プロローグ


会議室内の空気は非常に重苦しいものとなっていた。しかしこれは今日に限ったことではない。毎度、社長を交えた企画会議をするときはこのような空気になるのだ。なんせアイデアを一つ出せばそれに対し社長から十以上の指摘が入るから。しかしそれは決して理不尽なものではなくアイデアをより良くするためのものであり非常に現実的な意見であるため誰も文句は言わない。……だけど、だけども、社長からの歯に衣着せぬ言い方に皆が胃を痛めているのは事実である。

「では、次の方お願いします」
「はい」

進行役のアンリ先輩に促されるような形で私は自身のパソコン画面を皆と共有した。すると社長の黒縁眼鏡がきらりと光る。そして椅子に座り直したかと思えば表示された文字を一言一句違わず読み上げた。

「『えっ本当に私でいいんですか?今日から推しの彼女になります!』」

あぁ…それは深夜テンションで考えたタイトルだからまんま読み上げてほしくなかったわ。しかし興味を持ってくれたのはいいことだ。
会議室内のテーブルはコの字型に置かれている。その出っ張りの位置に座っている絵心社長とアンリ先輩を一度見てから私はスライドを一枚動かした。

「アイドルに問わず、漫画のキャラクターやVtuberなど自分のイチオシを応援する文化が若者を中心に流行っています」

画面に映しているのはSNSのスクショ。そこには聖地を背景にアクリルスタンドを掲げている画像や推しのバースデーパーティーと称し煌びやかな祭壇を創り上げたファンの投稿が挙げられている。

「この活動は我がBlue-Lockのファンにも言えることで先日のコラボイベントの際に作った等身大パネルは非常に好評であり、推しのパネルとのツーショットを『#ブルロ男子とデート』のハッシュタグをつけて投稿するのが流行りました」

現にこのタグは一時トレンド入りするまでになった。そしてタグを頼りに引っ張ってきた画像を画面へと投影する。みな自身の顔をスタンプ等で隠してはいるが気合の入った服装と共にパネルの推しと同じポーズをとったり抱き着いているように見える角度で撮影をしたりしていた。

「このことから私は全国ツアーの円盤特典には彼らと疑似的にデートをしているような映像を撮りたいと考えています」

マーケティング結果を踏まえたうえでこの企画会議の主旨にようやく触れる。
そう、今は三ヵ月前に終えた全国ツアーの円盤化に伴う特典映像についての話し合いを行っているのだ。円盤については何種類か出すことは決まっているがその中でも豪華版に付ける映像のためそれなりの特別感が欲しい。

私は緊張しつつ社長たちの方へと視線を走らせる。アンリ先輩は真剣にパソコン画面を見ており隣にいる社長はその細い体を椅子の背にもたれ掛けさせていた。そして真っ黒な瞳を私の方へと向ける。

「で、その疑似デートとやらは映像としてどう再現させるつもりだ?」
「みんなにはカメラを彼女に見立ててもらい、基本的にはカメラに向かって会話をしてもらいます」

意外と社長の食いつきがいい。今までに上げられた企画は『みんなでタコパをする』『メンバー全員にバンジージャンプを飛んでもらう』『寝起きドッキリ』などとは毛色が違うため不安はあったが手ごたえは悪くない。

「アイツらが一方的に話続けるのか?潔世一や御影玲王ならともかく糸師凛や凪誠士郎相手じゃ話にならないぞ」
「そこはある程度台本に沿って話してもらいます。また会話が不自然になるようでしたら彼女≠フセリフをテロップで流すという手もあります」

あくまで疑似デートだ。ファンの子たちが少しでも彼女気分を味わってもらえたのならそれは大成功であると言えよう。

「そうか。……場所についての案はあるか?」

私にではなく会議室全体を見回しながら問う。これは皆の意見が聞きたいという社長の合図だ。そうなると皆がぽつりぽつりと様々な案を口にしていった。

「分かりやすい場所だとテーマパークとかでしょうか」
「デートならカフェでお喋りなんかもありだと思うけど……」
「メンバーの個性を出すなら一人ひとり場所を変えた方がいいんじゃないか?」
「最近はインドア派のカップルも多いみたいですし部屋での撮影もありでしょう」
「何かをさせた方が会話としては困らないんじゃないか?料理とか物作りとか」

私の企画案を軸に皆の意見がどんどん肉付けされていく。
そして一時間もすればかなり現実味を帯びた話になっていき社長からも承諾を得られた。

「よし、じゃああとは頼んだよアンリちゃん」
「はい絵心さん」
「それとキミ、」
「は、はい…!」
「この案はキミが出したものだ。最後まで責任もってやるように」
「はい!」
「そしてこのセンスのない企画名は今すぐ変えろ」
「はい……」

やはりツッコまれたか……と思いつつも社長から激励までもらってしまった。普段は彼らのマネジメントが仕事なのでまさか自分の企画が実際には通ると思っていなかった。でも認めてもらったからには言葉通り責任もってやらないと。
私は今日話し合ったことを皆にも伝えるため足取り軽やかに会議室を後にした。





いや、思ってたんと違うな……

「朝撮りの四人到着しました!」
「じゃあ着替え終えたらメイク室に来てもらって」
「機材チェックお願いしまーす!」

撮影日当日、普段なら私も彼らと同じく慌ただしく走り回るあちら側の人間なのだが今日ばかりは違った。プロの手によりしっかりとしたメイクがなされ、服もいつものスーツではなく衣装として用意してもらったデニムパンツと淡い色味のカーディガンを身に着けている。足元は白のスニーカーで動きやすいながらも女の子としての可愛さが垣間見えた。つまりは遊園地デートに相応しい服装ということだ。

「なんで私なんだ……」

そして私はそんな素敵なメイクと衣装に身を包みながらもぼやきが止まらなかった。だって先日言い渡された社長からの提案に未だに納得がいっていなかったから。



特典映像撮影日の一週間前——私は社長室に呼び出された。
そこにはいつも通りカップ焼きそばを啜っている社長の姿と苦笑いを浮かべるアンリ先輩の姿が。正直この時点で嫌な気しかしなかった。

「社長、どういったご用件でしょうか?」
「キミにこれを渡しておこうと思ってね」

そう言って行儀悪くソースの付いた割りばしで机に乗ったケースを指した。それを言われるがままに手に取って蓋を開けてみる。そこには黒縁の眼鏡が収められていた。社長の物と似ているがそれよりは丸みを帯びたデザインをしている。

「なぜ眼鏡を……?」
「それはただの眼鏡じゃないよ。中に超小型カメラが仕込まれていてね、レンズに映ったものを録画できるんだ」
「はい?」

どこぞの酒の名前の博士が思いつきそうな発明品である。まさかそんなものが本当にあるのだろうか?試しに許可を取ってかけてみたが、眼鏡にしては少し重いなと感じる程度で違和感はない。

「これを見てみて」
「えっ……あれ私だ?!」

アンリ先輩がこちらに向けてくれた画面を確認するとそこには眼鏡を掛けて驚いた表情をしている私が映っていた。

「レンズに映った映像はリアルタイムでクラウドに送られそのまま保存される。音声はまだ拾えないみたいだからこっちのマイクも付けてね」

新たに机の上に置かれたケースも開けてみればそこにはピンマイクが入っていた。というかよくよくケースのロゴを見てみればどちらも御影コーポレーション製ではないか。本当にすごいなあの会社。ゆくゆくはタイムマシーンとか作り出しそうで怖い。

「分かりました。ところでこれは誰に渡せばいいのでしょうか?」
「は?馬鹿なの?今の話の流れからしてお前しかいないだろうが」

なんとなくそんな気はしたがその理由が思い当たらないのですが……もう馬鹿でいいからもう少し話の流れを教えてもらっていいでしょうかねぇ。

「ええっと、実は今回の収録はあなたに撮影をお願いしたくって…!」

互いに睨み合いという名の膠着状態に陥っていたところでアンリ先輩が慌てたように割って入ってきた。そして割愛されてしまった非常に大切な部分を教えてくれた。

「映像スタッフとも話したんだけどやっぱりカメラ相手だと表情が硬くなってしまうみたいで……だからあなたにその眼鏡とマイクを付けてもらって彼らの姿を間近で撮影してもらいたいの」
「つまり、私が彼らの彼女役になるってことですか?」
「ええ」

いや、私はただのマネージャーなわけで演技とかできないんだけど。それならそれで別にキャストを立ててもいいんじゃないかな。うちの事務所にも役者をしている所属タレントはいる。

「いや無理ですって!演技経験もないですし!」
「誰もお前にそこまでのコトを求めちゃいない。第一セリフはテロップで彼女≠フ姿は映さないってのがお前の持ってきた案だったろ」
「ですが……」
「最後まで責任もってやるようにって言ったでしょ?」

うっすでに言霊は取られていたか。



そしてそのまま話は進み、私は撮影係兼彼女役ということで今この場にいるのである。

もうここまで来たら腹を括るしかない。それにアンリ先輩伝手に私が撮影係兼彼女役をすることをみんなに説明してくれたところ納得してくれたみたいだし、なんとかなるだろう。それにこれでも彼らの魅力は一番に私が分かっている自信がある。

「すみませーん、そろそろ撮影始めたいので準備してもらっていいですか?」
「あ、はい」

スタッフに呼ばれパイプ椅子から立ち上がる。もちろん例の眼鏡を忘れずに掛け高性能のピンマイクも付けた。
よし、今日一日頑張ろうっと。


◇ ◇ ◇


一方、こちらはBlue-Lockメンバーの控え室。遊園地の開園前である早朝に集められたメンバーたちは着替えとメイクを済ませスタッフに呼ばれるまでの時間を思い思いに過ごしていた。とはいえ、ここにいるのは國神、千切、蜂楽、凪の四人になる。

「千切、お前なんで髪結い直してんだ?」
「いやぁ俺は結構激しいタイプのアトラクション選んだからもうちょいキツめに結っとこうと思ってさ。國神もワックスでもっと固めといた方がいいんじゃね?」

特典映像の撮影は一日で行う予定であるが他のお客さんがいては騒ぎになってしまう。しかし丸一日遊園地を貸切るのは予算的にも厳しい。そのため開演前と開園後の二グループに分かれ各々の撮影に移る流れとなっている。

「俺は結構ゆったりしたの選んだから……にしても器用なモンだな」
「だろ?國神も結ってやろうか」
「無理に決まってんだろ」

そして個性を出すためメンバー間でのアトラクション被りはなしとした。またそのアトラクションを考慮し開演前の明るい時間に撮影するグループと夜である開園後のグループにメンバーを分けたのだ。

「おーい、凪っち!もしかしてお休みモード?」
「いんや、いちお起きてる」
「今は潔も玲王もいないんだからしっかりしてね」
「そういやみんなは台本的なの考えてきてんの?」

髪を結い終えた千切が蜂楽と凪に向かって声を掛けた。
そうこの企画、台本はこれと言って用意されていないのだ。企画会議の時に脚本家に台本の作成をお願いしようという話も出たのだが、こういったことを考えるのもまた彼らの成長に繋がるということで各々に託したのだ——因みにこの事実はマネージャーには知らされていない。知ってしまえば彼女が気を使って色々とやろうとするだろうと予想し社長が口止めしたからだ。

「俺はその場のノリで何とかする予定!」
「俺もとくには考えてないや」
「ったく結局マネージャー任せってコトじゃねぇか」
「そうゆう千切りんは?」
「マネージャーに楽しんでもらえるよう臨機応変に対応予定」
「結局は何にも考えてないじゃん!」

しかし当の彼氏役の彼らはこの有り様である。國神は考えてきているらしいがそううまく進むのやら……しかしきっと彼女に素敵な時間をプレゼントしてくれることだろう。

「順番に撮影始めていくんで皆さんもご移動お願いします!」
「はい」
「おう」
「ラジャー!」
「へーい」

なんせ彼らは人気アイドルグループ『Blue-Lock』なのだから。