブラートに包まず話した。ごめんねジョーカー。

何をやってもダメだったらしい当初、口も今より悪くて執事どころか宮仕えすら危うい時期もあったそうだ。その頃のジョーカーは私にも周りにも冷たくて厳しかった。だけど、心意気だけは誰よりも強かったのだと思う。

退屈で城内をうろうろしながら給仕を眺めるのが習慣だったあの頃。それほど多くはない給仕達の顔を覚えるのは簡単で、気付けば彼等がどんな仕事をしていて、どんな役割があって、どんな気持ちでいるのかを察するようになってきていた。


「#name#は最初からジョーカーの熱意を見ていたようだ」

「なんだかちょっと違う人がいるな、ってたまたま気づいただけだよ。ジョーカーは指示された仕事というか、与えられた役割以外のことにも、よく気づいてくれてたみたいでね」


たとえば、ささくれだった木の机をヤスリで滑らかにしてくれていたり、冷たい風に吹かれてよくガタガタ揺れていたランプを固定し直してくれたり、そういう細やかな気遣いができるのだなあと思った。


「ああ…ギュンターもそんなことを言っていたわね」

「…恐縮です」

「あの頃は口も悪けりゃ態度も出来も…って言われていたなあ。ジョーカーが失敗して罰則受けてる時に、それを知らないで声かけちゃったら「はあ?なんだあんた」って言われたもの。「面倒くせえ、どっか行け」ってね」

「ええ!そんなに怖かったの?」

「へえ…?」

「#name#にそんなことを…」

「あの時は…本当に、大変、失礼いたしました。腹を切」

「らなくていいよ。過ぎたことだし、ジョーカーがどれだけ変わったのかみんなに知って欲しくて言ったんだから。気にしないで」


いや本当にすごいビフォーアフターだ。安いチンピラみたいだったジョーカーが、今や執事の鑑とまで言われてるんだから。ジョーカーを自慢してるのに、これを言わずしてどうする。


「#name#様…あなたは、あの時もそうでしたね。いつも我々のことを見ていたあなたは、当時の執事長が知らないことすらも知っていた。そこで起きるいいことや悪いこと、全てを皆に知ってほしい…と…多くのことをジジイ…いえ、ギュンターや執事長にかけあってくださった」

「ああ。そのことが、執事ら召使の養成方法や評価基準を改めるきっかけにもなったようだな」

「あら…まあ、」

「おねえちゃんすごーい!」

「い、いや…そんな大それた話じゃないよ…」

「いいえ、私が暴力行為を働いたときもあなたは…」

「暴力ですって?」

「あ、同期と喧嘩したっていう話を聞いたことあるよ。それもやっぱりジョーカーの態度が原因だったわけ?」

「あれは違うんだよ。今より沸点の低かったジョーカーが私のために怒ってくれたようなもんだもの」

「#name#おねえちゃんのために…?」

「…はい。同期の者が影で#name#様に失礼なことを…」

「ええっ酷い!悪口いってたってこと!?」

「…どこの誰かしら…名前を教えてくれない?」

「カミラ姉さん、そいつらはもうこの世にいないでしょ」

「ううん、まだ西の城で働いてるよ。1人は要人付の執事になったらしい。もう1人は兵舎の料理長だったっけね」

「なに?無礼を許したと?」

「あれ?この話は兄さん知らないんだっけ?」

「あの2人は#name#から然るべき罰を与えられたと、ギュンターに聞いているが」

「ああ…畑仕事とジョーカーのお付きね」

「あれですか…」

「なあにそれ」


召使から執事にいたるまでは段階があるのだが、2人とジョーカーは要人専属執事目前という地位から2段階降格された。
ジョーカーはそこからやり直すこと。悪口言った2人は下っ端通常業務に加え、畑仕事とジョーカーのお付というか下僕を交代で兼任すること。という罰を提案してみたら、あっさり通った。


「2段階って…普通なら1年以上かかるんじゃなかったっけ?それにジョーカーのお付って…」

「その2人がジョーカーと仲良くてね、」

「そんなことはっ」

「でも結構張り合ってたじゃん」

「……いえ、まあ…はい。負けられないとは思ってました。だからこそ、#name#様に対する失礼が余計に許せなくて…」

「ふふ…そんなわけでまあ、お互い仲直りしながら出直してこいって意味でこの罰にしたの」

「#name#姉さんもちょっと怒ったんだね。けど王族に対する不敬罪にしては、罰が軽すぎるんじゃない?」

「そう?でも誰だって愚痴くらい言っちゃうよ。ちょっとのことで優秀な人をクビにするのはもったいないんでしょう?」

「ちょっとのことじゃないわ。私の可愛い#name#の陰口なんて…」

「姉さん……その顔、あの時のジョーカーそっくり」


あの時のジョーカーはすでにアフター段階で、しっかり働く有能な私の執事候補だった。今のジョーカーと同じくらい私に尽くしてくれていたけど、まだ若くて今より短気だったのだ。


「…今思い出しても腸が煮え繰り返るような言葉でした。それでも#name#様は泣きも怒りもせず、それどころか…嫌な気持ちにさせていたのならごめんなさい、と謝られ…私も悪いところは直すと言ってくださった。
ただ、悪口とか愚痴で、あなたの仲間を不快にさせないでください。自分の努力を自分で無駄にするようなことはしないでほしい…と、」


すげえなジョーカー…覚えてんのか……私はほとんど忘れてたのに。なんだか恥ずかしい。


「おっおねえちゃんかっこいー!」

「#name#…すばらいわ」

「出来の悪い私を気にかけ続け、問題を起こしてなお、#name#様は私を見捨てなかった。いえ、私だけでなく…#name#様はあの2人も、どんな者も見捨てることをしませんでした」

「いや、だって…同じ城で暮らしてるし、お世話にもなってる人達なんだもの。できればずっといてほしいって、思うよ」


今の私の世界は、この北の城塞の中にしかない。そこにある全ての人や物がこの世界の一部で、私はその全てを覚えている。狭いこの世界だからこそ、記憶に残る一瞬も多い。

例えば、話したこともない女性がいつも同じ時間にバルコニーの掃除をしていたとして、唐突にその姿がなくなると…少し寂しい。
誰かを見捨てるというのは、世界が欠けるようなことでもあり……きっと、自分がその人に見捨てられたような気にもなってしまうことなのだ。


「ジョーカーが降格した3カ月後に執事候補へあがってきたときも、すごく嬉しかったんだよ。ジョーカーはこれからもそばにいてくれるんだなって」

「#name#様…」

「3カ月後!?で、でも…その2段階って1年以上かかるんじゃ…」

「1度は修了していましたし、なにより#name#様専属の執事が付けられるまで時間は僅かしかなかったので…」


ジョーカー達を降格した翌月、私に専属執事をつけられることが決定した。それに名乗りを挙げられるのは半年後。
執事候補に近い者達は出世のために尽力したが、多くの者は「半年後など間に合わない」と諦めていた。2段階降格されたジョーカー達も、まず間に合わないと思っていたのだ。


「だから、ジョーカーが候補の1人として並んでるの見た瞬間、私は泣くかと思ったよ。それくらい嬉しかったし、愛を感じた。もうあなたしかいない、ってね」


あの瞬間、自分が何を欲していたのか漸くわかった。
話したこともない女性がいなくなって、どうして寂しいと思うのか。見捨てる、という言葉が、どうして自分に向けられていると感じていたのか。
どんなに戯けたって誤魔化したって、私は…


「…姉さん、言葉に気をつけなよ」

「へ?」

「ジョーカーが死にそう」


レオンのどこか冷めた表情から目をそらしてジョーカーを見ると、彼は口元を抑えて顔を背け、目に見えて震えていた。


「あらあら…」

「ジョーカーさん、どうしたのかな?」

「感極まってるだけだろうね」

「あれはジョーカーの日課みたいなもんだよ。見る分にはおもしろいから私は結構好きなんだけど、」

「…っ…!」

「悪化したっ」

「したわね」

「好き、というところだけ聞こえたんだろ」


幸せな奴だね、と言うレオンの呆れた声と、エリーゼのからかうような笑い声が重なる。


こうして大切な人達が繋がる空間に、どれだけの幸運が詰まっているのだろう。見捨てられないと言って私がここに留めている人達は、どんな気持ちをここで感じているのだろう。

いつだって不安になる。

きょうだい達は、ここを自由に出入りできるのに、長く傍にいてくれる。それを彼等は不自由に感じないのだろうか。ジョーカーは、私なんかに一生を使ってもいいのだろうか。

こういう言い方は感じ悪いが、私はジョーカーの熱意や努力だけで彼を選んだわけじゃない。一番の理由は、「一生お仕えする」「ずっとそばにいる」と、そう言ってくれたからだ。私はただ、寂しい、という惨めな感情の為だけにジョーカーを利用しているにすぎない。

それでいて、強さも賢さも、ましてや優しさもない。
「寂しい」なんてワガママで人を留めるような人間をジョーカーや兄さん達は「優しい」と勘違いし、大切だと言って甘やかしてくれる。
これはとても、不甲斐ないことだと思う。





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