餞別



今日は三年生の卒業式。
昨夜に降った雨も上がり、朝に残った水たまりには空の青が反射した。

卒業式を終えた午後、体育館で三年生の追い出し会が行われる。
追い出し会とは言うが部活とやっていることは同じで結局はバレーをするのだ。でもいつもと違うのは自由にチームを組んでバレーをするということ。学年もポジションもスコアも関係なくひたすらW遊ぶWのだ。

「最後の一人見つけたで」
「は?え、ちょっと!?」

体育館端のテーブルに軽く食べられるお菓子やジュースを用意していたら侑先輩に引っ張られた。意味も解らず連れていかれると北先輩達がいるコートまで辿り着く。人数を数えると私を入れてここには十二人いる。となると私が連れて来られた意味は……

「これで揃ったな。ほな始めよか」
「待ってください、揃ってないです。私は頭数に入りませんよ。というか無理です」

このメンバーでやったら私の腕は確実に折れる。しかもポジションすらあったもんじゃないから六人きっかりでローテを回しているのだ。だからリベロである赤木先輩がサーブを打つことだってあるし大耳先輩がスパイクを打つことだってある。事実先ほどやっていた。こんな無法地帯で私が生き残れるわけがない。

「前もやったやん。まぁ今回はスパイクも打ってもらうことになるかもわからへんけど俺が打たせたるから安心しい」
「そういう問題じゃないです!先輩達と一緒にやるなんて腕が何本あっても足りません」
「ちゃんと力加減はするさかい俺もマネージャーとバレーしてみたいわ」
「北先輩が言うなら…」
「俺との差、酷くあらへん?」

三年生とバレーができるのも今日が最初で最後だ。だからお言葉に甘えて混ぜてもらった。
ただサーブに至ってはアンダーハンドサーブでしか入れられなくて少し恥ずかしかった。ちゃんとサーブも練習しておこう。それと、初めて侑先輩にトスを上げてもらった。いつも上げる側だったからボールを貰うのは新鮮だった。そして侑先輩のすごさを実感した。ボールが吸い付くように手に当たり素人同然の私のスパイクが決まった時は感動すら覚えた。

「侑先輩からのボールは気付いたら手の中にあってびっくりしました」
「せやろ?もっと褒めてくれてもええんやで」
「本当にすごいです。侑先輩のトスがもらえるスパイカーが羨ましいです」

それと同時に絶対に決めなければならないというプレッシャーもあるが。
そういえば私は飛雄からトスを貰ったことがない。今度バレーをするときに上げてもらえないだろうか。それまでにレシーブ以外の練習もしておかないとだなぁ。

「急に素直になるやん」
「傍から見てていつも思ってましたよ」
「……さよか」

その後も時折メンバーに加えてもらいながらバレーをした。
そして日が暮れるまで遊び倒しいよいよお別れの時間がやってくる。
部員一同整列をし最後に三年生へと挨拶をした。今までの感謝の言葉を述べ、先輩方へプレゼントを渡す。

解散の号令後も名頃惜しく残っていた人もいたがぽつりぽつりと体育館から出ていった。
いつまでも三年生を引き留めるわけにはいかないけれど私は最後に一言だけ伝えたくて、北先輩の元まで向かった。

「北先輩、三年間お疲れ様でした」
「おおきに。なんやあっという間やったな。自分とは一年しか一緒にいれへんかったけど本当に感謝しとるで。今までありがとう」
「お礼を言うのは私の方です。北先輩と過ごせて楽しかったです。それと私は稲荷崎のマネージャーになれてよかったです」

一年前の臆病だった自分に教えてあげたい。
あの時の決断が大きく自分を変えたのだと。
止まっている時間が惜しいほどに今この瞬間が輝いていて希望に満ち溢れているのだと。

「俺も君がマネージャーになってくれてよかった思うとる。これで俺も安心して引退できる。せや、マネージャーにはこれも渡しとくわ」

地元百貨店の紙袋が差し出される。しかし、中身はお菓子というわけではないらしい。
他の二年の先輩達も中身が気になったらしく、私の後ろに回りこんで「何もろうたん?」「食いもんか?」「写メ撮るわ」「俺にも見せて」など口々に言い合った。

「えっ?!こんな大切なもの受け取れませんって!」

袋から取り出した物を広げる。ふわりと石鹸の香りが鼻を掠めた。
すっかり見慣れた臙脂色は私の物よりも色褪せている。そして袖や襟元が若干くたびれているのは今までの努力の証であろう。それは紛れもなく北先輩の部活ジャージだった。

「ちゃんと洗ってあるから安心してな」
「いや、そういう問題では……」

北先輩は私の手からジャージを取り上げ、ファスナーを開けて肩へと羽織らせてくれた。
少し大きいジャージにすっぽりと包まれる。体型的にも、また身分不相応なのも相まって不恰好に思えた。

「本当に貰っていいんですか?」
「ええよ。ジャージなら二着持っとるしな」
「ありがとうございます!一生大切にします」

胸の前でジャージをぎゅっと握りしめた。
北先輩は私の事を買い被りすぎている。だけど、期待されて嫌な気はしなかった。

「はぁ?ずっるい!!」
「ちゃっかりしずきちゃう?!」
「お前らうるさっ。暑苦しいな!」
「それ、銀にだけは言われたくないと思う。まぁ双子の気持ちは分かるけど」

先輩方が後ろで暴れるものだから、それに巻き込まれ体が右へ左へと揺さぶられる。
侑先輩と治先輩は私の肩から手を退けて欲しい。銀島先輩は声の大きさをもう少し抑えてください。角名先輩はスマホしまって私を助けてくださいよ。

「先輩方ではサイズが違うから着られませんよ」

そりゃ私よりも先輩達の方が欲しかっただろう。でもいくら先輩方のお願いであってもこのジャージを譲る気はない。

「ちゃうねん、逆や逆!」
「自分やなくて北さんがずるいんやって!」
「はぁ」

意味が分からず、生返事しか出来ない。
とはいえ、このまま羽織っていても喧嘩の火種にしかならなそうなので丁寧に畳んで袋に戻した。これは勝負着として、大切な日に使わせてもらおう。

するとふわりと再び肩に重みを感じた。触って確かめると、またも臙脂色のジャージが肩にかけられている。

「俺のも使っていいよ」
「いやいや、角名先輩の着る物がなくなるじゃないですか」
「ッアーーー!!なに抜け駆けしとんねん!!」
「そうゆうとこやぞ角名!!」
「何や皆熱くなっとるやん!!」

北先輩よりもサイズが大きい角名先輩のジャージは羽織るにしたって大きすぎる。
それを脱ごうとすれば次から次へとジャージが掛けられていく。

「遠慮せな、俺のも着たって!」
「ツム、昨日ジャージ洗ってへんやろ。それ捨てて俺の着いや」
「はぁ?!適当なこと言うなやサム!お前んのと一緒に洗濯機に入れたわ!」
「俺の着とけ!他の奴らんのはサイズでかいやろ」
「いや、この中で一番低くても銀も一八〇あるじゃん」 

なにこれ、ジャージの十二単衣かな?
もうどれが誰のジャージかすら、よく分からなくなってきた。

「お前らうるさい」

北先輩の一言で、一斉に静かになる二年生。
さすがは北先輩だ。でも今まで当たり前だったこの光景が明日から見られなくなると思うとやはり寂しかった。北先輩の偉大さに触れる。バレーボール選手の中では小柄ではあるがその背中は大きかった。鼻の奥がツンとしたけれどそれを耐えて見上げれば北先輩と目があった。

「マネージャー。こいつら試合中に喧嘩もするし練習をサボろうとするやつもおるし熱血過ぎて周り見えなくなるやつはおるしでめちゃくちゃ手がかかると思うねん」

後ろにいた先輩方からは「うっ」という詰まった声が聞こえた。
北先輩はその光景に目を細めて笑い、視線をわずかに下げて再び私を見た。

「でも俺の大切な後輩やねん。こいつらのこと頼んだで」
「はい」
「「「「北さんっ!!」」」」

鼻声の二年生の返事に目頭が熱くなった。

そして大耳先輩、赤木先輩、尾白先輩にも挨拶を済ませた。
大耳先輩からは困ったことがあればすぐに連絡してくれと優しい言葉を貰った。赤木先輩には自分の後任を育ててくれと言われた。そして尾白先輩には双子には定期的にツッコミを入れてやってくれと頼まれた。

全部できるか分からないけれど私は笑顔で頷いた。


 



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