そして歩きだす



「推薦の子たちとは入学前に顏を合わせるんですね」
「せやで。上手い奴居ったら県予選で使われるしな。俺もそうやった」

教官室から体育館までの廊下を侑先輩と歩く。そして私の手には今年推薦で入ってきた一年生たちのプロフィールが握られていた。

「身長がすでに一九〇ある子もいますね。あ、この子はセッター志望みたいです。それにリベロ志望の子も。あとは——」
「なぁ、ひとつ聞いてええか?」

手元の資料から顔を上げると侑先輩と目が合う。その距離がいつもより遠く感じた。また身長が伸びたのだろうか。今までも大きかったのにどうやらまだまだ成長期のようだ。もしかしたら一九〇までいくかもしれない。

「なんでしょうか?」
「バレーボールまた始めたんやろ。せやったらプレーしたい思っとるんとちゃうか?」
「そうですね。やっぱりバレーをするのは楽しいです」
「……マネージャー辞めることも考えとる?」
「えぇ?」

あまりに真剣に聞かれたものだから思わず変な声が出た。しかも先輩の顔が捨てられた子犬のようでそれが面白くて笑みがこぼれた。
私は侑先輩から視線を前へと移す。もうすぐ体育館に着く。耳をすませば皆の声が聞こえるような気がした。

「バレーボールは好きですよ。先輩方の試合を見ていると心沸き立ちます。自分がコートにいる姿を想像するほどに」

自分の上げたレシーブを仲間へと繋げた時の快感は腕に染み付いている。
白線の位置、ネットの高さ、仲間の後ろ姿。

でもベンチから見るコートには、また新たな景色がある事を知ってしまった。


バレーボールはボールを繋いでいくスポーツ。
ボールを落してはいけない。持ってもいけない。
三度のボレーで攻撃へと繋ぐ球技———

自分ももう一度、その輪に入りたいと思う。

でもコートに立たずともできる事があるのだと知った。

「私は皆さんと頂の景色が見たいんです。これからもマネージャーとしてこの部に居させてください」

これは逃げなんかじゃない。
私が選んだ道だ。


私達は常に挑戦者なのだ。
明日を消化し、次に何をするか考える。


「それ聞いて安心したわ」
「だって次は一番眩しいメダルを取ってきてくれるんですよね?」
「生意気言うようになったなぁ!」

無遠慮に伸びてきた手に髪を搔き乱される。これもすっかり慣れてしまった。でも髪の毛がぼさぼさになるのでやめて頂きたい。まぁ今日はご愛嬌と言うことで甘んじて受け入れておいた。

「では新キャプテン、お願いしますね」
「おん。さぁて一年坊主共を揉んだろうかな」
「ほどほどに、ですよ」


体育館の扉を開け私は前へと進む。

しっかりと、一歩一歩踏みしめて。


さぁ、今日なにをする?


【完】






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