マブ達とシェアハウス始めました2

家賃はタダと言えども生活するとなると色々とお金は掛かってくる。食費は各自負担しているけれど例えばトイレットペーパーなどの日用品だったり電気などの光熱費がそれだ。これに関しては三人の割り勘。細かいことを言うとお風呂時間の長い私が水道代をかさませていたり、一番長く起きているココくんが電気を多く使っていたり、イヌピーくんがやたらと歯磨き粉を使ったりするけれどその辺りは互いに言いっこなしということになった。



「どこ行くの?」

トントントン、とスニーカーのつま先をタイルに打ちつけていたところで声が掛けられる。顔を上げればお風呂上がりのイヌピーくんがそこにいてタオルで髪を拭きながらこちらまで歩いてきた。

「コンビニ。今月の電気代払いに行こうと思って」

手提げ袋の中から一枚の紙を取り出す。いつもならこういった支払いはココくんがお金を徴収した後に振込まで行ってくれるのだが私が大学が終わった後にコンビニに行くと言ったら代わりに頼まれたのだ。まぁそれを忘れて夕食後にもう一度家を出る羽目になったんだけど。

「ならオレも行くわ」
「欲しい物でもあるの?」
「アイス食いてぇ。待ってて」

言うが早いがイヌピーくんは階段を上っていく。そしてその数分後にはダボついたネオンピンクのジャンパーを羽織って戻って来た。

「アイスなら買ってこようか?」
「自分で選びたいから行く」
「湯冷めしちゃうよ?ってゆうか髪くらいちゃんと乾かしなよね」
「歩いてりゃそのうち乾くだろ。行くぞ」

お気に入りのヒール付きサンダルを履いてとっとと外へと出て行ってしまう。ほんとマイペースだなぁ。というか夜にコンビニに行くってだけで身なりをちゃんとするのすごい。まぁイヌピーくんの場合は仕事場へは作業着で行くからこういう時でもないとおしゃれを楽しめないかららしいけど。ただそれを台無しにするかのように隣に半袖短パン姿の女が歩きますよっと。

「うわっ風ぬるい!」
「明日は雨らしいぞ」
「マジか」

梅雨が明けたと思ったらまだ明けてはいなかったのか。湿度を含んだ風が頬を撫で肌がペタペタと湿っぽくなる。うーん、日中は大分暑いが夜は少し冷えるかもしれない。こんなことなら私もパーカー着て来ればよかったかも。

「明日は一限から?」
「うん。イヌピーくんは早番?」
「いや遅番」
「いいなー」

コンビニへは家から歩いて十五分。地味に遠いのがちょっと嫌。でも二人でダラダラと喋りながら歩いていれば目的地である緑白青の三色看板が見えてきた。

「アイス見てくる」
「はーい」

お馴染みのチャイムに出迎えられ入店してすぐ解散に。どんだけアイス食べたいんだよ、というツッコミはなしにして自分は券売機へと足を向ける。電気代の振り込みもそうだが当初の目的はこっちだ。私の好きなアイドルグループのライブチケットが当たったためその振り込みをしたかった。

「ねぇ、」
「えっ?」
「あーほらやっぱり!」

長いレシートを切り取ったところで肩を叩かれた。反射的に振り返ればそこには二人組の男の人が。というかめっちゃ酒臭いな。ただの酔っぱらい?

「えーっと……」
「ほらオレだよオレ!オレだって!覚えてない?」
「はぁ」

ATM横に張り付けられたオレオレ詐欺広告が一瞬目に入って真顔になった。お巡りさん、ここに犯罪者予備軍がいますよ。

「急にごめんね、コイツ結構酔っててさ。オレらテニスサークルの三年なんだけど新歓コンパに来てくれた子だよね?」

もう一人の方は幾分かまともらしい。でもこの人も大分臭い。おそらく酔いづらい人のようだけど大分酔っていることは声の大きさで分かった。

「あーあの時は友達に誘われて……」
「だからオレだって!キミの正面に座ってたんだけど覚えてない?」
「言われてみたらいたかも…?」
「ほらぁ!やっぱりオレでしょ!」

そういえばやたらと一人称主張してくる人がいたわ。うざ絡みがすごすぎて直ぐに他のテーブルに逃げたけどまさか顔を覚えられていたとは。

「ねぇオレら近くの友達の家で飲んでるんだけど今から来ない?」
「今からはちょっと」
「えーいいじゃん!オレはもっとキミと話したいんだけど」
「おい、嫌がってるからやめろよなー」

そう言いつつも彼はオレくんのことを本気で止める気はないらしい。現にスマホ取り出して弄りだしてるし。となるとこの場はオレくんの独壇場だ。もう只々うざい。オレくんはボクくんと虫相撲でもしてな。

「私はもう帰りますので、……っ!」
「待てってば」

オレくんの横を通り過ぎようとすれば不意に腕を掴まれた。そしてその声は先ほどよりも低い。だからこそ虚を突かれたように固まってその場から動けなくなってしまった。

「先輩が言ってんだから付き合えよ。つーかその恰好、誘ってるとしか思えないわ」
「は?」

男の視線がなぞるように足元、太腿、腰へと上がっていく。いや、フツーに気持ち悪いなと我に返る。脚フェチなのか、太腿を凝視してくる男はただただ気持ちが悪い。隣の人はなんか笑ってるし。ここで恐怖よりも不愉快が勝りいっそこのおみあしで急所を蹴ってやるかと足を持ち上げたところで身体が後ろに傾いた。

「何やってんの?」

背中と後頭部が支えられ、ふわりとシャンプーの香りが鼻腔を擽る。天井を見上げるように視線を上げればイヌピーくんの顎と高い鼻が見えた。ヒールを履いてるからイヌピーくんの身長は百八十を優に超えている。だからこその光景だった。

「イッテェ?!」

そしてイヌピーくんの左手はオレくんの手首をがっちりと掴んでいた。それを見て意外と手が大きいのだと感心する。そんな感じでぼぅっとしていたら「おい」と寄りかかっている後頭部が揺らされた。

「コイツら知り合い?」
「知り合いだけど知り合いじゃない」
「どっちだよ」
「私は知らないけど向こうは知ってた、みたいな?」
「おい、離せよ!」
「あ?」
「ヒッ……」

このイヌピーくんは久しぶりに見たかもしれない。昔の無表情で人を殴りつけたりバッド振り回したり刃物突きつけたりしてた時と同じ顔。今でこそかなり丸くなったがあの時はザ不良って感じで実はちょっと苦手だったんだよね。

「ダセェことすんなよ。うぜぇなぁ」
「わ、分かったって!だからオレのこと離せよ、な?」
「表出るか?」
「イヌピーくん、もういいって」
「チッ」

急に腕を離されたオレくんは酔っていたこともあるのかバランスを崩してそのまま倒れてしまった。そして近くにいた彼の友達が「コイツがごめんね」と軽い感じで謝りそのまま引きずっていってくれた。彼は良くも悪くも誰の味方でもなかったらしい。

「騒がしいと思ったら何絡まれてんだよ」
「ごめん」
「怪我は?」
「大丈夫」
「なら早く行ってこい」

イヌピーくんはすでに買い物を済ませたらしい。ビニール袋を持つ彼の横を通り過ぎ、今度こそレジへと向かった。



「おまたせ」
「これ着てろ」
「わっ」

コンビニを出た瞬間、視界が真っ暗闇になる。どこから特大ブルーシートでも飛んできたのだろうか。しかしそんなわけもなく頭に引っ掛かったものを剥ぎ取ればそれはイヌピーくんが来ていたジャンパーだった。

「また絡まれんだろ。着てろ」
「いやいいって。それにイヌピーくんのが寒いでしょ」

ジャンパーの下は黒のタンクトップだった。いや、お風呂後に外でその恰好は確実に湯冷めをしてしまう。それにこちらとしても目のやり場に困るんだよね。もう少し自分のかっこよさを自覚した方がいいと思う。

「オレは平気」

でも、と続けようとしたところで「早く着ろ」と言われたのでジャンパーに腕を通す。ただイヌピーくんですらぶかぶかであったそれは私が着るとかなりダボ付く。まぁお陰様で太腿もすっぽりと隠れたのでお礼は言っておく。

「ン、これもやる」
「えっいいの?」
「二つはいらねぇ」

チューブに入った茶色のアイスが手渡される。甘くてほろ苦いそれは一袋に二本入り。だからあまり一人で買う機会もなく数年ぶりに食べることになった。

「ありがとう!あとさっきも助けてくれてありがとうね」
「大学ってあんな奴らしかいねぇの?」
「うーん…あれは飲みサーの人たちだったから」
「飲みサー?」
「テニスサークルって言ってるけど実際はテニスしないで飲み会ばっかりしてるの」

私は付き合いで行ったけど、純粋にテニスをしたくて行った友達もその実態を知って入部を諦めてたな。全てがそういうわけではないが中には飲みや出会いを目的とするサークルもあるのだなと、個人的には勉強になった。

「しょーもな」
「だよね」
「オマエも気を付けろよ」

イヌピーくんって意外と面倒見がいいんだな。どちらかと言えばそういうのはココくんの役目でイヌピーくんはもっとぽけっとしている印象があった。意外な彼の一面を知れた気がする。

「はぁい」

帰りは二十分程かけてまたダラダラと歩きながら帰った。





お金が欲しい。その一言に尽きる。

服も欲しいしメイク用品はいくらあっても足りない。ライブはもちろん、夏には友達と旅行の計画も立ててるし免許だって取りに行きたい。そうなると色々とお金が掛かってくる。なら働こう、ということで早速コンビニで求人情報誌を貰ってきた。



「ただいまー」
「おかえり」

リビングの扉を開ければダイニングテーブルの席にイヌピーくんの姿があった。その机の上にはノートの他に分厚い本も数冊広げられている。

「イヌピーくん何してるの?」
「勉強。でももうやめる」
「えっいいよ、私は自分の部屋行くし」
「ううん。飽きた」
「そう……」

興味が湧いて開いている本を覗き込んでみれば小さい文字とバイクの図が書かれていた。そういえば資格の勉強してるって言ってたっけ。いくらバイクに詳しくても普通の高校を卒業しただけではバイク屋は開業できない。だから今は働きながら資格の勉強をしているらしい。

「これ食べる?」

テーブルの上に広げられた本が粗方片付けられたところで腕に引っ掛けていたビニール袋の中からお菓子を取り出す。コンビニに情報誌だけ貰いに行くのも恥ずかしいのでお菓子も買ってきたのだ。

「じゃあ貰うわ」

ポテチの袋を裏返し中央の接着部分を左右に割いてパーティー開けをする。そういえば柚葉ちゃんとも菓子パをやったなぁと数か月前の記憶が思い出された。あの時はこんな風にシェアハウスをするなんて思わなかったな。
そしてイヌピーくんの向かいに座ったところで貰ってきた求人情報誌を広げた。

「バイトすんの?」
「そう。どこかいいとこないかなぁ」

イヌピーくんはポテチを一枚口元に運びながら雑誌をちらりと見た。

「時給がいいのは居酒屋とかじゃね」

居酒屋だと基本的に時給は千円以上、それにお店によってはまかないつきなんてところもある。交通費も支給されるし週一から入れるとなると条件も悪くない。ただこの家、場所は大学近くと条件がいいのだが繁華街まで出るとなると一度大通りに出て電車で数駅分移動しなければいけないので少し面倒くさいのだ。

「もう少し近場がいいな」
「ならスーパーのレジ打ち」
「せっかくならお洒落なとこがいい」
「じゃあガソスタだな」
「どうしてそうなった」
「オマエら何やってんの?」

トートバッグを肩にかけたココくんがリビングに入って来た。その中身は随分と重そうできっと参考書でも入っているのだろう。休みの日まで勉強かぁと感心する。ココくんは一度荷物をソファにおいてから冷蔵庫にまでいきペットボトルを一つ手に取ってテーブルまでやってくる。そして私が見開いている雑誌を見下ろした。

「コイツがバイトしたいんだって」
「へぇ」
「ココくんもポテチ食べる?」
「おー」

私が答えるよりも先にイヌピーくんが答える。だから何も言うことがなくなった私はとりあえずポテチを勧めてみた。その時どこからかコーヒーの香りがした。ここにはそんなものないのに。

「どこ行ってたの?」

てっきり大学の図書館にでも行ってきたのかと思った。でもあそこは飲食禁止だし、併設されているカフェもない。この辺りでは大手チェーンのコーヒーショップもないし一体どこに出掛けていたのやら。

「本屋とか色々」
「なんかいい匂いするんだけど」
「本当だ。コーヒーか?」

すん、と鼻から空気を吸ったイヌピーくんも気付いたらしい。「二人して犬かよ」なんてココくんには飽きられてしまったがそれほどまでに香っているのだ。

「別に気のせいじゃね」

気分を害したのかそうでないのか。結局答えは分からずじまいでココくんはペットボトル片手にリビングを出て行ってしまった。





あれから結局いいバイト先は見つからない。周りの友達も働き始めているし私もそろそろ妥協して決めないと。

「あっまた道間違えたかも」

なんて考えながら歩いていたら迷子になった。もうあの家に住んで一カ月以上は経っている。しかし建売住宅が並ぶ住宅街では同じ造りの家が続き今どの道を自分が歩いているのか分からなくなることが多々あるのだ。しかも友達と遊んでいつもと違う道を使って帰ろうとすれば尚更分からなくなってしまう。

カララン——
右手にある石造りの階段の先から音が聞こえた。それは私から見たら下り階段で、住宅街にぽっかりと空いた洞窟のような印象を受けた。気になってそこを覗き込んでみれば『open』の看板が見える。そして好奇心を掻き立てられた私は階段を下りていく——なんと、灯台下暗しとはこのことか。



「いらっしゃいませ!」
「げっ」

さて、バイト初日。記念すべき初のお客様だと張り切って出迎えればそこには見知った人物が立っていた。というか三十分前に「初バイトでヘマすんなよ」と私に声を掛けて来た人物だった。

「ココくんだ!」
「まさか……」
「そのまさかだね」

石造りの階段の先にあったのはレトロな雰囲気の喫茶店だった。そして店の前に貼られた求人募集の張り紙を見て私はすぐさま目の前の木製扉を押し開けた。

「よりによって何でここだよ」
「家からも近いしお洒落だしいいかなって。ココくんこそよくこの店知ってたね」
「偶々見つけた」

店内はそこまで広くないので座る席はお客さんに任せている。ココくんは慣れた様子で一番奥の壁際の席まで歩いていく。私はすぐにメニュー表と水の用意をしてココくんの席まで持って行った。

「教えてくれたらよかったのに」
「オマエに教えたら大学の奴等と一緒にくんだろ」
「そうだね」
「煩くされんの嫌だったんだよ」

なるほど。確かにこの店の客層は高いし店内には薄っすらと聞こえるくらいの音でクラシックが流れている。お一人様のお客さんも多いし複数人で来るには向いていない場所だ。

「ココくんらしい理由だね」
「もういいだろ。で、注文いいか?」
「はい、何に致しますか?」
「コーヒー一つとサンドイッチ」
「以上でよろしいでしょうか?」
「あぁ。皿は割るなよ」
「割らないって!」

さすがにそんなヘマはしないわ——と思っていたのだがコーヒーを溢してしまった。カップを倒したわけではないのだが置くときに傾け過ぎてソーサーの上に黒い水滴が跳ねた。

「オマエなぁ」
「すみません……」
「まぁオレだからいいけど。ゆっくりでいいから机と平行に置くようにしろよ」
「ハイ…」

その後は特に大きなトラブルもなくバイト時間は終了した。
初日ということで三時間程働かせてもらったがお金を稼ぐのは大変なのだなぁと実感する。しかし働く環境としては悪くない。週三ペースでシフトを組んでもらい喫茶店を後にした。

「お疲れ」
「びっ……くりした」

裏口から出てぐるりと石造りの階段まで回る。出口は二カ所あれどこの階段を上がらないことには住宅街まで出ることが出来ない。だからここで待っていれば私には確実に会うことが出来る。

「そんな驚くことかよ」
「もう帰ったと思ってたから」

とはいえ、三十分前に店を出たココくんがここにいるなんて。しかも何でいるんだ?別に帰る約束もしていなければ待っていてもらう義理もないわけで。日頃より無駄を嫌うココくんが時間を無駄にするなど考えづらかった。

「オマエのこと待ってたんだよ」
「えっなに?まさかコーヒー溢したことを根に持って……」

待ち伏せからのフルボッコは不良漫画でよくあるシチュエーションである。まさかこんなところで再現されるだなんて何一つ望んでいないのだが。

「ちげぇよ。ン、」
「はい?」
「お勤めご苦労さん」

目の前には蓋付きの茶色の紙コップ。それはあの喫茶店でテイクアウト用に使われるものだ。そういえば私が上がる直前に店のマスターが用意してたっけ。

「ありがとう」

本当はバイト終わりに店の人に飲ませてもらったんだけどな。でもココくんの気持ちが嬉しかったからそれを言わずに受け取った。一口飲めばちょうど飲みやすいくらいに冷めていて一度に半分ほど飲んでしまった。

「ココくんが通い詰めるのも分かる美味しさだね」
「だろ」
「今度イヌピーくんとも一緒に来たら?」
「イヌピーはあんまコーヒーとか飲まねぇからなぁ」
「クリームソーダは?」
「あーそれなら飲みそう」

そんな会話をしながら夕日に染まる道を歩いていく。アスファルトはじりじりと熱を帯びていて夏の始まりが近いことを知らせていた。そろそろ本格的に衣替えをしてもいいかもしれない。

「ねぇ、そっち家の方向じゃなくない?」

ダラダラと会話を続けながら歩いていたところで足を止めた。十字路に立って右手が私達の家の方角なのだがココくんは左の道へと一歩踏み出している。今日は家からバイト先まで真っすぐ来たから道は絶対に合っているはずだ。となると意外や意外、ココくんでもうっかりする事あるんだね。

「スーパー行くから」

あぁ、なるほど。と納得して私は片手をあげた。

「そっか。じゃあね」
「いや、オマエも行くんだよ」
「は?」
「荷物持ち」
「はぁ?!」

それ飲んだろ、と手に持っていたカップを右手で指される。……うん、そうだね。ココくんが見返りなしに奢ってくれるだなんておかしいと思ったんだよ。

「早く行くぞ」
「えー…何買うの?」
「薄力粉と卵とキャベツと豚肉」
「お好み焼き?」
「正解」

歩き始めたココくんを追いかけて隣に並ぶ。ちょうど戸建ての家からカレーの匂いが漂ってきて、くぅと小さくお腹が鳴った。日は随分と伸びから気付かなかったがもう夕食の時間なのだ。

「二人で作るの?」
「おう。イヌピーが職場の人にホットプレート貰ったんだとさ」
「いいなぁ私も食べたくなっちゃった」
「は?オマエも食うんだよ」
「え?」

当たり前だろ、と当然のように付け加える。いや、だって私達食事は別で取るよね。学食で食べたりスーパーでお惣菜買ってきたりコンビニ弁当で済ませたり。自炊もするけどそれも大抵自分の分だけしか作らないし。

「いいの?」

偶にイヌピーくんとココくんが一緒に帰ってくるときは二人で食べて来たんだろうなとは思ってた。別にそれはいい。二人は私が出会うよりもずっと前から友達で、そういう時間を大切にしているのも分かってる。でも少しだけ寂しかったりするのも事実だった。

「いちいち聞くなよ」

だからその輪に加えてもらえたことが純粋に嬉しかった。

「ココくんって意外と優しいよね」
「意外は余計だわ」

と言いつつ目を逸らすあたり初心だよね。にやけた口元はカップで塞いでそのままコーヒーを飲みほした。

でもその帰り道でキャベツ二玉と豚肉一キロを私に持たせてきたので『優しい』の部分は一度保留にさせて頂きたい。





家での過ごし方は様々だ。ココくんはよく自室に閉じこもっていることが多い。ただ割と自炊はするのかご飯時になるとキッチンに下りてきては食事を作って食べている。イヌピーくんの場合はガレージでひたすらバイクを弄っている。傍から見てもよく飽きないなって思う。そして一日一、二時間くらいダイニングテーブルのところで勉強している。本人曰く自室だと集中できず多少は雑音があった方がいいらしい。そして私はというとリビングにいることが多い。根っからのテレビっ子なので撮り溜めしたドラマやバラエティ番組を見るのが常だった。

「それ何の番組?」

今日も今日とて熱心にテレビを見ていれば自分の部屋から降りて来たであろうココくんが私の後ろに立っていた。

「先週撮った深夜番組」

とあるファミリーレストランのメニューを全品食べきるというバラエティ番組の企画だった。大食いタレントの他にもお笑い芸人やアイドル、番組宣伝にきた俳優などが挑戦している。

「ココならいけんじゃね?」
「さすがにンな食えねぇよ」

イヌピーくんもちょうど仕事から帰って来たらしく、ただいまの挨拶もそこそこにテレビを見始めた。画面は大食いタレントに切り替わりその人はステーキメニューを全品並べ一皿ずつ手を付けていく。

「久しぶりに行きたいな」
「久しぶりに行きたくなった」
「久しぶりに行きてぇな」

それを食い入るように見ていたところで見事に声が重なった。びっくりして振り返ればびっくりした顔の二人と目が合った。そして三人同時に噴き出す。どうやら我々は番組側の思惑通り、この宣伝商法にまんまと当てられてしまったようだ。

「三人で飯食い行かね?」

イヌピーくんのその言葉に、私達は初めて三人で外食に行くこととなった。



番組と同じファミレスは運よく大学近くにもあった。店内にはおそらく同じ大学であろう若い人の姿が多く見られる。しかし幸いにも席は空いており直ぐにボックス席へと案内された。

「ん?どうした?」

しかし私はここで地味に困ってしまった。ココくんとイヌピーくんは向かい合わせに座ったのだ。となるとだ。私は一体どちら側に座ればいいんだ…?

「こっち」
「あ、うん」

ココくんの問いかけに棒立ちしていたところでイヌピーくんに声を掛けられたのでそちら側に座ることにした。その時はとくに深くも考えなかったのだが、その理由はすぐに分かることとなる。

「シーザーサラダとエビクリームグラタンとチキングリルと和風ハンバーグ、それのスープセットでライス大盛り」

一瞬呪文かと思ったけれどそれはココくんが頼んだメニューだった。私は思わず二度見したけどイヌピーくんは淡々と「チーズインハンバーグのサラダセット、ライス大盛りで」と注文していた。ココくんがよく食べることは知っていたがまさかこれほどとは。

「いつもこんな感じなの?」

だから驚いて思わず本人ではなく隣にいたイヌピーくんに聞いてしまった。イヌピーくんは水を飲みながら一つ頷く。そして「昔はもっと食ってたぞ」と付け加えた。細い体によく入る。

「大寿くん並だ」
「大寿がファミレス?」
「行ったことあんの?」
「うん」

中学の頃、ご飯を奢る代わりに勉強を教えて欲しいと彼をファミレスまで連れて行ったことがあった。その時も同じくらい食べてたな。肉が硬いって文句言ってたけど。

「マジか」
「えっ二人も大寿くんとご飯くらい行ったことあるでしょ?」
「ねぇよ」

ココくんのびっくり顔を目の前で拝み、隣のイヌピーくんからは否定の一言が飛んでくる。彼等は数年前まで『黒龍』と呼ばれる不良チームにいたはずだ。だからそういうチームの打ち合わせ的なものはこういったファミレスで行っていると思ったのに。

「嘘だぁ。学生の溜まり場と言えばファミレスか公園か神社の境内って相場が決まってるんだから」
「オレらの場合はカラオケが多かったな」
「あー大寿くん歌うの好きだからか」
「いやそうゆうんじゃねぇけど。っていうか今更だけどなんで大寿と仲いいの?」
「それを語るとなると私が大寿くんの顔面にソフトクリームを押しつけた話から始めないといけないんだけど」
「おい待て、詳しく」

別にそこまで面白い話でもないんだけど。しかし二人がやたらと食い気味で聞いてきたので思い出話として当時のことを話した。そしたら二人はヒィヒィ笑いながら、そして時に青ざめながら私の話を熱心に聞いていた。

「オマエよくそれで大寿の傍に居ようと思うな」
「別に傍にいるわけじゃないけど。現にあっちは旅に出ちゃったし」
「こうゆう鈍さが合ってたんじゃね?」
「お待たせいたしました、シーザーサラダのお客様……」

店員さんが来たことで会話を一時中断する。そして四人掛けのテーブル席には所狭しに料理が並べられた。その半分以上がココくんのものである。

「ねぇそれ全部食べきれるの?」
「おう」
「イヌピーくん本当?」
「ココならいけるよ」

そしてその言葉通りココくんは食べきった。しかも食べ終わるのが私とほぼ同時だった。なにこれ、フードファイターじゃん。あっそういえばココくんって……

「バイトしてなかったよね?」
「は?なに急に?」
「ずっと疑問だったんだよね。ココくんってバイトしてない割に最新機種のスマホだったり月に何冊も本買ったりしてるからどこからお金捻出してるのかなって」

多少は親からの援助があるとはいえ自由に使えるお金となるとそう多くはない。となればやはり自分で稼ぐしかないのだがココくんがバイトしている様子はない。そして今私はこの光景を見てその金脈の在りかを突き止めることができた。

「ずばり、大食いで稼いでるね?」
「ブッ…!」
「ちょっとなにイヌピーくんは笑ってるの?」

隣で肩を震わすイヌピーくんに視線を投げる。

「確かにね」
「おいイヌピー!」
「えっほんとなの?!」
「秋葉原で大食いチャレンジやってる店がいくつかあんだけど軒並みクリアしたせいでココ出禁にされたんだよ」

ブラックリストに載るほどの実力者だとは恐れ入った。イヌピーくんにそのときの写真を見せてもらうと確かに時間制限内に食べきっていて賞金や特典を貰っていた。

「こうなってくるとココくんの限界知りたいよね」
「オレも思った」
「ねぇ今度家でデカ盛りチャレンジやってみようよ。私とイヌピーくんで監修するからさ」
「やめろ」
「確かガレージの奥の倉庫にデケェ丼ぶり皿あったな」
「イヌピーまで……」
「ちゃんと食べきったら商品も出すからさ」



そしてその週の日曜に実際に家でデカ盛りチャレンジを行った。五合のお米が見えなくなるくらい揚げ物や野菜を乗せた自信作だったのだけれどそれも時間内の三十分で完食されてしまった。

「で、商品は?」

食べきれないと思っていたので当然そんなものは用意していない。だから私とイヌピーくんは顔を見合わせてどちらともなく冷蔵庫へと走っていった。

「おめでとココ」
「これが景品ね」

そして互いにストックしてあった徳用のガリガリ君とガツンとみかんをココくんの元に持って行く。
目の前の彼がキレるのはこの五秒後の話である。